【第3章・心(シン)ちゃんはビタミンが手放せない】『私服の七瀬』
夕方になるころ、僕たちは学校に着いた。校門の前にいた報道陣はいなくなっていたが、ビビ先生が飛び降りた校舎の前には警察官がうろついていた。
「よーし」
作戦も何もなく警察官の方に歩いていこうとするアスカを、おっくんが引きとめる。
「バカか」
「なんだよ、おっくん。忘れ物したって言えば入れてくれるだろ」
「なわけねーだろ。いいか、まず大学の方の門から入って、そっから校舎の一階から入る」と、おっくんは高校付属の大学の校舎を指さした。
「おっくん、まさか窓壊そうってんじゃ?」
「いや、もっといい方法がある。任せろ」
おっくんが悪だくみをするような笑顔を見せる。警察官の目をかいくぐり、校舎に潜入するかと思うと緊張で体がこわばってしまう。
「シンちゃん? なーにしてんの?」
「!」
僕は後ろからかけられた女の子の声に驚き、焦って振り返る。
そこには、クラスメイトの七瀬奈々子がいた。
スポーツブランドのロゴTシャツに、デニムのショートパンツというラフな姿ではあったが、クラスメイトの私服はとても新鮮に映り、胸が高鳴った。
「えーっと……」
とはいえ、実は七瀬とはそこまで気安く口をきくほど仲がいいわけではない。(初対面のときに彼女にせがまれ、下着を透視しそうになったうしろめたさから、むしろ距離をとっている)
席が隣で、七瀬の方からよく話しかけてくれるという程度。
ましてや、今の状況をどう誤魔化すべきか。
僕が言葉に詰まって視線を泳がせていると、彼女の後ろの祖父らしき老人と目が合う。彼は愛想よく僕らに頭を下げた。
「……そっちは? どこに行くの?」と七瀬に尋ね返した。だいぶ不自然だが、話題を逸らすしかない。
「ん、ライブいく。駅前のライブハウス。で、シンちゃんは?」
うわ、この女しつけぇ。付き合うと苦労するタイプだ。
「心ちゃん。ほら、あのさ、時間もないし」
と、アスカがひどく不自然な助け船を出すが、おっくんはアスカを制し、「他に女子いねーの?」と七瀬に訊いた。思わぬ形で女子に会ったことに浮かれているようだ。
「え? まぁ、いるけど」とおっくんにいきなり話しかけられ、七瀬は戸惑った様子を見せた。
「それ、誰来んの?」おっくん、前のめり過ぎてキモいって。
「……教えない」と七瀬は露骨に嫌そうにおっくんを見つめた。おっくん、イケメンのくせにマジで女子から人気ねーな。
「なんでだよ、いいだろ別に!」
「それより、シンちゃんは何してんのってば。なんか怪しいな」と七瀬は喚くおっくんを無視し、じとっとした目で僕を見つめた。
「いるから、おれらもいるから!」とおっくんが怒りを通り越した悲しさを七瀬にぶつける一方で、アスカはどう割って入るべきか迷い、まごまごしている。
「奈々子。そろそろ行こう。じいちゃん、暑くてしんどいわ」
と七瀬の祖父が近づき、僕は胸をなでおろした。思わぬ救世主。
「シンちゃん。後できてよね」と、七瀬は僕にこっそりと一声かけ、去って行った。が、そのこっそりも虚しく、おっくんは「シン、なんでお前ばっかり!」と冗談めかし、半分は本気だろうけど、僕の胸ぐらをつかむ。
「わかんないよ、別に七瀬と仲いいってわけでもないし」
「明らかにお前のこと好きじゃん、あいつ! おれらのこと煙たがっているし!」
「……まさか」
七瀬は可愛い方だと思うし、万が一そうなら嫌な気はしないけど。だけど、付き合うとかそうなるとまた話は違う。
それだけ僕はビビ先生が好きだったんだな、とあらためて気づく。
「もう、どーでもよくね、ビビ先生のことなんて。おれらもライブ行くぞ!」とおっくんは自暴自棄になり背を向ける。
僕が「ちょっ」といいかけた瞬間、アスカが腕を掴む。
「駄目だ、おっくん。心ちゃんの方が先だろ」
むしろ、七瀬よりアスカの方が僕のこと好きなんじゃね?
「……」
ガタイのいいアスカにいざすごまれると、おっくんも怖気づいたようで黙り込んでしまう。
「てかさ、七瀬と一緒にいるなら、たぶん秋山じゃん。おっくんが好きそうな子は来ないって」と、僕は説得に入る。ダシには使ってしまっているけど、僕は秋山のことが結構気になって入る。
彼女は、七瀬といつも一緒にいる、クラスでも浮いている不良。喫煙で停学になった後、禁煙パイポを吸ってさらに物議をかもした、あの秋山。七瀬はニコチンと呼んでいた。
「秋山……」
おっくんは悩んでいる。秋山はクラスの中でも、1、2を争う美人だが、性格はとっつきづらいことこの上ない。しかも清楚系が好きなおっくんからすると、ちょうど迷うところなのだろう。
正直、七瀬より秋山の方が、僕はかなり好み。煙草のにおいがする胸元に顔を埋めてみたい。煙草の煙を吐きかけられたい。いや、もう禁煙中か。そういや、結構胸もあったし……。などと、秋山に脳内を支配されそうになるが、ブレーキ。
いやいや。僕にはビビ先生がいる。今回の件が終わるまでは、僕はビビ先生のことだけを考えたいんだ。
おっくんは悩んだ挙句、「わかったよ、冗談だって!」と喚きながら、「あっちから回っていくぞ!」と高校付属の大学の門に向かっていった。
一応、協力してくれるらしい。「でもライブは行くからな!」と付け足しながらも。
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