【第3章・心(シン)ちゃんはビタミンが手放せない】『おしあわせに』
「シンと根岸は知り合い……じゃあないよね?」
姉が僕に問うなり、ヒゲロン毛男が(ネギシというらしい)口を挟んでくる。
「これ、お前の弟? どこがおれに似てんだよ」と、ネギシは僕を指さした。
さっき僕らに対応したときの調子とは違い、姉に心を許しているようなくだけた調子だ。
このむさくるしい男が、僕に似てる?
我が姉ながら、なんとまぁいいかげんなことを言ってくれるんだ。
みんなの人気者、エスパー心ちゃんにさ。
「別に、友だちとプール来てただけだよ。そっちこそなにやってんの、こんな……」とネギシに対して「不審者と」と言いかけ、「こんなところで」と言い直す。
「ちょっと青空の解放感に浸りながら、創作活動をね。こんな不審者みたいなナリだけど、こいつ面白い文章書くんだぜ~、シン?」
姉は、ネギシの肩に親しげに腕を回した。ネギシはマユナシの強面に似合わず、露骨な動揺を見せた。姉の胸元をちらちらと見つつ、何かしらぼしょぼしょと呟く。
珍しいな、姉ちゃん。やたらと浮かれた様子だ。それに、こんなしっかり化粧をしているもんだから、一瞬誰だかわかんなかったくらい。(なにせ、いつもは眉毛を剃りおとし、年中マスクをして過ごしているのだから)
2人は付き合ってるんだろうか。
それとも、もっと気恥かしいむずむずした「友だち以上恋人未満」ってやつ?
「心ちゃん。おれら、焼きそば食べてくるわ」
「シン。あとで2回戦行くからな」
「何かっこつけてんのおっくん、ナンパでしょ」
「ナンパっていうな!」
と、2人はわけのわからない言い合いをしながら去っていった。
僕もここに残りたいわけじゃないけど、なんとなくネギシと姉の関係が気になって、残ることにした。姉、ネギシと3人で小さなシートに座っている。
傍から見れば僕たちはどんなグループに見えるんだろう?
「創作活動って……ライブの曲ってこと?」
「そうそう」
「いつもの叫んでるだけのやつでしょ? 歌詞なんかあってないようなもんだろ」
言ってから、ヤバい、ネギシを怒らせてしまうかも、と思ったが、彼はむしろ僕に向かって「そうだそうだ」と言わんばかりに頷いて見せた。幼い印象すら受ける。
「今日のライブはちょっと特別だから」
「特別? だったらおれに頼むのはお門違いだろ」
ネギシは事情のひとつも明かされず、姉に引っ張りまわされているのだろう。
根岸の不満そうなぶっきらぼうな言い方に、姉も触発されて苛立ち始める。
そこから、2人は僕をほったらかし、言い争いを始めてしまった。
「根岸が書いてくれなきゃ困るって」
「なんでだよ。せめて、どう特別かくらい教えてくれよ」
「ちゃんと、後で説明するから」
「なんで後回しなんだよ」
「わかったよ。あのね、元々いたメンバーのために、書いてもらいたい」
「いや、そう言われてもな……。おれはそいつのことなんか知らないんだ。無理だよ」
「思うまま書いていいんだって。根岸はその人に似てるから」
「おれ、そんなに色んなやつに似てんのかよ」
「私が好きな人はみんなどっか似てるってだけ」
不機嫌そうだったネギシだったが、急に照れて俯く。
痴話喧嘩込みで、見ているこっちが恥ずかしい。
「とにかく、根岸なら〈先輩〉が言いたかったことを表現してくれる気がしたんだよ」
「先輩、ね」
「……別に比べるわけじゃないよ、ただ、根岸ならって」
姉は珍しく、熱っぽい真剣なまなざしだった。見つめられたネギシは耳まで赤くして、もごもごと何かを言った。(「わかったよ、書きゃいいんだろ」と言ったのだろうか)
「友だち待たせてるし、行くよ」
僕は我ながら可愛くない、素っ気ない言い捨て方をして立ちあがった。
2人の会話は見ているだけでこっぱずかしいし、見てられない。
中学生だって、もうちょっとまともな恋愛をするだろう。
「なに、シン、不機嫌になってんの? 嫉妬してる?」
誰がするか。
「おしあわせに」
僕は姉の顔を見もせず、その場から立ち去った。
別に僕はシスコンでもないし、姉をとられて苛立っているわけじゃない。
ただ、姉とネギシの痴話喧嘩に巻き込まれている間も、結局僕の頭にはビビ先生のことばかりがぐるぐるとまわり続け、胸がもやもやとし続けていた。
姉は、今はいない〈先輩〉のために歌をうたうのだという。そういう想いの消化の仕方もあるだろう。
だが、ビビ先生が僕にとって大切な人なのかと言うと、胸を張ってそうだとは言えない。僕もビビ先生に向けて何かしたら気が晴れるかもしれないけど、それにしたって彼女のことを知らなさすぎる。
忘れてしまった方がいいのかもしれない。だけど、それはできなかった。
どうして死んでしまったのか、それが頭を巡ってしまうのだ。
理由がわかればスッキリするのか、むしろ、余計なことを考えてしまって悩むかもしれないけど。
それでも、知りたかった。
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