【第3章・心(シン)ちゃんはビタミンが手放せない】『あの布の向こう側』
夏。
ギラッギラの日差しで熱くなったコンクリ。
イン・遊園地に併設されたショボいプール。僕の地元でプールといったら大体ここが定番だ。
んで、多少まばらだけど、水着のお姉さんたち。(男は僕のレーダーが拾わない)
あぁ、こんな風におおっぴらに女の子の肌がさらされ、それを見ていても裁かれないなんて、いわば法の抜け道。
でもさ、人ってのは欲深いもので。誰でも見られるとなると、それはそれでつまらなく感じてしまう。独り占めしたくなるのが性というもの。
なら、自分だけがそれを拝むためには、どうしたらいいだろう?
メインルートは、「男女の関係」になること。
だけど、さっぱりそういうことには縁がないって人もいると思う。
僕もそちら側の人間。
だけど案ずることはない。必ず何にでも裏技があるから。
……僕はその裏技を持っている。
というのも、僕は透視能力を持つエスパーだからだ。
つまらない冗談だと思うかもしれないけど、これはホントもホント、家族も友だちにも知られていないことだ。(実は秘密にはしてない。吹いて回っても誰も信じず、冗談として片付けられてしまう)
能力の存在に気付いたのは、小学校2年生。
当時、担任だった女の先生のことが好きで、僕は一番前の席に座っていた。いつも、その先生の胸ばかりを見ていたっけ。
テスト中、僕はさっさとそれを終えて、教壇に座る先生をじっと見ていた。彼女は眠っていて、机に肘をついたままぴくりとも動かなかった。
ずっと見つめていたら突然、妙なことが起きた。
――先生だけが輪郭を残し、周りが真っ暗になり。
そして一瞬、先生の華奢な鎖骨と薄いブルーのブラジャーが見えたのだ。
僕は目を疑った。先生が目覚め、「んんっ」と伸びをした瞬間、すぐに元の景色に戻ってしまった。
幻覚だとそのときは思ったけど、そんなことが何度か起きるうちに、僕の中で「自分には透視能力があるのでは?」という考えが浮かんだ。
数年をかけ、研究を重ねに重ねた結果、透視能力を発動させる条件に気付いてしまったのだ。
①その対象から1メートル以内くらいで、
②目をそらさずに15秒くらい見つめ、
③そしてその対象がなるべく(ここに関してはまだ曖昧なのだ)動かないこと。
透かすことができる厚さは、薄い布一枚程度。細かい調整はまったくできない。壁を通し、家などをのぞくことは不可能だった。
誰もがうらやむ能力かもしれないが、発動は難しい。この3つ目の条件が足を引っ張る。
透視したいなにか(というのは、女に子しかいないけど)が動かないなんて、そうそうありえることじゃない。寝返りひとつで妨げられてしまうのだ。
そのうえ、対象を凝視しなくてはいけない。
スクラッチくじの「9つのうち3つ同じマークが出たら10万円」というのも、銀の部分だけを透かして見ることはできず、見えるのは間抜けな僕の手のひらだけ。
結果として悪用は不可能。
できるのは、雑誌の袋とじを開けずに中身を見るとか、その程度。
絶妙に役に立たない能力だ。
今、売店の脇でマットに寝転がっているお姉さんの水着を透かして見るにも、1メートル以内に近づき、15秒凝視……いや、絶対無理だろ。
だから僕はエスパーだけど、結局はふつうの高校生とさほど変わらない。
ま、別に損してるわけじゃなし、いいけどさ。
遠くにある膝下くらいまでしかない幼児用プールで、どぱん、と大きな水音がする。
カップルの男が女の子に手を引っ張られ、派手に転倒したみたいだ。
男の髪が濡れてワカメのようになったのを見て、大笑いする女の子。
顔はわからないけど、楽しそうな子はそれだけでかわいい。
あぁもう、あの男が羨ましい。その笑顔が見れただけで、夏マンキツって感じだろう。
それに比べて、僕の隣にいるのは。
「どうするよ心ちゃん? おれらテレビ出ちゃったんじゃね」
そう言ってごつい肩を震わせて笑うのは、高校のクラスメイト・アスカこと飛鳥山。
無駄にマッチョのくせに無駄に色が白くて、僕のレフ板にでもなろうとしてくれているのかもしれないけど、夏を満喫する仲間としては無駄にイケてない。
「ちょろっとテレビ出たってくらいで誰が注目するんだよ」
さっき僕とアスカは、プールに行くのに学校の前で待ち合わせをしていた。そして、偶然テレビの取材をしているところに居合わせ、ある事件のインタビューに答えたのだ。
「でも心ちゃんだって結構ノリノリでインタビュー受けてたじゃん」
「それは……」
なんの事件か知らず、暇つぶしに口を挟んだだけだったんだけど。
内容を知るなり、僕は沈んだままだ。
「心ちゃん、ビビ先生のこと好きだったもんな。死んだなんて、信じられないよな」
「好きじゃないよ、別に」
咄嗟に否定してしまうが、僕はビビ先生が好きだったはずだ。
まともに口もきいたことがないし、これ以上進展もないわけだから、自分自身でもはっきりとはわからないけど。
「でも心ちゃんさ、最後の日、ビビ先生のスピーチにすげー拍手してたじゃん」
「違うって、ただ」
「ただ?」
「ハッとしたんだよ。大人になんかなりたくないって、大人も思ってるんだって」
ビビ先生は、今年の一学期までいた教育実習生だ。
化粧っけはないけど上品なかんじとか、愛想のないミステリアスなかんじとか、いかにも僕のストライク。でも、なんだか近づいてはいけない雰囲気がして、話しかけられもせず、憧れどまりだった。
彼女は今朝、学校の屋上から飛び降り自殺をした。
理由はわからない。
もちろん驚きはしたけど、ただ、僕は。
彼女が死ぬことを知っていた、とも言える。
いつも、彼女が大切そうに持ち歩いている小さなポーチの正体が気になっていた。
それを確かめるチャンスが、来たのだ。
ビビ先生は教育実習の最終日のスピーチ中、静かに座り、動かなかったから。
もしかしたら、今なら透視ができるのでは?
いけない、と思いながらも我慢できなかった。
僕はそれを透視してしまった。
その中には、筆記用具と、学校の備品らしき鍵(「屋上」と書かれたシールが貼ってあった)と、一つの封筒が入っていた。
なんだつまらない、と一瞬は思ったのだが、封筒に書いてある文字を見て驚きを隠せなかった。
そこには、『遺書』と書かれていた。
僕は思わず立ち上がってしまった。
「心ちゃん?」怪訝そうにする後ろの席のアスカの声をかき消すように、
「ブラボー!」と僕はとっさに大きな拍手をして騒ぎ、誤魔化した。話に感動したのは本当だけど、大げさに振舞わざるをえなかったのだ。
僕の中に、小さな罪悪感がある。
彼女の死を、防ぐことができたんじゃないか、と。
だけど、じゃあ実際に僕に何ができただろう?
透視能力のことを説明するわけにもいかないし、先生の後ろをついて行って、「死なないでください」なんて言うか、死なないようにずっと見張っているべきだった?
そんなこと、できるはずがない。
ビビ先生とは口をきいたことすらなく、そして何より死んだという現実感がまったくないせいか、哀しいというより、頭がすかすかとしてぼんやりしていただけだった。
それでも正直、アスカたちとバカやって遊ぶ気にはあまりなれなかったんだ。
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