【第2章・七瀬奈々子にはビタミンJKが足りない】『あっはっは』

 建物からダッシュで離れ、息が切れて走れなくなる頃、逃げ出してきてしまったことを後悔したけど、こっから戻って謝るにしてもどんな顔をしていいかわからない。

 まず、ニコチンに謝ろうとケータイを手に取るも、どう書いていいかわからず迷い、ダラダラとした文章になってしまう。

 ビビ先生のことを書くかも迷ったけど、それはやめておいた。

『ニコチン、ごめん、ムリだった。お金はいつか返すけど、やっぱかりた覚えないけどなー。家出付き合ってくれてありがと、恩返ししたかったけど無理だった。オッサンに触られるのもヤダけど、おばさんでもじゅうぶんムリだった。なにあのメガネ』

 すると、ニコチンからすぐ返事がきた。

『ドンマイ。ライブきたら?』

 たったこれだけ。

 あたしめちゃくちゃ悩んだのに。

 でも、あたしはこの心のこもってない「ドンマイ」にひどく救われた。

 メールが長かったから全部は読まず、なんとなくダメだったことだけを察して送ってきたんだろう。

 そういういいかげんなとこが、好きだ。

 あの店で働けている時点で肝も座っていて、あたしにはないものをたくさん持っていて、なんだかかつてないくらい、あたしの中でニコチンが輝いていた。

 ホントに困ったとき助けてくれるのは誰かな、と思ったとき、それは気になるシンちゃんじゃなく、ニコチンなんじゃないかと、なぜだかシンちゃんが密かにランクダウンしてしまうほど。

 徹夜だったテンションも相まって、勝手に友情エネルギーが爆発し、ライブに行く返事はもちろんのこと、ニコチンに日頃の感謝とかやったらめったら書き殴り、最後に「好きだ、ニコチン」とまで書いてしまった。

 速攻で返事がきた。

『あっはっは』

 これだけ、たくさんたくさん感謝のキモチを綴ったのに、これだけ。

 それがなんだかニコチンらしくて、すごく嬉しかった。

『あっはっは』

 あたしもそう返した。ビビ先生のことで胸が苦しいはずなのに、全然意味のないそんなやりとりが、あたしの全部をなぐさめてくれた。



 結局、昼過ぎ、その足で家に帰った。

 リビングにはおじいちゃんがぽつんといて、なにか心配の言葉をかけるかと思ったら、「携帯を返せ」とあたしに言っただけだった。

 言われるがまま返すと、そこに言及することなく、あまりにいつも通りに「ソーメン食うか」と、台所に向かっていった。

 変な熱い家族ドラマが繰り広げられるより気楽で、あたしは「一応言っとくけど、携帯持っていったのはわざとじゃないし、見てもないからね」と、ウソと本当を交えていい訳をした。

「もう、いいんだ」

 そうだ。おじいちゃんは、ビビのニュースを知っているんだろうか?

「おじいちゃん、今日ニュース見た?」

「見てない。さっきまで寝ていたからな」

 ビビ先生が亡くなったかもしれない、と伝えてあげたいが、ケータイを覗き見したって告白するのと同じだ。

 テレビをつけてしばらくザッピングし、そのニュースを見つけた。

 うちの学校の門が映っていて、部活帰りの生徒たちの映像が流れていた。

 顔から下を映した、学生へのインタビューが流れる。

 みんなビビ先生に対し、「いい先生だった」など、当たり障りないことを言う中、後ろから口を挟んでくる男子生徒がいた。

 テロップは出なかったけど、たしかにこう言っていたのだ。


『これ、テレビ? 僕ね、エスパーなんだよ!』


 ……シンちゃん?

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