【第2章・七瀬奈々子にはビタミンJKが足りない】『自称エスパー』
今のあたしは、いわゆるひとつの家出少女状態。
家出の理由は、このケータイ。
これ実は、おじいちゃんのだ。
ことは、あたしがそのケータイをこっそり見たことから始まってる。
朝方4時。夏休みをいいことに夜更かしして録りためたドラマを見ていると、郵便局の夜勤からのおじいちゃんが帰ってきた。
おじいちゃんがお風呂に入ってる間に、リビングに置き去りのこのケータイが鳴った。
手に取らずにふと見ると、画面には〈先生〉の文字。
せんせいって、あの人、なんか誰かに教えを請うていたかしら。なんて疑問に思ってふと、無意識に手に取ると、そこにおじいちゃんが帰ってきて、「勝手に携帯を見ただろう」なんて、イチャモン。
んなわけないない、誰がすき好んでジジイのケータイなんか見ますかい、ってあたしのいい訳むなしく、怒り心頭。
あたしも段々納得いかないっつうか、仮に見たとしてそれが孫に対する態度なの、目に入れても痛くないってフレコミの孫にキレるってどないなん、せっかく夏休みになったのに気分台無しじゃん、なんて反論、残念通じず。
きっと、後ろ暗いことがあるにちがいないって。
おばあちゃん死んでるし別に誰と付き合ってたっていいけどさ、もしかしたら出会い系? メールすら覚えたてのくせに? と、もうおじいちゃんがいかがわしい存在にしか思えなくなった。
将来、旦那さんがキャバクラとか、付き合いで風俗とか、色々付き合いとかあるでしょなんて、目をつむっていてあげれるキャパあると思ったんにな。
家を出てくると、実は今回の件だけじゃなく、あたしの中でうっ憤が意外にたまってたんだなって、よくわかる。(感情にまかせて、パジャマにしてる中学のジャージ姿のまんま出てきたのは後悔してるけど)
そりゃひとつひとつはショボいことで、「ゴハンをお父さんがくちゃくちゃするのにゲンナリ」「お母さんの洋服のセンスが最悪」「あたしの太い眉毛はおじいちゃんの遺伝で金髪にするとバランス悪いし剃ると青いから眉隠しに暗い茶髪のパッツン一択」、そういうのだけど。
でも、あたしももう16才で、実は結婚出産なんでもこいって大人のカラダになってるわけで、いつまでも平和な家の箱入り娘でいるのはなんだかダサい。
ま、軽く一週間くらい家を空けて、非行少女になっちまったと思いきや、リンゴーン、リンゴーンとまぁ、危ぶめるときも安らかなるときもなんだかんだ乗りきれちゃう旦那様を作ってしまって、そのまま名字変わったついでに家を出るのも粋なんじゃないかと、そういうプランで。
軽薄だと思われたっていい。
あたしはJKらしいJKに憧れているし、だってそれは気持ちいいし楽。
毎日毎日「暇だ」とあたしにうったえかけてくるニコチンを連れ(こんな時間に来てくれたのは感謝)そんな勢いにまかせて出てきたはいいけど、ついついおじいちゃんのケータイまで持ってきてしまったのは、ちょいと誤算。
その勢いで、あたしは「先生」からのメールを見てしまった。
「さよなら、これが次の先生です。応援してあげてください」とだけ書かれ、写真がついてたんだけど、それがまぁ、不可解の極み。
どっかの屋上みたいな場所で、男と女のツーショット、男はひげもじゃのロン毛の目は半開き、女の方は、なんと、あたしの学校に教育実習で来ていた先生だった。
ビビ先生ってあだ名がついてて、マチガイないって、コレ。
さすがにメールの履歴掘ってくのはやめたけど、ビビ先生とよくメールしてんだってのはわかる。
その写真のビビ先生は、無愛想だけどどこか口元は緩んでいて、オトメの勘だけど、このヒゲモジャが好きなのかな。
おじいちゃんダメじゃん、多分しつこくつきまとって、「カレシいまーす」って害虫駆除するがごとく、フラれたんよ。
あたしはビビ先生のことをよく知らないわけだけど、どっちかというと、好きではない。
綺麗なんだけど化粧っけが薄くて、そりゃ実習生がケバいってわけにもいかんけど、そのいかにも、「あたし素材がいいので、髪なんか染めなくてもいいしこうして一つにまとめてるだけでも見れたものでしょう」という雰囲気はどうにもウマがあわなそう。
男子はそういうのにホント弱くて、そうそう、「すっぴん風」ってのかな、あたしから言わせてもらえば、女だから目がでかいわけでも、まつ毛が長いわけでも、いい匂いがするのでもなくって、ビビ先生はそういう努力をしている人間を嘲笑うかのようなかんじに見える。
あたしのにらみは大あたり。
クラスの男子にはビビ先生は大人気、先生自身はあんまり慣れ合いたくないのか明らかな愛想笑いを浮かべるだけだったけど、あたしが気になってる男の子までそんな態度だから、怒り心頭ってわけ。
ねぇ、シンちゃん。あんな女のどこがいーの?
シンちゃんがビビ先生に向けた熱い視線は、見てるこっちが恥ずかしくなるくらい真剣で、あたしにそこそこの大ショックを与えた。
ビビ先生は7月に実習を終えたんだけど、あまり学生とコミュニケーションを取ろうとしなかったはずなのに、最後だけ、長々とスピーチをしてって、変な話、この人ってこんな長く喋れんだ、と思った。
いつも大切そうに持ち歩いているポーチを胸に抱くようにして、ほとんど動きもせず、淡々と語りだした。
「私は、この高校の卒業生です。四年ぶりに来たこの場所はあまり変わってなくて、ただ、クーラーがついたのかなって、くらい。私は昔、図書委員をしていました。そのとき、ある本を推薦図書にしたかったけれど、司書の人に、有害だと言われて。あのときはすごく憤りを感じて。大人の、事なかれ主義なくせに、自由を与えているふりをしているところが。後輩と、『あんな大人になりたくないし、あぁなるくらいなら大人になる前に死にたいね』と、よく話したんです。大人には理解できない、死に方で」
はぁ、美人にありがちな、イタい人なんだなってあたしは思ったくらいなんだけど、結構みんな耳を傾けていて、ふーん、マジメな雰囲気にのまれるフマジメなやつらだ。
「その想いがまだ変わっていないのかどうか、私にはまだ、わかりません。だけど、あの頃感じた大人への嫌悪感は、いや、自分がその大人になることへの嫌悪は、まだ変わっていません。もう、大人になっても大丈夫になったか確かめたくて、その一環として、こうして教育実習を受けました。ですが、毎日胸が苦しいだけです。それでも、私の想いは薄れている。間違いなく、大人になっている」
ぽかーん。
あたしはホントは起きていたけど、突っ伏して、寝ているふりをした。
よくわからないけど、ビビ先生がお年頃によくある反抗的な気持ちを高校のとき持ってて、まだその想いが残ってるかも知れなくて。
言いたくないけど言ってみたかったんだろう、意味深なことを。
担当の先生に早く終わるよう急かされ、ビビ先生も我に返ったのか、「とにかく、短い間でしたが、ありがとうございました」と、脈絡なくシメのあいさつをした。まばらな拍手がパラパラと起き、その中で立ちあがって「ブラボー」なんて叫んで大きい拍手をしていたのが、あたしが好きな(気がしている)シンちゃんなのでした。
じっと動きもせず、ビビ先生を見ていたシンちゃんからしたら、スピーチをシカトして突っ伏して眠っているあたしは心がないって思うかもしれない。
でもわかってよ、あたしは大人なんか憎くもなんともないし、ビビ先生の気持ちなんかわかりっこないし、わかったフリさえ、できないんだよ。
シンちゃん、そんなあたしの気持ちを知ったら嫌いになるかな?
もしかしたらもう、知られているかもしれない。
……なにせ、シンちゃんはエスパーだ。
はぁ、なにいってんのって話でしょうよ、あたしだってそうだったもん。
初対面で、聞きもしないのに「ぼくって透視能力あるんだよね。エスパーだから」なんて、気取った口調で話しかけてきたのを、よく憶えている。
よく「私、霊感あるんだ」なんて周囲の気を引こうとする子がいるって「あるある」があるけど、シンちゃんもその類だろう。
あたしは最初、そんな安い魂胆が気に喰わなかった。
「じゃああたしのパンツの色あてられる? ほら、透視してみなさい」
だから、こんな質の悪い痴女みたいな冗談が飛び出てしまったんだと思う。
シンちゃんは、あたしをぽかんと見つめた。
あぁやめて、そんな純粋な目で見ないで。
それからすぐハッとしてうつむいて、「もういいよ」とぼしょぼしょと言い、なまっちろくてなよっちい手で頭を覆い、「あぁぁ」なんて後悔している。
か、かわゆい。
自称エスパーのイタいやつのくせに、かわゆい。
あたしは素直にそう思ってしまった。
どっかで、あたしはホントにシンちゃんがエスパーで、あたしの心だって透かして読めたらいいのに、って思っている。
そしたら、告らずすむし。ただ、パンツは毎日気が抜けなくなるな。
ま、だけど、あたしなんか眼中にないかもしれない。
シンちゃんは優しいんだ、あたしにだけじゃなく、誰にでも。
女子からモテそうな、スポーツができるとか細マッチョとかじゃないんだけど、顔はそれこそすっぴんでも女の子みたいにキレイでヘナチョコ。
全粒粉のパストラミサンドだの、前なんか弁当箱にケークサレなんか入ってて、笑っちゃうけど、女子っぽいもんが変に似合っててかわいいんだ。
おまけに、食後にはサプリらしき錠剤をザラザラと飲み、それこそビタミンとかそういうバランスも気にしてるんだろう、だからお肌つるつる。
この人には、果たして男としての性欲はあるんだろうか、むしろあたしの方が欲求不満? と感じるくらい。
男の子がバカ話してる休み時間も、授業の内容を整理し直しているのもかわいい。(うちは実は進学校なんだけど、程よくサボり、人前で勉強している姿を見せないのがいいとされている)
周りはそれを冷やかし、ときにダサいと笑ったりするけど、色恋に左右されないマジメなシンちゃんだからかわいいんだ。
ビビ先生への怒りは、多分そんなシンちゃんの視線を独り占めしてることへの嫉妬、まぁ醜い嫉妬に違いない、と自己分析。
追い打ちをかけることに、なにより悔しいのは。
ビビ先生をよく思ってない人間は、あたしだけなんじゃないかって感じてしまうことなんだ。
なんかさ、嫉妬する女はみっともないって言われている気がして尚更ゴーハラっていうかね。
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