【第2章・七瀬奈々子にはビタミンJKが足りない】『サラダうどんとストレス』

  お肌に非常によろしいっつうビタミンB12は、なんつってもブタ肉にたっぷり含まれてるってウチのおじいちゃんは言ってたけども、あたしの目を引いてやまない「とんかつタルタルたっぷり御膳」ってメニューもお肌によろしいってことかっつうと、それはまた別の話。

 とりあえず、ダイエット中のJKなら昇天必至な「これでもか」とかかったタルタルソースにヤラれ、さっきまで抱えていたモヤモヤを吹き飛ばす景気づけとして、朝6時にとんかつタルタル御膳を注文。

 女捨てたね、JKらしく「サラダうどん」かなんかにしときゃよかった、なんて自己嫌悪に、さらに追い打ちをかけるような事実。この1350円+税があたしの全財産だってんだから、せめてタックスフリーで。

 でもでも、どうしたって、このタルタルソースのタルタル具合ったら、もうね。

「なに、奈々子。ヤケ喰い?」

 午前6時の人もまばらなファミレスに、ニコチンの眠たげな無愛想な声が響いた。あたしは顔も上げず、タルタルの脳まで痺れさせるまったりに身を預けたいわけで。

「別に。ヤケになること自体がないもん」

「でも、さっきの電話の後から明らかにおかしいって。誰からだったん? 親?」

「……うん。まぁ」

 あたしは嘘をついた。外で電話を終え、自然な顔をして戻ってきたつもりだったけど、あたしの態度は明らかに変わってしまったらしい、望まれないビフォーアフター。

 電話のことは、どう説明していいのかわからないし、ニコチンには関係のないこと。いや、あたしにすら関係がなかったかもしれない。

 もういい。さっきの電話のことは、もう忘れることにする。

「奈々子」

 ニコチンの真剣な顔。あたしをそこまで心配してくれてるのかと思うと、ありがた迷惑だけど実は嬉しかったりもする。

「そんなトンカツ喰らうお金あるならまずウチに返してよ」ニコチンはあたしの最近怪しい二の腕を見てにやついた。

 ……ま、こういうやつだ。

「かりてたっけ?」

「かしたよ。2000円。こないだカラコンと水着買ったとき」

「……覚えてねー」

 財布には1500円。

 とりあえず、バックレる方向性で。

「明日までにヨロ」と、ニコチンは有無を言わさず、プレッシャーかけつつ話題は強制終了。ムゴい、ホントに覚えてないのに。

「でもさ、カラコン目に合わなくって、結局してないんよね。目ぇ血走っちゃって」

 あたしがそう言うと、ニコチンはあたしの頭の両側を手で挟む。

 で、じいっと目を覗きこんできた。

「だいじょぶ。死なない死なない」

「別に死ななくても、目ぇ見えなくなったら困るっての」

 あたしは照れくさくて早口で反論し、追加注文する気もないのにメニューを眺めた。

 ニコチンはあたしからそっと離れ、無意味な大きなため息をついた。

 メニューを眺め、ふと、すごく下らないことを思いついたので、ぱかぱかぱかぱかガラケー(一周まわってガラケーって言ってたけど、どういうルート?)指先でいじってる、ニコチンに言ってみる。

「ブタ肉に含まれるビタミンって、ブタミンじゃね」

「え?」

 ニコチンは聞いてなかったみたいで、一瞬顔を上げて「あっはっは」と、乾いた愛想笑い。

 なんというか、こういうやりとりがスキだ。

 聞きとれなかったからってマジメに全部ききかえすのなんて、ナンセンス。

 いまどきのJKの必須スキル、それは円滑なコミュニケーション。(いや、あたしはうまいことやれてない感しかないけど)

 友だちはある程度いるけど、あたしがホントに「そうそう、わかってんじゃん」って思えるのはニコチンだけ。

 箸が転げても笑うお年頃なんていうが、あたしたちはもっと下らないことで笑える、必要ならだけど。

 徹夜明けの朝のファミレストークで、ミのあること言うやつなんて、いたらそいつとはやっとれんわ、マジで。

「あー、イケメンいる!」

 ニコチンはマニキュアぼろぼろの指先で、窓の外をさす。

 通りを挟んだおんぼろアパートの部屋の前で、男女の秘め事のまっさいちゅー。

 女の子の方はすらっとしててモデルやれちゃうくらいイケてるんだけど、男の方は服はボロボロ、汚いロン毛と無精ヒゲのホームレス一歩手前、ってか今日はホームレスとのエンカウント率異常だな。

 ニコチンはその顔すら見えていない男を見て、イケメンとはしゃぐ。

 男の趣味がひどく悪いのだ。

 音楽好きだからかわかんないけど、薄汚いインチキくさいのがたまらなく好きらしい。

 男の方は、女の子に耳元でこしょこしょされて、ぞわぞわしてる模様。

「うちなら、もっとイイコトしてあげられるのに」

 ニコチンは、卓上の紙ナプキンを何枚も無意味につかんで、ビリビリと破り始める。

「や」

 やめなよ、といいかけて、よく考えたらべつにやめさせるのはあたしじゃなくて店員さんじゃね、だから、別にいいか。

 厄介なのは、ニコチンは奇をてらったようなことを素でにやれちゃうとこ。

 タバコで謹慎処分になって久々に学校きたと思ったら、今度は禁煙パイポ吸ってて、先生たちも、さぞ処分にお困りになったでしょうねぇ。あたしは思わずケラケラ笑ってしまったけれども。

 なにせニコチンは先生たちの「タバコよくない」って呪文をしっかり受け入れて、前向きにやめることを検討した結果、そうなっちゃったわけで。職員会議も、異例の盛り上がりだったことうけあい。

「あぁー、行かないで」

 ニコチンは残念そうに声を上げる。

 そのあと、そのバカップルは部屋にもつれ込んでいった。

 一発やんだろ、と一瞬過り、「あたしって意外とゲス?」と自分でびっくりする。

 ま、おしあわせに。

「あー、もう、イライラする」

 ニコチンは禁煙パイポの吸い口をガジガジと噛んで、そのアパートを恨めしそうに見ていた。いつもならさらっと話を流すのに、今日はえらく不機嫌なのね。

「カルシウム足りてねんじゃね」

 なんて、あたしは呟いてみる。

「……カルシウムってなんだろ」とニコチン。

「さぁ」

「カルシウムってなに? ビタミン?」

「さぁ、しらね」

 あたしにも、さっぱり。

「つか、奈々子も今日ずっとイライラしてんじゃん」

「そう?」

 たしかにあたしはイラついてる。主に、家庭の事情ってやつで。

 あたしは、その元凶である鞄の中のケータイをにらんだ。

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