恋人の関係

 朝日がようやく顔を出し、カーテンの隙間から優しい光が差し込む。

 まだ夢の中なのに、インターホンが無理やり現実へと引き戻す。


「こんな朝早くから誰だよ……」


 画面を見ると、そこには鈴音がいた。

 まだ時間は六時半を過ぎた頃。

 回らない頭を何とか回転させ、玄関へと向かう。

 スーパーの袋を両手に持ち扉が開くのを待っていた。

 一体どれだけ買い物をしてきたのか。


「翔太さん! おはようございます!」


 まだ朝早いのに大きな声で朝の挨拶をする。

 近所迷惑になったらどうするんだ。


「おはよう、早いな」


「そりゃ彼女になったんで、モーニングコールと朝ごはん作るのは当たり前ですよ!」


 果たしてモーニングコールとは、こんなに元気がいいものなのか。もう少し優しいものだと思っていた。

 ただそんな鈴音が可愛く見える。

 これも恋の錯覚と言うやつなのだろう。


「そっか、いいよ入って」


「お邪魔します」


 鈴音を中へと案内する。


「じゃあ、朝ごはん作りますね」


 自前のエプロンをつける、ピンクのフリルが着いた可愛いエプロンだ。

 トントンとテンポのいい包丁の音が聞こえる。

 作れると言っただけあって、手際がいい。

 キッチンは人間二人入れるくらいのスペースしかないが、その範囲内で器用にこなしていく。

 見ていても仕方がないので、顔を洗いに行き、服を着替える。

 するとキッチンから出汁と味噌のいい香りがする。

 キッチンを覗くと彼女の姿が……うん、悪くない。

 鈴音と目が合う。


「あ、もうすぐ出来ますからね。食器は適当に使っていいですか?」


「ああ、大丈夫だよ」


 ダイニングテーブルを拭いたり用意をするが、鈴音から目が離せない。

 俺ってこんな奴だったっけ? 

 好きと自覚するだけで、こんなにも人は変わってしまうのかと実感した。

 鈴音がこちらに向かってくる、どうやら出来たようだ。

 こちらを見つめてくる。どうしたのか。


「翔太さん、ギューってしていいですか?」


 控えめに言って可愛い。

 鈴音ってこんなに可愛い生き物だったのだろうか。


「ああ、いいぞ」


 両腕を広げる。

 すると鈴音は飛び込んで両腕を背中に回し、強く抱きしめる。

 それに続いて俺も鈴音の背中に腕を回す。


「はぁ~、しゃーわせです」

 鈴音の顔は既に緩みきっていた。もう少しこのままで居たい。

 しかし、このままでは時間がどんどん過ぎていってしまう。

 名残惜しいが今はここまでだ。


「鈴音、ご飯食べるぞ」


「えー翔太さん、もうちょっとだけー」


「だめだ、今日も朝から授業あるだろ」


「そうですけどー、あと一分だけ!」


「はいはい」


 胸が満たされる幸せな時間だった。

 これ以上せがまれたらどうしようかと思った。

 断れる自信はない。


「じゃあ翔太さん、ご飯食べましょ」


 ダイニングテーブルの椅子に座る。

 メニューは味噌汁に白米、卵焼きとシンプルなラインナップ。


「いただきます」


 卵焼きを食べる。ほんのり甘くて美味しい。

 味噌汁をすする。今回は赤だしのようだ。

 これも美味しい、出汁の旨みと香りが鼻を抜けていき、白米がすすむ。


「どうですか? 美味しいですか?」


「ああ、美味しいよ」


 鈴音はほっと胸をなでおろした。

 これほど美味しいのだ、心配する必要は無い。

 あっという間に完食する。


「ごちそうさま」


「お粗末さまです。また夜に作りに来ますからね」


 鈴音は食器を洗い始めようとする。


「いいよ、俺がやっとくから、学校行ってきな」


「いいですか? ありがとうございます」


 鈴音は水を止めて、タオルで手を拭き学院に行く準備をする。

 玄関へと向かう鈴音を見送る。


「じゃあ翔太さん、行ってきます」


「おう、いってらっしゃい」


 扉が閉まり一人の時間がまた始まった。

 ついさっきまで鈴音がいたせいだろう、少し寂しい。

 学院が終わるまでの辛抱だろう。

 キッチンへ戻り、食器を洗い始める。

 そういえば昨日貰った封筒の写真を見ていなかった。

 食器を洗い終えると、部屋の机に置いてある封筒を開ける。

 そこには、八分割された写真が入っており。

 右端にはキスしている写真もあった。

 『大好きです』と書かれており、思わず顔を赤くする。

 鈴音と付き合えて良かったと心の底から思う。



──────────



 翔太さんの家を出ると、最寄りのバス停に向かい学院へと向かう。

 昨日ついに彼女になったんだ……。

 思い出すだけで、心が満たされていく。

 翔太さんの体、すごく大きくて温かかった。


「あれ? 鈴音じゃんおはよー」


「結衣じゃん、おっはよー」


「なんでこっちから来てるの? 家もっと学院から遠かったよね?」


「まあ、色々あってね」


 結衣は鈴音の顔を見て何かを察した。


「ねえねえ、鈴音さぁなんかあったでしょ」


「べ、別に何も無いよ」


 鈴音は視線を逸らす。


「なんもないわけないじゃん、さっきからずっとニヤけてるよ。正直気持ち悪い」


 自分では全く気づかなかった。

 私そんな変な顔してたかな。自分では分からないというのは怖い。


「で、何かあったの?」


「実は、翔太さんと付き合うことになりました」


「え!? まじで!」


「はい、まじです」


 自分から報告なんてしたことないからものすごく恥ずかしい。

 顔が赤くなっているのは、鏡を見なくても分かる。


「やるじゃん! おめでとう! そっかー、あの翔太先輩と付き合うかー。やったじゃん将来安泰じゃん」


 自分のことのように喜んでくれたのが嬉しかった。

 なんやかんやで結衣はいつも応援してくれたから。

 そんなことを話しているとバスが到着した。


「詳しいことは中で聞かせてよ」


「えー、全部は答えたくないよ」


 バスに乗ってから三十分間、ひたすら昨日のことについて質問された。だけど少し嬉しかった。

 学院に到着し、バスを降りる。


「じゃあ鈴音、私こっちだから。いい話いっぱい聞かせて貰ったよ。私は応援してるからね! バイバイ」


「うん、ありがと!」


 結衣は素直に応援してくれた、凄く嬉しいな。

 そう思いながら、考古学棟へと向かう。

 すると偶然、涼風ちゃんとすれ違った。


「鈴音先輩、おめでとうございます」


「え、あ、うん、ありがと」


 突然の事に驚く。

 おめでとう? 翔太さんの事でいいのかな。


「昨日、偶然手を繋いで帰っていくところを見たので……」


「あ、そうだったんだ」


 涼風ちゃんも、翔太に想いを寄せていたことは知っている。

 あの態度を見れば誰だってわかる。

 そのためちょっと複雑だ。

 この前会った時とは違い、声もすごく落ち着いているように感じた。


「鈴音先輩、そんなに申し訳なさそうな顔をしないでください! 翔太先輩はあなたを選んだんです! それは仕方の無いことです」


 涼風ちゃんは涙目になっていた。

 ああ、彼女なりに応援してくれているんだ。

 泣きそうな彼女を、優しく抱きしめる。


「ごめんね、そしてありがと」


「翔太先輩を幸せにしないとダメですよ」


「うん」


 腕を離すと、いつも通りの涼風ちゃんに戻っていた。


「それでは鈴音先輩! 私は魔法工学なのでここでさらばです!」


 そう行って魔法工学棟へと走っていった。


「魔法工学棟ってここから十五分くらいかからなかったっけ?」


 気づいた時には、もう涼風ちゃんの姿は遠くにあった。



────────



 もう泣かないつもりだったのに、思わず泣きそうになっちゃった。

 は鈴音ちゃんに背中を押してもらったからね。

 今度はこっちが応援する番。


「鈴音ちゃん、頑張ってね」


 しかし勢いよく走り出したはいいが、魔法工学棟はまだ随分先だった。


「やっぱ、バス使えばよかった」


 少しだけ後悔した。



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