隠されていた事実

 私はベッドの上で、部屋の電気も付けないで突っ伏していた。

 幸せを失うのはいつだって突然だ。

 まだ右目が痛い。

 私はどうなっちゃうんだろ。

 何が原因でこうなっているのかも分からない。

 なんでなんだろ、せっかく翔太さんと付き合えたのに。

 神様は不公平だ。こんな試練を与えなくてもいいじゃん。

 感情が高ぶる度に、目が赤く光る。


「魔物の目って本当の事だったのかな……」


 私は何を信じていいのか分からなくなっていた。

 もちろん自分自身も。



────────



「翔太さんお待たせしました!」


 今日の夕飯は、リクエストしていたハンバーグだった。

 ひき肉に牛の小間切れを細かく切って、練り込むことにより、ジューシーで食べ応えがあり、美味しい。

 告白から一ヶ月がたった。

 あの時から鈴音への気持ちは変わらない、いやそれ以上だ。

 鈴音は以前、ジャージを着ていることが多かったが、付き合ってから服装にも気を使うようになっていて、そのセンスの良さにいつも感銘を受けていた。

 こうしてほぼ毎日家に来て、食事を作ってくれる。


「そういえば今更だが、朝のバス代は大丈夫なのか?」


「大丈夫ですよ、県内定期あるんで」


「そうか、なら良かった」


 いつも当たり前のように来てもらっていたが、そういう事をあまり考えてなかった。

 そういえば鈴音自身のことは知っているが、家族など鈴音の周りのことをあまり知らない。


「そういえば付き合っていることは両親は、知っているのか?」


「言ってありますよ、会ってみたいです?」


「まあ、そのうち会っておきたいな」


「じゃあ、明日会いますか?」


 鈴音が携帯を取りだし、耳に当てる。

 もしかして、両親に電話しているのか。


「いや、別にすぐってわけじゃないぞ」


「あ、もしもし──」


 心臓の鼓動が速くなる。

 いや、まだ覚悟も何もできていないぞ。


「翔太さん、明日十二時から大丈夫ですよ」


「いや、なんも準備してないぞ」


「今決まりましたからね、当然ですよ」


 そういうことじゃない、会ったことがないから怖いんだよ。

 さすがに怖いなんて、彼女の前では言えない。

 どうするんだよ、何話せばいいか分からないぞ。


「そんな顔しなくても大丈夫ですよ、お父さんそんな怖くないですから」


「いや、大丈夫だ」


「そうですか? ならいいですけど」


 そんなわけないじゃん。

 日本人は古来から、「娘はやらん!」ってお父さんが多い気がするから。

 どうしても、踏ん切りがつかない。

 ただ俺も男だ、ここで引き下がる訳にも行かない。

 もちろんすぐ結婚する訳では無いが、認めてもらわなければ、今後の生活に影響が出そうだ。


「やっぱり怖い……」


「大丈夫ですよ! お父さんも歓迎してますし」


「本当か?」


「はい! 多分……」


 自信の無い返答に、余計に不安になってきた。

胃が痛い。今日寝れるのか。


「まあ、鈴音を信じるよ。片付けはやっておくから」


「すいません、ありがとうございます」


「いいんだ、いつもご飯作ってもらってるんだからな」


 鈴音を玄関まで送る。

 明日も会えるというのに、この瞬間が寂しい。


「じゃあ翔太さん、また明日」


 そう言って唇を重ねる。

 その柔らかな感触に夢中になる。

 幸せに満ち溢れ、このまま時間が止まればいいなんて思ったりする。


「翔太さん、帰れなくなりそうです」


「ああ、確かにそうだな」


「でも明日も会えるんで今日は帰ります!」


 そう言って、鈴音は家を出ていく。

 正直もう少し居て欲しかったが、ここで年上の俺がそんなこと言う訳にもいかない。

 風呂に入り、ベッドに横になる。

 鈴音と一緒にいると生きていくのが楽しい。

 きっとこれからもそんな日々が続いていくのだろう。

 輝かしい未来を夢見ながら眠りにつく。


──そんなわけないじゃん。



────────



 午前十一時半、桜の花びらは既に散り、葉桜へと姿を変えていた。

 外はどこも緑が多く、まだ五月下旬だというのに、太陽の照りつけが厳しい。

 一ケ月後に迫る、夏の訪れを知らせているようだ。

 街ゆく人はみな薄着で、横を通りすぎた中年太りのサラリーマンは、ハンカチを額にあてながら歩いていた。

 日本でも有名な高級ホテルの駐車場。俺はそんなところで鈴音が来るのを待っていた。

 場所の連絡が来たのも早朝で、場所が場所だけに携帯を落としそうになった。

 数々のVIPが泊まったことのあると言われるホテルの駐車場で、俺はなぜ待っているのだろう。

 もしかして食事はここでするのか。それならこの服装はあまりにも場違いだ。

 上を見上げると、遠くからでもわかる高さ。三十階ほどあるのだろうか。

 というか先程から、周りの視線が痛い。

 わかってますよ、なんで庶民がこんな所にいるんだってことだろ。

 これでも魔法学院の主席です。なんて言えるわけもない。


「翔太さーん!」


鈴音の声が聞こえる。何とか助かった。


「翔太さんすいません、お待たせしました」


「今日も可愛いな」


「ありがとうございます」


 今日も鈴音の服装は可愛いかった。

 白のオフショルにデニムのスカートで、白を基調としたスニーカーを履いて爽やかな服装だった。


「そういえば、なんでここで待ち合わせなんだ? 周りの視線が怖かったぞ」


「あーすいません。ここ、私の家なんですよ」


 鈴音の指す方向を見なくてもわかる。視界に入れなくても気づいてしまうその存在感。

 鈴音の家は、その高級ホテルだった。

 薄々は勘づいていた。

 だが、そんなことは無いとどこか思っている自分もいた。

 普段の鈴音を見ていると、全く想像がつかない。

 そう、鈴音は高級ホテルのお嬢様だったのだ。


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