もうそこに 光はなかった
翔太を見失った以上、闇雲に探すだけでは見つからない。
手がかりを掴むため学院へと戻る。
学院の駐車場に戻ると多くの人が集まっており、その中には五条と亜里沙の姿もあった。
「エアリアルさん、渋谷さんは見つかりましたか?」
首を横に振り、転移先で起こっていた出来事を説明する。
二人はその内容に戸惑っていた。
そうだよね、いきなりこんな話をしてもなんて返事をしたらいいかわからないよね。
「……そんなことがあったのか、多分その埠頭にあるアジトはラ・リベルタのものだろう。今回追っていたテロ組織だ」
鮮明に思い出されるあの光景が、頭から離れない。
現場を離れた今では夢なのではないかとも思う。
「しかし、今は渋谷を見つけることに専念しよう。事情を聞かないといけないし、相手はテロリストとはいえ五十人以上の人間を殺したんだ。それなりの責任が課せられる」
やっぱりそうだよね。あれが許されるほど現実は甘くない。
「でも現状渋谷の居場所が分からないのにどうするんですか?」
「渋谷があの場所に居ない理由として二つ考えられる。一つ目は我々に見つからないために逃げた可能性。二つ目は残りの残党及び上の組織の排除。この二点になるだろう」
「そこに重点を置いて探せばある程度絞られと……」
普段表情を変えない亜里沙の顔は少し曇って見えた。
「まあ、あくまで可能性の話だ」
「これからまずどうしますか?」
「一旦現場にいってみよう。と言ってもあまり意味が無いと思うが」
「私なら力になれるかもしれないですよ」
私達の会話に入ってきたのは鈴音ちゃんだった。
「魔眼を使って魔力をたどれば、そこで起きた出来事を視覚で確認できると思います」
「魔力をたどれば映像として認識できるということなのか?」
「そういうことですよ」
正直あの現場に鈴音ちゃんを連れていくのには抵抗がある。
きっとあそこに連れてったらショックが大きいと思う。
「鈴音ちゃん、本当にいの? 鈴音ちゃんが思ってる以上に悲惨な現場だよ……」
「大丈夫です、覚悟はできているつもりです」
鈴音ちゃんもそれだけショータの事が大事ってことだね。
「そっか、なら早く行かないとね。ショータの魔力痕が消える前に」
「エアリアルさん、現場まで連れてって貰えますか?」
「うん、三人くらいならなんとかなるかも」
『
現場に到着し、地下施設へと入っていく。
鈴音と亜里沙想像以上に残酷な現場に少しだけ肩を震わせていた。
何度見ても嫌な光景だ。
「ありました、翔太さんの魔術痕です」
「それでは、お願いする」
五条の合図と共に、鈴音が記憶干渉魔法を発動させる。
そこにはショータと犬飼の二人が映っていた。
────────
「佳奈はどこだ」
「知らないね」
犬飼は転移魔法を展開し、脱出を試みる。
「遅い」
翔太はあっけなく魔法を解除する。
犬飼への殺意が翔太の目から伝わっており、普段の雰囲気とは別人のようにかけ離れていた。
「俺はもうたくさんの人を殺した。今更一人や二人増えようと構わない。最後に佳奈はどこへ行ったか聞こう」
「し、知らない」
犬飼には先程までの余裕はなかった。
翔太は一歩づつ前に進み、犬飼は一歩づつ下がっていく。
「もう一回聞く、佳奈はどこだ? 返答によっては命だけは助けてやる」
「北海道だ! 北海道の離島にあるアルトラルという上の組織のアジトに転移した!」
「そうか、ご苦労だ」
『黒剣』
翔太の右手には真っ黒な剣が握られ、それを犬飼の喉元に当てる。
犬飼は体を震わせ大量の汗をかいていた。
「最期に何か言い残すことは?」
「や、やめてく──」
────────
鈴音は映像を止める。
「すいません、これ以上翔太さんの姿を見ることはできません」
鈴音は膝から崩れ落ち大声を出しながら泣いた。
ショータがこんなことになるなんて彼女は想像できなかっただろう。
亜里沙は何も言わずに鈴音を抱きしめる。
彼女の目尻が少しだけ光っていた。
「これからどうしようかね五条君」
私は泣きたい気持ちを抑えて、ショータの居場所を突き詰めることに集中する。
「とりあえず渋谷の行き先は間違いなく、アルトラルの日本支部だ。これだけでも大きな情報だ」
「そうだね、目星は着いてるの?」
「アルトラルがまだ存在していたなんて初めて知ったからな。あまり有益な情報がない」
五条くんは腕を組み考える。
「むやみに北海道に飛んでもしょうがないからね」
「学院長と神崎に一通り報告をしておくか」
「そうだねあんまり知られたくないけど今のままじゃ検討がつかないからね、二人とも大丈夫?」
鈴音と亜里沙は立ち上がり小さく頷く。
一度学院に戻り、学院長の元へ向かうため転移魔法を発動する。
だが魔法を展開した瞬間、何者かにハッキングされてしまい見知らぬ地へ飛ばされてしまう。
外気は転移前よりはるかに低く、体を震わせる。
「怒らないでよ、私でも対処できなかったんだから」
「誰も怒らないから安心してくれ。あれは俺にも対処できない」
展開し起動する僅かな隙にハッキングされたのだ。
これを成功させるのは相当な至難の技である。
時間にして一秒もないくらいのタイミングだ。
「しかし、ここはどこだ」
「ちょっち待ってくださいよ」
鈴音は飛ばされた方角や距離を魔術痕から読み取る。
「多分私たちが目指すべき北海道ですね。それも相当北の方だと。多分あそこ、アルトラルの日本支部じゃないですかね」
大きく波打つ海の向こう側にはうっすら小さな島が見えていた。
「やはり相川もそう思ったか」
「あそこからものすごい量の魔力が出ていますからね」
「私にも見えるよ、きっとショータもあそこにいるんだと思う」
「しかし我々をここに連れてくる理由はなんだ」
首席会でも上位に入る実力者を、わざわざ転移させてきてもあまりメリットがない。
いくら大きな組織でも実力だけで言えば、こちらの方が上のような気がする。
「どうする? 引き返す?」
「いや、今引き返したところで場所が正確に特定出来ている訳では無い。転移をしても引き戻されるのがオチだ」
「じゃあ向かおっか」
ショータがあそこにいると考えるだけで緊張が増す。
それと同時にショータに会うのが少し怖くもあった。
「ああ、そうしよう」
エアリーは転移魔法を展開する。
『
後ろを振り返るとそこには佳奈ちゃんがいた。
にわかに信じ難いが、間違えるはずがない。
「佳奈ちゃん……どうして……」
「久しぶりだね、エアリアル」
そこには過去の面影はない。太陽のように明るかった彼女は、今は月明かりの無い真っ暗な暗闇に覆われているように感じた。
そもそも魔法が使えるほどの魔力はなかったはずだ。
「彼女は誰なんだ?」
「佳奈ちゃんは、五年前に死んだショータの妹だよ」
「なんで死んだはずの妹が目の前にいるんですか……」
死んだ人間が生き返るなど前例がないため、鈴音はひどく動揺していた。
「わかんないよ、ねえ佳奈ちゃんショータのとこに行かせてよ」
「それは出来ないよ、みんなここで死んでもらうんだ」
「そじゃあ仕方ないな」
五条くんは身体強化魔法を展開する。
初めて魔法を見るけど、ものすごい魔力だ。
「手加減は出来んぞ」
五条くんは佳奈ちゃんの元へ走りながら詠唱を開始する。
『我 神の化身となり 裁きを下すもの 全ての悪に鉄槌を 』
拳を大きく振りかぶり、腰を低く構える。
『
眩い閃光とともに、佳奈ちゃんへと拳を突き上げる。
しかし、佳奈ちゃんはその拳を小さな手で受け止める。
「お兄さん、それじゃ遅いよ。さようなら」
『
光の粒子が舞い 、佳奈ちゃんの目の前にいた五条くんが一瞬で消滅する。
「ごめんなさい、手加減出来なかったよ。これで三人も力の差が分かったでしょ」
佳奈ちゃんの実力は認めざるを得なかった。
三人で抗ってもみんな無事でいられる保証がないため、うかつに手を出すわけにはいかない。
「佳奈ちゃん、なんでこんなことを」
「私にも分からない、でもこうするしかなかったんだよ」
意味がわからない、理由もなく人を殺すことが出来るのだろうか。
彼女の眼には輝きがなく、人形のような冷たい目をしていた。
「お兄ちゃんが言ってたよ、私はクローンだって」
「人間のクローン技術の開発は政府が禁止して、施設は全て破壊されたって聞いてたはずですけど」
鈴音の言う通りだ、人間のクローンは開発段階で禁止され研究者はみな逮捕されたと聞いていた。
しかし、裏で研究は再開していたんだ。
世界有数のマフィアにもなれば可能だろう。
「そんな話はどっちでもいいからさ、大人しく私に着いてきてよ。そうしたら殺すのやめるからね」
「分かったよ、大人しくついて行く」
今主導権を握っているのは佳奈ちゃんだ。今は佳奈ちゃんの指示に従おう。
ショータ……無事でいてね。
今はとにかくここにいる二人と、ショータの無事を祈るだけだった。
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