それでも君を愛してる

 魔力痕を辿ると島の施設にたどり着いた。

 海は荒れており自分を吹き飛ばしそうなくらいの突風が時折吹いてくる。

 施設の周りには巨大な壁が張り巡らされており、外からは中の様子を伺うことができない。

 もはや見た目は刑務所の様だ。


「ここに佳奈が……」


物質変化マテリアルフォーゼ


 壁に人が通れるくらいの大きさの穴をあける。

 目視できる範囲でざっと十人以上の構成員が巡回をしていた。

 十年前に一度壊滅した組織とはいえ、油断はできない。

 中には外国人も混じっている、多分本部から左遷した人間だろう。

 本部はメキシコの南部に存在しており、元は皆軍人だったと聞いている。

 そのため行動に統率がとれており、並の魔術師じゃすぐに返り討ちに会うだろう。

 しかし今まで影を潜めていたため内部の情報が少ない 、当時の日本支部リーダーはメキシコに引き取られ、死刑が執行されており、現在指揮を執っている人物は不明だ。

 慎重に進んでいくに越したことはない。

 既にここへ来ていることも把握されてるかもしれない。


鋭利な感知セスペンション


 施設内は結界で対策されており、構造が確認できない。

 外には無数のレーザーが確認できた。

 多分アメリカ製のMIR魔力赤外線だろう、登録されていない魔力に反応するとすぐ警報が鳴る。

 そのため結界を張ったところで意味が無い。

 つまり、戦闘は避けられない状況だ。


「仕方がないか、まあ所詮相手はマフィアだ殺したところでなんの問題もない」


『黒剣』


 剣を片手に握りしめ一番近い敵にめがけ走っていく。

 サイレンが唸る。敵に気づかれただろう。

 しかしそんなものは関係ない。

 一気に間合いを詰め剣を振り下ろす、一人目、鮮血が飛び散る。

 すぐに標的を変える、二人目、痛みに悶えているところにとどめを刺す。

 振り返ると既に兵隊が銃を構えている、その数約二十。


絶対零度アブソリュートゼロ


 辺り一面を凍らせる。

 氷漬けにされた兵隊は一切動かない。

 一日で何人の人間を殺したのだろう、既に感覚は麻痺して殺すことに躊躇いがなくなっている。

 まだ人の気配を感じる、あと何人殺せばいいのだろうか。


絶望的な重力ホープレスグラヴィティ


 迫ってくる兵隊が重力で押しつぶされていく。

 肉片が飛び散り、もう人の形を残していない。

 施設外の兵士を始末すると鉄の重い扉を破壊し、中へ侵入する。

 コンクリートの壁が続いており、サイレンの音がうるさく響き渡る。

 奥へと進み扉を開けると 、そこには魔術師が列となって待ち構えていた。

 翔太が中へ入るなり、一斉に魔法を発動する。


絶対防御パーフェクトウォール


 無数に放たれた魔法を全て防ぐ。翔太には傷一つない。

 魔力を解放、魔術師は魔術障壁を展開する。


業火インフェルノ


 全てを焼き尽くす。魔術障壁は一瞬にして炎に飲み込まれていく。

 この光景は今日だけで既に二回目だ。この光景は何度見ても見慣れることは無い。

 鼻に焼け焦げた臭いがこびりつく。

 不意に体の力が抜ける。魔力を消費しすぎたのだろう、しかしまだ目標を達成していない。

 佳奈を巻き込んだ人間の始末をしなければならない。

 翔太は血が滲み出るほど唇を噛み締める。


(まだここで倒れるわけにはいかない……)


 少しづつ脳が覚醒し始め、再び歩み始める。

 やがて、一人ではとても開けられそうにないくらい大きな門を前にたどり着く。

 きっとここが最深部だろう。分厚い門の向こう側から今までとは、比べ物にならないくらいの強烈な魔力を感じる。

 今回の黒幕はもう目の前まで来ている。身体強化を使い門を開く。

 門を開いた先には佳奈がいた。高校の制服姿で五年前と何も変わっていない。


「ショータ!」


 聞き覚えのある声がする。声の方向を見るとそこにはエアリー達がいた。

 魔術結界が張られており、外に出ることは難しそうだ。

 ここにいる理由は考えなくても何となくわかっている。きっと今日起こったことを全て知ったため、追いかけて来たのだろう。

 エアリーの後ろには亜里沙と鈴音もいた。鈴音は怯えているように見える。

 手を汚してしまった自分は、どんな顔をすればいいのか分からなくなっていた。

 かける言葉さえどれだけ探しても見つからない。

 人殺しにはもう平和な日常など存在しない。住む世界が変わってしまったのだ。

 エアリーの呼び掛けに応えることも無く目を逸らした。


「お兄ちゃん、エアリアルが呼んでるよ。何か言ってあげたら?」


「それよりなんでこんな事してるんだよ。なんの理由があって……」


「それはね、こうしないと存在価値が無くなっちゃうからだよ。私の他に私がこの施設にはいっぱいるの、だから要らなくなると捨てられるんだよ。そのために命令されれば誰だって殺した」


 他の私とはきっとクローンのことだろう。


「俺を狙う理由はなんだ、何故俺を殺そうとした」


「それはね、そうしてってお願いされたから」


「誰になんだよ」


「それは教えたらだめって言われてるから言えないよ。ねえそろそろ準備いいかな?」


 佳奈は魔力を展開していく。

 翔太もそれに続いて、展開していく。

 体が重い、残りの魔力はあまりないため長期戦は不利になるだろう。

  一般的な魔術師の一対一タイマンは魔法の威力より発動速度がものを言う。銃と一緒で当たれば勝てる。

 しかし今回は違う、そんな生易しいものではない。きっと全力で殺しにくる。


『黒剣』


 やはり一番使い慣れた魔法が実践では有効だ。


八咫烏ヤタガラス


 佳奈はカラスのように黒く光る大鎌を手にした。

 その大鎌は、佳奈の身長よりも少し大きい。


「なあ佳奈、手加減できないぞ」


「お兄ちゃんこそ 、首無くならないようにね」


 お互い間合いを保ちつつ牽制する。迂闊な行動が死を招いてしまうからだ。

 様子を見ながらこちらから仕掛ける。

 一気に間合いを詰め上から斜めに振り下ろす。が、簡単に弾かれてしまう。

 佳奈は弾いた大鎌を振り下ろす。間一髪避けることが出来たが、頬にかすり傷が付き、そこから血が流れる。

 一体、佳奈は今までどれだけの戦闘をこなして来たのだろうか、並の反射神経ではない


「あんな簡単に返されるとは、驚きだよ」


「お兄ちゃんも流石だよ、学院をする人は違うね」


 危うく聞き逃すところだった。何故佳奈が学院を主席で卒業したことを知っているんだ。

 佳奈と再開したのは卒業後、しかも会話は一切していない。


「なんで佳奈がそんな事知ってるんだよ」


「そんな事より続きを始めよ」


 今度は佳奈が間合いを詰める。佳奈の言葉に気を取られ、少々反応に遅れる。

 佳奈はすぐに後ろに下がる。少し息が上がっていた。

 どれだけ隙を作ろうとしても見つからない。

 戦闘で疲弊している体に鞭を入れて考える。

 しかし佳奈は待ってくれない。振り下ろされた大鎌と自分の体の僅かな隙間に剣を入れ込む。

 反動を受けきれずに後方へ飛ばされてしまう。

 壁に思いきり背中をぶつけその場で膝をつく。

 口から鉄の味がして気持ち悪くなり、それを吐き出す。


「お兄ちゃん、油断しちゃだめだよ」


 佳奈のその余裕な表情に苛立ちを感じる。

 これは佳奈に対してじゃない。佳奈をここまで変えてしまった人間達にだ。

 自分の溢れ出る感情を抑えつつ、鈍くなった思考を回転させる。

 すると一つの答えにたどり着く。

 しかしこれは佳奈の気持ちを利用する非情で残酷な方法だ。

 それに今の佳奈にこれが通用する保証がない。

 

「お兄ちゃん何やってるの? 油断してると死んじゃうよ」


 もうあまり体力もない。

 自分の正義感を殺して、実行するほかなかった。


「じゃあ本気で行かせてもらおうかな」


 もちろん今まで本気で闘ってきた。

 魔力も限界に近い。


「そう? じゃあいくよ」


 佳奈が一気にこちら目掛けて走ってくるので、それに応えるように俺も走っていく。

 そしてお互いが間合いに差し掛かろうとした瞬間。


「佳奈、愛してるよ」


 その言葉に佳奈は少しだけ反応した。一瞬の隙を見逃さない 、そのまま佳奈に目掛けて切り上げる。

 剣にはしっかりとした感触があった。クローンとはいえ妹までを殺してしまった。

 佳奈は倒れ切り口から大量の血を流している。


「お兄ちゃん……」


「もういい、もう一度お前に会うことが出来て良かったよ。ただこんな形で別れるのは残念だ」


「うん、お兄ちゃん……だい……」


 最期の言葉を聞くことが出来なかったが、何を言おうとしていたかは分かる。

 力を失った佳奈を抱き寄せ、静かに泣いた。

 まだ微かに温もりが残っている。

 佳奈が死んだことにより、三人にかかっていた魔力決壊が解かれる。

 佳奈との別れを惜しんでいると、後方から拍手の音が聞こえた。


「いやー兄妹の戦い、実に素晴らしかったよ」


 扉の向こうから声が聞こえる。影で姿が見えない。

 ただわかるのは格段にレベルの高い魔力を感じるということ。


「にしても妹まで殺すとはね、君も立派な犯罪者どうるいだね」


「うるさい!」


「そんなに怒ることは無いだろ、君と僕の仲じゃないか」


「お前……誰だ?」


声に聞き覚えがある、しかしどこで聞いたのか思い出せない。


「僕だよ。これでわかるでしょ」


 門の陰から姿が現れる。


「元気そうだね、


 その姿を見た時、思わず目を疑った。


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