始まってしまったらもう引き返せない。
せっかく背中を押してくれたんだし、今抱いているこの気持ちをショータに伝えるんだ。
どんな結果になっても後悔しないとは言えないけど、きっと伝えない方が後悔をすると思う。
一秒でも早くこの思いを伝えたい。
翔太の車がある駐車場が見えてきた。
駐車場付近に大勢の人が集まっているのが見える。
だがそんなことを気にしている場合ではない。
自分の気持ちを伝える一心で走っていく。
しかしそこにあるのは、燃え上がったショータの車があった。
────────
女子会を開くと言われて追い出されたが、特にする事が無いため車の中へ戻ることにした。
もちろん、二人を置いていく訳には行かないので待っていなければならない。
それにしても、鈴音はどうしてエアリーを連れ出したのだろうか。
その理由はどれだけ考えても出てこない。
いずれ分かるだろう。
車の鍵を開け、中に入る。
いつも睡眠はしっかり摂る方だが、少し眠たくなったので二人が戻ってくるまで寝ることにした。
普段車の中では眠れないが、まぶたが落ちるまであっという間だった。
目が覚める、五分くらい寝たのだろうか、時計を見ると既に二十分が経過していた。
思いのほか寝ていたようだ。
まだ二人が戻ってくる様子はなさそうだ。
欠伸をしていると違和感を感じる。
外を見ると十メートル先がぼやけて、見えないくらいの霧が立ち込めていた。
この光景に記憶がある。
「久しぶり、お兄ちゃん」
フロントガラス越しに、人の姿が見えた。佳奈の声だ。
車内にいるにも関わらず鮮明に聞こえる。
「お前、なんでいるんだよ……本当に佳奈なのか?」
「分からないよ、何が本当で偽物なのか」
佳奈はゆっくり歩み寄ると、少しづつ姿が鮮明になっていく。
「何を言ってるんだ?」
「ねえ、お兄ちゃん私って本当に佳奈なのかな」
「俺の知っている佳奈は五年前に死んだはずだ」
突然の出来事に冷や汗が止まらない。
佳奈は冷えきった目をこちらに向けてくる。
「じゃあ今の私は誰? 私はお兄ちゃんの妹じゃないの?」
「分からない」
「じゃあ、あなたはお兄ちゃんじゃないってことだね。さようなら」
次の瞬間、佳奈の口が小さく動く。
しかし、何を言ってるのか全く聞こえない。
声を聞き取るために、感覚拡張魔法使い佳奈の声を聞き出す。
『──燃えろ 燃えろ 燃えろ 消えて無くなればいいんだ』
その詠唱には明らかな殺意が込められていた。
(しまった、魔術詠唱だ!)
気づいた時にはもう遅い。
放たれた業火は、一瞬で車全体を飲み込んでいく。
車内が一気に高温になり、全てのガラスにヒビが入る。
これが割れた瞬間、命は無いだろう。
索敵魔法、移動魔法に魔力を全集中させる。
逃げないといけないが、佳奈を見失う訳にもいかない。
索敵魔法をが邪魔をして、上手く移動魔法が展開できない。
そんな事をしている間にも、炎がこちらにどんどん迫ってくる。
フロントガラスが割れた瞬間、移動魔法の展開が間に合う。
『#精霊による空間転移__エアリアルテレポート__#』
佳奈の位置を把握しながら移動していく。
細い糸を切らさないように手繰り寄せるような感覚だ。
動きが止まったのを確認すると、そこに焦点を合わせる。
着いた場所は何故か見覚えのある埠頭だ。
だが、何で見たのか思い出せない。
先程まで高温の車内にいたため、夜風が冷たく感じる。
周りを見渡すと街灯は一切なく、周りには無数のコンテナと、使われているか分からないくらい古びた倉庫があった。
肝心な佳奈の姿が見当たらない。
索敵魔法を再び展開していく。
「なるほど、地下室か」
索敵魔法をさらに強化し、少しづつ範囲を狭めていく。
ついに地下施設に入る通路を発見するが肝心な入口がない。
「索敵で反応しない……ということは幻影」
索敵魔法から感覚拡張魔法に切り替える。
通路の近くを探すと入口らしきものを発見した。
ドアは小さく錆びれており、とてもじゃないが地下施設の扉とは思えなかった。
入口付近は索敵が引っかからなかったためそのまま中へと進んでいく。
階段を降りていくとそこには薄暗く、長い廊下が続いており、人の気配が感じられない。
警戒しつつ奥へと進んでいく。
冷たい空気が肌を刺し、自分の足音だけが響き渡る。
廊下の最奥には固く厳重な扉があり、手でこじ開けようとしてもビクともしない。
魔術回路を調べると、索敵、衝撃緩和魔法が張り巡らされていた。
それらを解除。身体強化を使い、扉を開ける。
扉の先はさらに暗かった。
だが、そこに人の気配を感じる。
「初めまして、渋谷翔太くんだよね」
挨拶とともに部屋の照明が一気に点き、一瞬目が眩んだ。
目の前にはおよそ五十人くらいの人がいた。
「お前は、ラ・リベルタの犬飼《いぬかい》
作戦会議で見た顔写真と全く一緒だった。
それならこちらとしても都合がいい。
「よく知ってるね、にしても一人で飛び込んできちゃだめだよ何人いると思ってるの?」
犬飼は憐れむような目でこちらを見てくる。
その目に激昂しそうになる。
「数は関係ない、一人で十分だ。それより佳奈は?」
「君の妹だよね、いるよそこに」
人混みの中から佳奈が姿を現す。
「これは、どういうことだよ」
「どういうことも何も、君の妹じゃないか」
犬飼が言っている意味が理解できない。
佳奈は五年前に死んだはずだ。
「蘇生魔法なんて並大抵の術者が使えるはずがない」
「もちろん、そんな事ができる人はいないよ」
蘇生魔法では無い……なら一体……。
あらゆる可能性を探り、一つの答えにたどり着く。
「クローン······」
「そうだよ、よくわかったね。これは我々が開発したクローン技術だよ」
「なんでよりによって佳奈なんだよ」
昂る感情を抑え静かに問う。
「残念ながらそれは俺の考えではない。ただ君の妹のおかげで副産物もできた。魔法が使えない人間の魔力を増幅させる技術を、その点では感謝しているよ」
「お前何言ってるんだよ」
頭では理解したが、どうしても認めたくはない。
佳奈のクローンが存在していることを。
「クローン? 感謝? ふざけんなよ!」
喉が痛くなるほど叫んだ。
既に自分の中に残っている感情は怒りだけだった。
魔力が暴走し始める。
「おいおい、いきなり暴れる気か。やめてくれよ、この施設を作るのにもたくさんの時間と費用をかけたんだよ」
「うるさい」
溢れそうな魔力を何とか押し込める。
「暴れるようだったらこちらも手加減できない」
「うるさいっ! 黙れよ!」
抑えていたものが全て解き放たれた。
叫びながら魔法を展開、犬飼の方へ腕を伸ばし目標を定める。
すると、佳奈が前に立ちはだかる。
『
展開速度が間に合わず、魔術が消される。
もう一度発動させるが展開速度が間に合わなかった。
「佳奈、邪魔をするな!」
「お兄ちゃん、帰って」
佳奈の声は酷く冷めていた。
その目には昔の輝きはなく、完全に拒絶していた。
「じゃあ、再会もできたことだしそろそろ行くぞ」
「わかりました」
犬飼と佳奈はそのまま奥の部屋に行ってしまう。
部下達が同時に魔法を発動させる。
『
四十以上展開された魔法を全て解除する。
すぐさま次の魔法を展開。
一瞬戸惑ったが、もう引き返す訳には行かない。
『
部屋全体を炎で焼き尽くす。
炎の中からは無数の断末魔が聞こえてくる。
もう後戻りはできない。
初めて人を殺した、それも大勢の人を。
頭の中で少しずつ何かが壊れていく。
全てを燃やし尽くし、犬飼が入った扉へと向かっていく。
扉を開けるとそこには犬飼の姿があるが、佳奈の姿は見当たらない。
「佳奈はどこだ」
「知らないね」
犬飼は転移魔法を展開する。
「遅い」
転移魔法を呆気なく解除する。
もう犬飼に対して残された感情は何も無い。
「俺はもうたくさんの人を殺した。今更一人や二人増えようと構わない。最期に佳奈はどこへ行ったか聞こう」
「し、知らない」
犬飼には先程までの余裕はなく、怯えながら自分が助かる方法を探しているように見えた。
一歩づつ前ににじみ寄ると、犬飼は一歩づつ下がっていく。
「もう一回聞く、佳奈はどこだ? 返答によっては命だけは助けてやる」
魔力を展開してく。
「北海道だ! 北海道の離島にあるアルトラルという上の組織のアジトに転移した!」
アルトラルは、二十年前に日本に支部を置いた世界で五番目に勢力の大きいマフィアグループだった。
十年前に日本支部は消滅したと聞いていたが、まだ活動は続いているそうだ。
よりによって相手は世界有数のマフィアだ、しかしそんなことは関係ない、潰すまでだ。
「そうか、ご苦労だ」
『
翔太の右手には真っ黒な剣が握られ、それを犬飼の喉元に当てる。
犬飼は体を震わせ大量の汗をかいていた。
「最期に何か言い残すことは?」
「や、やめてく──」
翔太は剣を犬飼の首をめがけて振り下ろす。
頭が落ち、真っ赤な血が首から勢いよく飛び出す。
胴体は倒れ、痙攣を起こしていた。
「最期まで自分のことしか考えてないクズが」
死んだ犬飼に対してそう吐き捨て、その場を去り、次の目標へと向かった。
────────
車の中にはショータの姿はないけど、魔力痕が少しだけ残っている。
直前で転移魔法を使ったのだろう。
ショータの魔力を感じる、まだ生きている証拠だ。
形跡を辿ればショータの居場所も分かりそうだ。
亜里沙が遅れてやってきた。
「エアリアルさん、これはどういうことですか?」
「分からない、でもショータの居場所は分かりそうだよ。とりあえずそこまで行こうと思う」
「私も着いて行きます」
「いや、亜里沙ちゃんはこのことを学院長センセと五条君に伝えて欲しい。なにか嫌な予感がするから」
「分かりました。気をつけてください」
「うん、行ってくるね」
『
転移した先は埠頭だったが、なぜこんな所に来たのかまだわからなかった。
魔力痕を追うと、小さな錆れた扉を発見した。
扉を開け、奥へと進んでいく。
進むにつれ何かが焼けた臭いがする、今まで嗅いだことの無い臭いだ。
魔力痕を辿ると最奥の扉に行き着き、その扉を開いた。
中に入ると先程よりも強烈な臭いが鼻を突き、信じられない光景が広がっていた。
目の前には焼け焦げた無数の死体が転がっており、まだ室内は暑く、死体からは煙が上がっているものもあった。
「ショータ……なんで……」
目の前の事実に目をそらしたくなる。
部屋はまだ奥に続いていた。
扉を開けると、頭と胴体が分かれた死体があった。
ショータの魔力痕がはっきりと残っている。
今はっきりした、ここの死体は全部ショータが殺した人たちだと。
魔力痕はまた別の場所に続いていた。
しかしもう特定ができない。
ショータは一人で罪を背負い、戦いに行ってしまったのだ。
涙が止まらない、ショータに何も出来なかった自分が情けない。
「私はどうすれば良かったんだろ」
その返事が帰ってくることは無い。
どれだけ後悔をしてももう遅い、ショータにどんな顔をして会えばいいんだろう。
『始まってしまったらもう引き返せない』
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