そこにあるのは。

 国立魔法機構学院の受験当日。

 私の人生の分岐点だ。

 ここに受かるかどうかで世界が大きく変わるだろう。

 しかし、ここに見つけたいものは見つかるのだろうか。

 それは分からない、とりあえず今は目の前のことに集中しよう。


「受験番号七九一番、相川鈴音です」



────────



 魔眼、それは古来より受け継がれた魔物の目という言い伝えがある。

 その目には魔法陣が刻まれており、魔力が人の数倍も高くなる。

 魔眼は一種の突然変異だとも考えられているが、未だに解明ができていない。

 魔物の目と言われているが、実際に人間に被害を出したことはほとんど……いや、全くなかった。

 なぜ怖がるか、その理由が全くわからない。

 当然、魔眼の持ち主である私に、集まる人間はほとんどいなかった。


「はあ、実害がある訳でもないのになんでかなぁ」


「まあ、しょうがないんじゃない?」


「しょうがないじゃ済まないよ」


 いつも話を聞いてくれるのは同じ専攻の緒方おがた結衣ゆい。私の唯一の友達。

 昼休みになるとカフェに行き、一緒に昼食を摂る。


「いいじゃん、私がいるから」


「だけどなんか納得いかないじゃん。友達百人作る予定なのに、半年経ってまだ一人だよ!」


「でも友達は広く浅くじゃなくて、狭く深くって言うじゃない。私は魔眼だろうがなんだろうが気にしないよ」


 そう言って私の肩を、ぽんぽんと叩く。


「はぁ、このまんまじゃ彼氏も出来ないよ」


 こんな学院生活になるとは予想していたけど、それにしてもため息が出る。


「まあ、そんなに落ち込まないで」


「そういえば結衣ちゃん、この後授業は?」


「私はもうないよ、帰るばっかり」


 結衣はそう言うと、リュックを背負い帰る準備を始める。


「えー、ずるーい、この裏切り者」


「しょうがないじゃん、無いものは無いんだから」


 あれほど苦労して入った学院だったが、今ではこの昼休みが唯一の楽しみになっていた。

 あと三年半もあると考えると先が長い。


「じゃあ私帰るねー」


「あー、うん、じゃあね」


 結衣は帰って行ってしまった。

 これからは、また一人の時間だ。


 しかし半年もいると悲しい事に、慣れてきている自分がいる。


「それじゃあ行きますか」


 今日は魔法応用科の授業だが基礎の勉強をするため、魔法工学科の授業を受けに行く予定だ。


「えーっと第三教室はここかな?」


 中に入ると生徒が数人と、教壇の上にもう一人生徒がいた。

 あれは渋谷先輩だ。

 四年生の首席で、集会の時に顔を一度見たことがある。

 しかし首席であろう人がこんな授業に何か用があるのか。

 始業のチャイムが鳴る。


「それじゃあ授業を始める」


 授業を行うのは学院の職員ではなく、渋谷先輩だった。

 確かに学院の首席だけど、生徒が授業を行う例は今まで無かった。


「俺は渋谷翔太だ。今日は担当の土屋先生が休みでいないため、俺が授業を行う」


 突然のことにざわめきが起こった。


「驚くのもわかるがとりあえず始めるぞ、前回どこまでやった?」


 男子生徒が教科書を前に出し、勉強したページを指す。


「なるほどね、割と早いな。じゃあ教科書閉じて、今日は特別授業だ、出席扱いにしてやるから興味のないやつは帰っていいぞ」


 すると一人が立ち上がると次々と生徒が退室し始めた。

 さすがに失礼じゃないかな。

 だけど渋谷先輩は首席だけど、歴代の中でも一番落ちぶれていると言われており、数々の問題行動を起こしていたという。

 しかし、真実が分からないためお咎めなしになったらしい。

 なぜそんな噂がまわっているのかは誰も知らない。

 少し不自然でもある。


「お前は帰らないのか?」


「今帰ったところで暇なんで」


「そっか、俺がこんなに嫌われているとは思わなかった」


 気づいたら生徒は私一人だ。

 私も嫌われ者みたいなものだからしょうがない。

 なんて考えていると、渋谷先輩が近づいてきて、眼を見てきた。


「お前、魔眼の持ち主か」


 そう言って、私の眼をじっくりと観察する。


「はい、そうです。驚きましたか?」


「まあ、珍しいしな。にしても綺麗な色してるな。魔眼をコンタクトで隠すやつもいるが俺はもったいないと思ってる」


 初めてだった、魔眼を褒めてくれた人は。

 今まで腫れ物を扱うような目で見てくる人ばかりで、私はこの魔眼を少しコンプレックスに思っていた。

 褒めてくれる人に出会えて少し驚喜する。


「まあ、魔眼の持ち主と聞くと大半の人は嫌な顔をするが、魔獣の目だなんて単なる伝承に過ぎない。大昔の話だ、そんなことを言われても俺は、なんとも思わないぞ」


「そうですかね、そう言って貰えて嬉しいです」


「そういえば名前を聞いてなかったな」


「相川鈴音です。今年入学してきて魔法考古学と魔法応用を専攻しています」


「なるほど、さしづめ魔眼の勉強をしたくてその分野を選択したんだな。まあ全ては無理だが分からないことがあったら俺に聞いてくれ」


「先輩、連絡先教えてくださいよ。あと私のことは鈴音と呼んでください」


 私何言ってるんだろ……なんて思ったが出てしまった言葉はもう帰ってこない。

 さすがに、馴れ馴れしかったかな?

 渋谷先輩の顔色を伺う。


「おう、分かった」


 彼は、あっさりと承諾してくれたので、携帯を取り出し連絡先を交換する。

 そのあと少しだけ授業を行い、解散することになった。


「それじゃあお疲れ様」


 そう言って彼は、教室を出ていく。

 一人になった私は、鼓動が速くなっているのを感じていた。


「てか何で連絡先なんて聞いてるんだろ……」


 一人残った教室で静かに呟いた。



────────



「おー、お疲れ。聞いたよ今日の先生、主席の先輩だったそうだね」


 バスを待っていると結衣が話しかけてきた。

 授業が無いからもう帰るって言ってなかったっけ?


「まだ居たんだ。うん、四年生の渋谷先輩だよ」


「まだって何よ。せっかく待ってあげたのに。それよりも、あの人なんか色々と噂されてるけど実際どうだったの?」


 彼女は興味津々で、目を輝かせてた。

 別に何も面白いことないのに。あっても言わないけど。


「普通の人だよ。結構優しかったし」


「魔眼のことなんか言ってた?」


「ううん、別に」


 褒められたことは恥ずかしかったため伏せておいた。


「そっか、いい先輩じゃん良かったね、ここで話せるの私くらいだし」


「もお、そういうこと言わないでよ!」


 結衣の肩を軽く叩く。


「はいはい。今日はもう帰る? 帰るなら一緒に帰ろ」


「すぐ話を変える……まあいいけど。帰ろっか」


 結衣と話している間もバスを待っている間も、渋谷先輩の事が頭から離れなかった。

 家に帰ると自分の部屋に行き、渋谷先輩にお礼のメールをした。


『今日はありがとうございました。またお話を聞かせてもらってもいいでしょうか?』


 するとすぐ返信が帰ってきて画面には『OK』のに文字が書かれていた。


「私って単純だなー」

 

 気づいた時には、先輩に会えるのが楽しみになっていた。



────────



 今年度の単位に向けて、学院内の図書室で勉強をしている。

 魔法実技に関しては大丈夫だが、何かを覚えることに関してはめっぽう弱い。


(どうしよう……全く分からない)


 かれこれ一時間経ってるが、全く進んでいない。

 これ以上机に向かっても、時間の無駄なので気分転換するため外に出て散歩を始めた。

 これだけ広い学院だ、半年経っても行ったことのない場所も多いため退屈しない。

 外に出ると冷たい風が肌を冷やし、枯葉がカラカラ音を立て転がっていく。

 歩いていると色んな人にすれ違う。

 次の講義に向かう人や友達と談笑しながら歩く人、教師にカップルまでいた。

 羨ましい。魔眼の事があるにしても、もう少し輝かしい学院生活が待っていると思っていた。

 それが蓋を開ければ一人の時間がほとんどだ。


「なんだか寂しいな」


 思わず独り言が漏れる。

 今日は結衣も来ていないはずだ。

 電話して呼び出す訳にはいかない。

 あまり現実逃避をしても仕方がないので、図書室に戻ることにした。

 図書室に戻ると先程座ってた席に、見覚えのある姿が見えた。渋谷先輩だ。


「あれ? 先輩じゃないですか勉強中ですか?」


「ああ、鈴音か他の学部の勉強をしてるんだ。あとは卒業するだけだからな」


「そうなんですか、今は何勉強してるんですか?」


 渋谷先輩は読んでいた本を閉じると、私に表紙を見せてきた。

 魔法考古学に関する参考資料だった。


「魔法考古学の記述を読んでる。そういえば鈴音も魔法考古学専攻してたよな」


「そうですよ」


「そういえば鈴音は今日は何してたんだ?」


「今日は今度のテストに向けて勉強してます」


 渋谷先輩の横に座り、教科書とノートを開く。


「今度ってまだ一ヶ月以上もあるぞ、やる気満々だな」


「ただ、全く分からないんですよね。魔法考古学は覚えるだけなんですけど、魔法応用が全くで」


 留年になるほど悪いわけではないけど、万が一単位を落としたらまずい。

 だからこうして早めに勉強を始める。


「一年の範囲なら教えれるぞ」


「え!? いいんですか?」


「おう、参考資料読んでるて言っても暇だっただけだからな」


「それじゃあ、お願いしていいですか?」


「どこが分からないんだ?」


「えーっと、どこが分からないか分からないです」


 悲しいことに勉強が分からない場合って、そういう人結構いるんだよね。

 心の中で渋谷先輩に懺悔する。


「なるほどね」


「びっくりしないんですか?」


「こんな時期から勉強を始めて分からない場合は、だいたい勉強方法が悪い場合があるからな。効率的に必要なことをだけを覚えていけばそこまで難しくはない」


「うーん、その効率っていうのが分からないんですよね」


「とりあえず授業ノートあるかな」


 ノートを手に取り広げる。


「範囲ってここだよね、多分問題は五十問前後だと思う。まず自分が重要だと思うとこに印つけてって」


ノートや教科書に印をつけていく。


「うん、だいたい三十個くらいだね、とりあえずこれを重点的に覚えてこうか」


「あ、はい、わかりました」


 渋谷先輩はとても教えるのが上手で印をつけたところは一時間で覚えることが出来た。

 さすが首席だけあってすごかった。


「ここまでで分からないところはないかな?」


「今にところ大丈夫です」

 

 渋谷先輩曰く、印をつけたところはそこの内容の重要項目らしい。

 そこさえ覚えれば五十点は取れるという。

 あとは、それを踏まえての応用とミスを少なくすればテストは問題ない。

 それが彼の効率的な勉強方法らしい。


「とりあえず今日はここまでにしよっか、あんまり長時間やっても集中力が持たないから。今日やったとこ一回でいいから復習しといてね」


「ありがとうございます、この後予定あったりしますか?」


「うーん、この後はないかな」


「じゃあ、ご飯食べに行きましょうよ」


 せっかく先輩に会えたんだ。

 ここは少しだけ、踏み込んでみたい。


「いいよ、どこ行く?」


 先輩はあっさり承諾した。


「うーん、じゃああそこ行きますか、七々草ななくさ


「七々草か、いいよ。それじゃあ片付けて行くか」


 片付けをして、図書室を出ていく。

 太陽は既に沈み、空には星がうっすら光っていた。

 七々草は学院から歩いて十五分にあるパスタ屋で、平日は学生などで賑わっている。


「先輩は七々草よく行くんですか?」


「まあ週一くらいには行くかな、ここ最近は行けなかったけど」


「じゃあちょうど良かったですね」


 七々草に到着しテーブル席に座った。

 店内にはテーブルが五席、カウンターが六席あり、厨房の中には白ひげを伸ばした無口なマスターがいた。

 いつも無愛想だが料理は美味しい。


「先輩は決まってます?」


「俺はいつも明太クリーム、サイズはLだな」


「わかりました。すいませーん」


 マスターがこちらに向かってきて、「何にしますか?」とぼそっと言う。


「魚介のクリームと明太クリームLサイズでお願いします」


 注文を終えると、マスターはすぐにパスタを茹で始め調理に取り掛かる。

 出来上がるまで十分もかからないため、携帯を触っていたりするとあっという間に感じる。


「先輩は明太クリーム好きなんですね」


「魚介クリームも食べたことあるけどやっぱり、明太クリームが好きなんだよね」


「なるほど明太クリーム、確かに美味しいですね。でもやっぱ魚介クリームの貝やイカからくるあの旨みはクセになりますね」


「確かにうまいな」


 パスタの話で盛り上がってると料理が届いた。

 二人は「いただきます」と手を合わせパスタを食べ始める。

 やはり魚介クリームは美味しい。

 だけど先輩が食べている明太クリームも気になる。


「ん? 食べるか?」


 視線に気づいたのか先輩が聞いてくる。


「いいんですか?貰いますよ」


 先輩のパスタをフォークで巻いて食べる。

 できるだけ自然に食べたが少しだけ恥ずかしかった。


「美味しいですね! 先輩もこっち食べますか?」


「じゃあもらおうかな」


 すると鈴音はフォークで自分のパスタを巻き、先輩の口へと運んだ。


「はい、あーん」


 少し戸惑っていたが口を開けてくれた。


「うん、美味しいよ」


 先輩の顔は少し赤くなっているように見えた

 私の顔もきっと赤いのだろう。

 その後会話することなく黙々と食事を進めた。


「ごちそうさまでした、美味しかったですね」


「そうだな今日は来れてよかった」


「それじゃあ行きますか。ごちそうさまでした」


 マスターに聞こえるように言うと、伝票を持ってきた。

 すると先輩が二人分の代金を出して出口へ向かっていった。


「あ、先輩お代は……」


「いいよ、さすがに後輩とご飯行って割り勘って訳にもいかないからね」


「ありがとうございます。ごちそうさまです」


 初めて会った時から思ったがなぜ先輩がみんなから避けられているのか分からなかった。

 それにしても食事中に、ああいう事をしたのはまずかったと少し反省している。

 もしかしたら先輩に、軽い女だって思われたかもしれない。

 考えれば考えるほど胸が痛かった。

 そうなんだ、私先輩のことが好きなんだ。

 魔眼の持ち主と知っても普通に接してくれたり、勉強を教えてくれたりこうして一緒にご飯を食べてくれたり。

 もう好きにならない理由なんてなかった。


──ああ、私恋しちゃったんだ。



────────



 あの頃が懐かしい。

 でも結局は叶わない恋だったんだ。

 周りに誰もいないことを確認して叫ぶ。


「あーあ! 応援なんてするんじゃなかった!」


 私の中に残っていたのは楽しい思い出と、少しばかりの後悔だった。



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