夢はいつか覚めるもの、じゃあ夢だけでも

 夢を見た。佳奈と過ごした日々の夢を。

 もちろん、それがもう叶わないことは分かっている。

 でも夢の中でもいいんだ自分の心が満たされるなら。

 しかしこれは夢、少しずつ覚めてしまうんだ。

 だからあと少しだけでいいから楽しませてくれ。

 自分の想いとは裏腹に、少しずつ現実へ戻されて行くのを感じた。


「ショータ、朝だよ」


 現実へと引き戻され、目を開くとエアリーが心配そうに覗き込んでいた。


「大丈夫? 目が赤いよ」


 右手で俺の頬にやさしく触れる。

 温かく、小さくて柔らかい手だった。


「大丈夫、問題ない」


「そう? 朝ごはんできてるよ、早く着替えてね」


 時計を見るともう少しで八時になろうとしていた。


「わかったよ、先行ってて」


 服を着替え、洗面所に向かい鏡を見ると、目が少し赤くなっている自分が写っていた。

 佳奈の夢を見るなんて今まで無かった。

 やはりそれだけ、あの時のことを忘れられないのだろう。

 顔を洗い、リビングへ向かう。

 席に着くとおいしそうな朝食が、おなかを活発にさせる。

 「いただきます」と挨拶をすると、エアリーはこちらを見て微笑む。


「ねえねえ、ショータどう?」


 席を立ち、体を少し斜めに向けて後ろに手を組み、こちらを見てくる。


「何が?」


「今日は新妻コスだよ」


 ショートパンツにベージュのニット、そこに白いフリルの付いたエプロンを着ていた。


「いや、わからん。いつもと何が違うんだ?」


「なんか新妻感出てない?」


 全く理解ができず、首を傾げる。

 どこをどう見ても普通の服にしか見えない。


「もういいよ」


 席に着くと、目を吊り上げながらこちらを見る。 

 どうやらエアリーはご立腹のようだ。

 こういうテンションの時はあれで対処するしかない。


「エアリー、たまには買い物一緒に行くか」


「行く!」


 さっきまでの態度とは、打って変わって目を輝かせていた。


「ねえねえ、どこ行くの?  ショッピングだよね? 最近隣町に新しいショッピングモールができたんだよ。行こうよ」


「いいよ、車で行くか?」


「せっかくだし歩いて行こうよ!」


 久々に遊びに行くからか、散歩に行く前の子犬みたいにはしゃいでいた。

 尻尾と耳が見えてくる……


「じゃあ三十分後でいいか?」


「うん、大丈夫だよ。あとショータは下で待っててよ」


「なんで?」


 別に同じ家なんだから、わざわざ下で待つ必要はない。


「なんかデートっぽいじゃん。なんかいいじゃん」


「いや、デートでは──」


「デートだって!」


 そう言って彼女は、ポコポコと胸のあたりを、痛くないくらいに叩いてくる。


「わかったわかった、下で待ってればいいんだな」


「そゆこと、色々と準備あるからまた後でね」


 彼女は、席に戻るなり急いで朝食を食べきり、部屋の中へと籠った。

 そんな中、俺はゆっくりと出かける準備をして、約束の十分前には家を出る。


「ショータ、お待たせー待った?」


 エアリーが、エントランスから小走りでこちらに向かってくる。


「いや、そんなには待ってないよ」


「うーん五十点、そこは今来たとこだよでしょ」


 エアリーは腰に手をやり、頬をふくらませながら上目遣いでこちらを見てくる。


「今時そんなこと言うやついるか?」


「雰囲気が大事でしょそういうのは、なんせそんないっつも塩対応なの」


「馬鹿やってないで早く行くぞ」


「ねえねえ、どう?」


 エアリーの服を見る。

 黒のハイネックのトップスにベージュのワイドパンツ、白いハンドバックといつもよりシンプルな服装だ。

 いつもならスルーだが今日はご機嫌をとるためのショッピングだ、いきなりテンションを下げてしまってはまずい。


「いいんじゃないの? 今どきの子って感じで可愛いぞ」


「さっすがー! ちゃんと分かってるじゃん。今回のテーマは俺の彼女コスだよ」


「普通の格好でコスプレとか言われてもちょっとピンと来ないんだけど」


 なんでもコスプレにしたがるのは何故だろうか。

 ショッピングモールを目指しながら二人は五年間の空白を埋めていった。


「休日ともあって人がすごいな」


「うんうん! ショッピングモールもでっかいね」


 ショッピングモール自体で約十万坪もあり中にはレジャー施設や宿泊施設などもあり、日本一の規模を誇る。


「エアリーは今日どこ回るか決めてる?」


「ううん、全然だよ」


「え、どうするの? 何があるかわからんぞ」


 とてもじゃないが行く場所を決めておかないと、一日では回れない広さだ。


「んーじゃあ服見よ、ウィンドウショッピングってやつ。荷物持ち頼んだよ~」


「はぁ、お手柔らかにお願いします」


 思わずため息がでた。

 エアリーと服の組み合わせは、一番危ない組み合わせだからだ。

 気に入った服を全部買おうとするため、荷物が多くなってしまう。

荷物の量だけならいいが、一度財布の中身を空っぽにされた事もある。


「じゃあショータ、とりあえずあそこ行こ!」


「了解です」


 ショッピングが始まった。

 普段から体を鍛えてる方なので、体力には自信があったが、精神が持たない。

 二人で店に入るのはいいが、試着している時に外で待っていると、視線を感じるような気がして落ち着かない。

 ほとんどの人は気にしていないと思うが、妙に気になる。


「ねえショータ、これ可愛くない?」


 白いニットのワンピースを見せてくる。


「そんなような服、家にいっぱいなかったか?」


「いやいや、この色はなかった。あと肩出てる。かわいい」


 エアリーは若干興奮気味に説明してくる。

 それは分かったが、なんでそんな片言なんだよ。


「まあいいんじゃないか?」


「ありがと、じゃあこれ持ってて」


 そう言って服を渡すとエアリーは、別の服を物色しに行った。

 先程の服の値札を見ると、そこには一万円と書かれていた。


(た、高い············)


 しかし、今まで自分にそこまでお金を使って来なかったのと、久々のエアリーとの買い物だったため、まだ目をつぶることが出来たが、この後の買い物のことを考えると少し怖い。


「次これね。夏用の服」


 今度は淡い青色のフリルスリーブトップスとダメージデニム。

 つい先程のニットよりは良心的な値段だった。


「よし、これで一軒目は終了。次行こ」


 すぐさま二軒目へと向かう。

二件目は下着コーナーだった。

 さすがに中に入りたくないため外で待っていた。


「すぐ戻ってくるね」


 エアリーは一人、店の中へと入っていった。

 これから何軒回るのかと考えていたら少し怖くなってきた。


「じゃあ次行こっか」


「おいおい、次で何軒目だ?」


「一五軒目かな」


 かれこれ六時間が経過している。

 疲れきった俺を横に、エアリーはまだ買い物を続ける気だ。


「さすがに休憩、疲れてきた」


「んーじゃあ休憩にしようか」


 近くの喫茶店で足を休めることにした。

 店員が注文を聞きに来たのでホットコーヒーを頼み、エアリーはアイスココアを頼んだ。


「後どれだけ回るの?」


「うーん、とりあず気になる所は一通り回ったかな」


 既に両手には大量の荷物、これを持って買い物をするのはきつい。

 帰りのことを考えると尚更だ。


「うーん、じゃああと一軒だけ」


「了解、あんまり荷物持てないから手加減してくれよ」


「お待たせしました」


 飲み物が届いたので静かに飲み始める。

 その間に会話はなかった。

 静かな時間ほどどうしてもほかのことを考えてしまう。

 不意に、佳奈のことを思い出した。

 そういえば、佳奈とよく喫茶店とか行ってたっけ?

 色々と考えていると、カップが空になっていた。

 エアリーの方を見ると、コップが空になっている。


「佳奈ちゃんのこと考えてたでしょ?」


「そうだよ、なんでわかった」


「なんとなくかな」


「そっか······そろそろ行く?」


「そうだね行こっか」


 二人は席を立ち会計を済ませ、再びショッピングを始める。


「次はどこ行くの?」


 「こっちだよ」と連れてこられたのはメンズショップだった。


「何買うの?」


「そりゃショータの服だよ。なんかいっつも同じようなの着てるからね」


 エアリーは店内へと入って行き、気になった服を手に取ると翔太の体にあてがう。

 少し首を傾げながら、服を戻し別の服を持ってくる。

 手にしていたのは、白いロング丈のTシャツに紺色のサマーニット 、黒のスキニーパンツ。

あまり派手すぎず、今っぽい服装だ。


「うん、いいんじゃない? ちょっとサイズだけ確かめてきてよ」


 試着してみると、ピッタリのサイズだった。

 Tシャツが少しだけ出ているのが今の流行りなのか少し疑問だがこれが正解らしい。


「おぉ、いいねイケメンじゃん」


「はいはい、お世辞ありがと」


「そんなことないよ、どうする着て帰る?」


「せっかく選んでもらったんだしそうしようかな」


 エアリーは店員を呼びに行き、そのまま着て帰れるようにとお願いした。


「じゃあ買い物も終わったし帰ろっか」


「そうだな、荷物いっぱいありすぎて辛いが」


「ごめんねわがままばっかり聞いてもらって、半分持つよ」


「ん、ありがと、さすがにしんどかった」


 エアリーに軽い方を持たせ、家へと向かう。

 普段あまり着ない格好なので、人とすれ違う度に少し自分の服装が気になった。


「今日買い物してて思ったけどショータって彼女いないんだよね?」


「いないけどそれがどうした?」


 今までそんな余裕がなかった為、考えたことなどなかった。

 そもそも自分のことなど、あまり気にしている時間が無い。


「こんなかっこいいのになんでモテないんだろうって。今日のショッピングだって私のこと思ってしてくれたんでしょ? 今だって荷物重い方持ってくれてるし車道側歩いてくれるし」


 自分の考えに気づかれて、少しだけ気恥しくなった。


「まあ、縁がなかったんだよ」


「ふーん、じゃあ好きな人いるの?」


「いや、いないけど。なんでそんなこと聞くの?」


「だって──」


 エアリーが何かを言おうとした時、電話が鳴った。

 画面には五条勇輝と書かれている。


「はい、渋谷です」


「五条だ、定例会の件の詳細が決まった。明日の十二時に第五会議場に来てくれ」


「わかりました、明日十二時に第五会議場ですね」


「よろしく頼む」


 電話を切ると、エアリーが少し切なげな表情を浮かべていた。


「どうした?」


「なんでもないよ、帰ろっか」


 再び歩き出すと少し頭痛がした。

 この前の時と同じ所が痛い。


「どうしたの、頭痛い?」


「ううん、大丈夫」


 エアリーが言おうとしていたあの言葉、なんとなく聞かないと行けない気がした。



────────



「ただいまー。疲れたよー、ショータもありがとね」


「こんな大荷物、今回だけにしてくれよ」


「わかってるって」


 絶対に分かってないやつだ。

 五年前と何も変わってない。


「そういえばエアリーこれ」


 エアリーにプレゼントのリボンが付いた箱を渡す。

 箱を開けると、そこにはクローバーの形をしたエメラルドのイヤリングが入っていた。


「え? ショータこれいつ買ったの?」


 エアリーは、見たことがないくらい驚いていた。


「エアリーが下着買ってる時かな、その時に目に付いたんだよ」


「すっごく嬉しいよショータ」


 エアリーの目が少し赤くなり、目尻には涙が見えた。

 相当喜んでもらえたんだろう。

 せっかくなのでそのイヤリングを付けてあげる。


「似合ってんじゃん」


「ありがとね」


 エアリーは今日一番の笑顔を見せた。




──それから……大好きだよ。


その声は、翔太に届かなかった。



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