魔力量とその制御③
二日後、佳奈の葬式が行われた。
その間、何をしていたか全く記憶が無い。
我が家は、母子家庭なので母と母方の祖父母だけで行われた。
二日経っても心の傷は癒えることはなく、皆口数が少ない。
「今回は本当に残念だったね」
祖母が口を開く。
佳奈が死ぬなんて思っていなかったし、最期の時に近くに居られなかったのがとても悔しい。
「翔太これ持っておきなよ」
そう言って母から渡されたのは、佳奈がいつもつけていた緑に輝くイヤリングだった。
手に取ると、思わず涙が零れそうになる。
それをぐっとこらえて、帰る支度をした。
「ごめん、今日はもう帰るよ」
「そっか、わかったまた気が向いたら帰ってきてね」
「うん、わかった」
祖父母に挨拶を済ませると翔太は実家を後にした。
────────
家に帰ると、まっすぐベッドに向かい倒れ込む。
「ショータ、落ち込むのはわかるけどそのままじゃ何も変わんないよ」
「そんなのわかってるって」
顔を伏せたままぶっきらぼうに答える。
エアリーは、心配してくれてずっと声をかけてくれていた。
しかし弱さを見せたくないために、どうしても冷たくしてしまう自分が嫌になる。
誰も悪くないし、切り替えないといけないことだってわかっている。
しかし、初めて自分に近い人間が死んでしまったため、どうしたらいいのかが分からない。
正解なんて探しても出てこなかった。
「エアリー、俺はどうすればいいんだよ」
「悲しい時は泣けばいいんだよ」
そう言ってエアリーは優しく頭を撫でてくれた。
その瞬間今まで我慢してた悲しみが全て溢れ出した。
仲良く遊んだ事や喧嘩した事、勉強を教えてあげた事、全てが思い出となり蘇ってくる。
そして何よりこの若さで死んでしまったことがとても悔しい。
「大丈夫、たまには弱いとこ見せちゃってもいいじゃん」
「うん······ありがとう」
「どう? 好きになったでしょ」
「うるさい」
少しづつ元の自分に戻りつつあった。
どんな時でも、優しく寄り添ってくれる彼女がとても嬉しかった。
「そろそろ落ち着いてきたかな。お水持ってくるね」
「うん」
エアリーは水を取りに立ち上がる。
「エアリー」
「ん? どうしたの」
「その······ありがとう」
面と向かって感謝を伝えるのが恥ずかしくて、少し目を逸らした。
「どうしたしまして」
満面の笑みで部屋を出た。
少し余裕が出てきたため、明日の講義の準備を始めた。
学院の先生に、明後日くらいまで休むと言っていたがそういう訳には行かない。
佳奈の分まで、これから頑張っていかなければならないからだ。
俺は、死んだ佳奈にそう誓った。
────────
冷蔵庫から水を取りだし、ショータの元へ戻る。
するとテーブルの上に、赤く輝くイヤリングを見つけた。
それを手に取ると、少しだけ違和感を感じる。
なんだろ、これ。
「ショータ、お水持ってきたよー。あとこのイヤリングってどうしたの?」
先程見つけたイヤリングを、ショータに見せる。
「それは佳奈の形見だよ」
それを聞くと、少しだけ顔をしかめる。
「ショータごめんちょっとこれ借りるね」
そう言ってイヤリングに魔術をかけると、イヤリングが赤く輝く。
「ショータこれ見て、うっすらだけど魔術がかかってるように見える」
先程柔らかくなったショータの表情に、影が差し込む。
「佳奈ちゃんの死因って聞いた?」
「医者は内蔵の器官が弱ってるって······」
「それはやっぱり、何かの魔術かもしれない。やっぱり佳奈ちゃんは、何者かに殺された可能性があるよ······」
ショータは、怒りや悲しみ、憎しみが混ざり合った、そんな表情をしていた。
その表情を見て、「伝えるべきではなかった」と酷く後悔する。
ただ、いずれかはバレてしまうことだ。
今のうちに伝えた方が良かったのかもしれない。
なんにせよ、今はそれどころじゃない。
しっかりショータと向き合おう。
「ショータ······大丈夫?」
負の魔力を纏ったショータに、酷く怯える。
ここまで純粋な憎しみを魔力に変換させることは、極めて困難だ。
「ねえショータ、落ち着いてよ」
私の声はもう届いていない、次第に天候が悪くなり、一分も経たないうちに外は、街を破壊しかねない程の大嵐になっていた。
風が吹き荒れ、窓ガラスが今にも割れそうだ。
「ねえ! ショータ!」
何度呼びかけても、返事が返ってくることは無い。
間違いない、この魔力量はSSランクに匹敵する。
このままでは街に、甚大な被害が出てしまう。
「ショータ! 後で怒らないでよ!」
そう言って唇にキスをする。
中にある魔力を吸い出して負の魔力を浄化していく。
少しずつ嵐が収まりショータは意識を失った。
あの凄まじい魔力に少しだけ怯えた。
ただ、それ以上にキスしてしまった事が、頭から離れない。
(ええー、どうしよ、こんな状況とは言え、キスなんてしちゃった······)
複雑な気持ちが混ざり合う。
とりあえずこのままではいけない。
ショータをベッドに寝かせ、散らかった部屋の片付けをする。
すると、突然インターホンが鳴る。
「はーい」
「おーい、どもどもエアリアルちゃん?」
インターホンを覗き込むとそこには学院長である如月
「あら、学院長センセじゃん。どうしたのさ」
「悪いけど中に入れてもらえるかな」
「はいはーい」
鍵を開け学院長を部屋にあげる。
「翔太くんは寝てるかな。今日来た理由は何となくわかってるよね」
「やっぱバレてるよね、ショータの魔力の暴走だよね」
「うん、そうだね。入学以来翔太くんの魔術センスがすごい上がってるのは気づいてたよね」
「そりゃもちろん、だってショータだもん」
自慢げに胸を張る。
「ちょっと真面目な話しようか」
学院長は真っ直ぐ視線を合わせる。
その表情は、真剣そのものだった。
「今回の出来事で少しこちらから提案があるんだけど」
「なにかな」
「翔太くんとの契約を解除してくれないかな」
「嫌だ」声を低くし、即答する。
ましてや、こんな状況だもん。
ショータを一人にする訳には行かないよ。
「まあもちろん一時的にだよ。一生ってわけじゃないから」
「ふむ、それはショータの魔力の事と関係してるのかな」
学院長は顎に手を添えて頷く。
「翔太くんの魔力は増えていく一方でね、入学した頃よりも何倍にも膨れ上がってる。それはもう、並大抵の魔術師が追いつけないくらいにね。魔力制御もできるようになっているが、やはり追いついていない。だから一時的に契約を解除して魔力量を減らすって考えだよ」
「ショータの面倒は誰が見るのさ」
「僕が見るから安心して。ちゃんと君と一緒にいられるようにしてあげるから」
「うーん、寂しいなぁー嫌だなぁー」
「そこをなんとか頼むよ」
学院長は両手を合わせて、懇願する。
「わかった、学院長センセのお願いだったら仕方ないね」
「もちろん翔太くんには、明日説明するからよろしく。それじゃあ」
そう言うと学院長は家を出ていった。
暫く会えないって考えると、少し寂しいな。
ショータの部屋に入ると、彼はベッドの上で、静かに寝ていた。
優しく頭を撫でると、額にキスをする。
「ま、しょうがないよね」
────────
八時にセットしていた目覚ましが鳴り響く。
カーテンを勝手に開けられ、瞼の隙間から太陽の光が容赦なく襲いかかる。
「ショータ、朝だよー起きて」
「あと五分だけ」
「だーめ、今日も一日頑張りましょう」
エアリーはそう言って、布団を勢いよく捲る。
これでは二度寝も不可能だろう。
「はいはい、わかりました」
仕方なく、観念する。
「ねえショータ、昨日なにがあったか覚えてる?」
いきなりの質問だった。
少しづつ、記憶をたどっていく。
「そりゃもちろん昨日は佳奈の葬式だろ。あと······その······」
「その?」
「慰めてくれてありがと······」
普段こんなことを言わないため、恥ずかしくなって顔をうつむける。
あれ? 昨日何時に寝たか思い出せない。
ただ、考えたところで仕方の無いことだ。
「あらーショータちゃん、可愛いでちゅねー」
「ぶっ飛ばすぞ」
さっきまでの感謝はどこかへ行き、怒りが込み上げてきた。
「ごめんって。そういえば学院長センセが今日はショータに会いたいって言ってるから、講義が終わったら学院長室に向かってだって。」
「なんでエアリーがそんな事知ってるんだ?」
エアリーは一瞬ビクッとした。
(そういえばショータは学院長センセが来たこと知らないんだった······)
「まあいいじゃん、それより早くしないと遅れちゃうよ」
「わかったよ、じゃあ行くか」
二人は部屋を出て、朝食を食べ始める。
────────
今日予定していた講義を終わらせると、学院長室へと向かう。
「お疲れ様、待ってたよ」
二人は挨拶をして中に入っていく。
「翔太くんは今日どうして呼ばれたのかは聞いてる?」
「いや、何も聞いてないです」
「じゃあ説明するね」
学院長はそう言うと、呼び出された理由を説明し始める。
「なるほど、魔力の暴走ですか······確かに、最近抑えるのが難しいと授業でも思っていました」
「うん、だからエアリアル君は、暫くうちで預かっていようと思うんだけどどうかな?」
「わかりました、そこに関しては自分の力不足です」
「理解が速くて助かるよ。じゃあそう言う方向でよろしくね」
そう言って学院長は、席に座ると、何かを書き始める。
「ショータ、私と会えなくて寂しくない?大丈夫?」
「大丈夫に決まってんじゃん」
本音を言えば、少し寂しい。
ただそれを言うと、またからかわれるだけだ。
「えー、私だけ? 寂しいの」
「まあ、そういうことだね」
エアリーはほっぺを膨らませ、こちらをじっと見つめてくる。
「まあまあ、翔太くんもそう言わないで。暫く会えないんだから」
まあ、確かにそうだな。
「じゃあ、またな。次会う時には、エアリーを驚かせてやる」
「うん、待ってるね」
学院長が、先程書いていた紙を渡す。魔導契約書だ。
そしてエアリーとの契約を解除する。
解除が終わると、彼女の姿が見えなくなった。
「じゃあ学院長、俺はこれで」
「ああ、おつかれ」
そう言って部屋を後にする。
十年近くも一緒にいたパートナーの気配がないため、違和感を感じる。
改めて強くなろうと決心し、学院を去る。
────────
「彼はイヤリングのことは覚えてるのかい?」
「大丈夫、そこの記憶だけ消しておいたから」
もちろんそのままでは、また暴走を起こすからね。
「そっか、こっちでも少しは今回の件について調べておくよ」
「そうして貰えるとありがたいかな、学院長センセ。ショータの事、よろしくね」
学院長に深々と頭を下げる。
「そんな、大したことなんてできないから」
「それでもお願いするよ。それじゃあ帰るね」
今度は、軽く頭を下げると、学院長室を出ていった。
「今度会う時は、どうなってるんだろ」
独り言を呟きながら、日が差す廊下を一人で歩いていった。
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