魔力量とその制御②
入学してから二年以上が経過した。
秋雨前線が日本に上陸し、天候が不安定な日が続く。
学院生活は順調で、一年生の前期末に行われた、基礎魔術テストを受ける頃には既に首席になり、未だにその座を守り抜いている。
「ショータそろそろ起きようよ、今日も講義あるんでしょ」
そう言いながら、優しく体を揺すってくるのはエアリアルだ。
昨日は、遅くまで魔法工学の勉強をしていたため、ベッドから出るのが嫌になる。
「まだ眠たい」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。首席から落ちたらどうするわけ?」
目を少しだけ開くと、エアリアルの顔がこちらを覗き込んでいた。
「大丈夫だよ、またすぐ取り返せばいい」
再び目を瞑り、眠りにつこうとする。
「そーゆー問題じゃないでしょ! 起きないとチューするよ!」
エアリアルが発した言葉に反応して、一瞬でベッドから飛び上がる。
「ねえ、そんなに嫌なの?」
エアリアルは不機嫌そうに、こちらを見つめる。
嫌とかでは無い、あくまで契約関係であって、そこにそんな感情が持てないだけである。
「めんどくさいこと言わなくていいから、もう起きるよ」
ベッドから降りて、リビングへ向かう。
「そういえば今日は、雨が降るから傘持って行ってよ」
カーテンを開けると、外は眩しいくらいに晴天だ。
しかしエアリアルは大気の精霊であるため、天気が十分単位でわかってしまう。
「ただでさえ講義でめんどくさいのに雨まで降るのかよ」
家から学院まで車で三十分かかるので少し面倒だ。
かと言って転移魔法を使うと、体に負担がかかるし先生に見つかったりすると怒られてしまう。
なので仕方がなく車で向かう。
「ねえエアリアル 、天気をいじる魔法とかないの?」
「もちろんあるよ、でも絶対に使わないから。あとエアリアルじゃなくていい加減エアリーって呼んでよ」
エアリアルは頬を膨らませる。
「はいはいエアリーね。それでなんで使えないの?」
「それは他の精霊とか神様に怒られるからじゃん」
やはり神様とかいるんだな。
精霊が存在するから、それも当然か。
「ふーんそういうもんなんだ」
「そういえば今日は、精霊の集会があって夜まで近くにいないからよろしくねー」
エアリーは、月に一回集会があると言いどこかへ出かけていく。
あまり気にした事が無い為、何をしてるかは知らない。
一言だけ「了解」と言うと、彼女はそのままどこかへと消えていった。
────────
今日は魔法工学の講義があるが、魔法工学棟は駐車場から徒歩では約二十分もかかるため、学院内のバスを使う。
正直バスが無いと、とてもじゃないが移動が辛すぎる。
「おはようございます、渋谷くん」
バスが来るのを待っていると後ろから声が聞こえる。
振り返ると亜里沙が後ろに立っていた。
「おはよう、亜里沙も今日は魔法工学か?」
「そうですよ、ということは渋谷くんもそうなんですね」
彼女は次席で、魔法工学の授業を専攻しているため、こうして話す程度の仲になっていた。
「まあね。今日は確か土屋先生が担当だっけ?」
「確かそうだったはずですよ」
土屋先生は魔法工学を担当する先生だが、授業のテンポが悪く途中で記憶が無くなりそうになる。
「あの先生の授業、眠くなるんだよな」
「確かにちょっと授業スピードは遅めですけど、あまり悪く言っちゃダメですよ」
「そういうもんかね」
亜里沙と話しているとバスが到着する。
「それじゃあ行くか」
二人はバスに乗り魔法工学棟へと向かっていった。
魔法工学棟に着いた頃には、さっきまで晴れていた空には薄暗い雲がかかり、遠くから雷の音が聞こえていた。
「えーこのように近年では原子力のみにあらず、魔石による電力の開発も行われていて──」
やはり土屋先生の授業のペースは遅い。
今にでも寝てしまいそうだ。
そういえばこの内容、この間も聞いたような気がする。
外に目をやると既に雨が降っており、今朝までの晴天は嘘みたいだ。
ふと携帯に目をやると、着信が入っていた。
そこには「母」の文字が書いてある。
当然講義中なので、今出る訳には行かない。
(後でかけ直すか······)
再び強まる雨を見ながら講義を聞いていた。
授業が終わると、先程の母の電話が気になったので、折り返しで電話をする。
暇だったのか、すぐ電話に出た。
「もしもし、さっき講義があって電話に出られなかったんだけど、どうしたの?」
「············」
電波が悪いのか、母からの返事がない。
「おーいどうしたのさ」
「佳奈が······佳奈が!」
母の震わせた声に、不安がのしかかる。
「佳奈がどうしたの?」
「佳奈が倒れて、そこから意識がないの······」
「え?」
急に体の力が、抜けたように感じた。
あまりに突然な事に、思考が追いつかない。
(佳奈が······まさか······)
「ちょ、ちょっと待って今すぐ帰るから!」
電話を切ると、急いで人気のない所へ向かう。
実家まで車で三十分かかるため、とてもじゃないが車では遅い。
慌てて、魔力を展開する。
『
家の前に転移したいが万一、人に見られてしまっては大変なので、近くの空き地へと転移した。
転移魔法は体に負担がかかるため、少し体が重く感じたが、そんなことを気にしている場合ではない。
倦怠感を振り払い、急いで実家へと戻る。
押し寄せる不安と恐怖に駆られていたためか、いつも以上に家に着くのが早く感じた。
家に着くと靴を脱ぎ捨て、真っ先にリビングへと向かう。
そこで目にしたのは、仰向けで倒れている佳奈の姿だった。
顔は青白く、手足には力を感じない。
生気そのものが感じられなかった。
「母さん、これどういうこと······?」
まだ自分の前に起こっている出来事が、理解できなかった。
いや、理解したくないだけだ。
母は何かを言おうとしていたが、その声は嗚咽によってかき消され、聞き取ることはできなかった。
それを見て初めて痛感する。
渋谷佳奈は十六にしてこの世を去ったのだ。
ついこの間まで元気にしていた佳奈がそこまで弱っていたなんてとても考えられなかった。
佳奈の周りに、少しだけ魔力痕が残っているような気がしたが、倦怠感と動揺であまり正確に判断ができない。
時間が経つにつれて、魔力痕も無くなってしまい調べることが出来なくなった。
もうそれが真実なのかどうかも分からない。
その時はただ佳奈の死を受け入れるしか無かった。
五分後、佳奈は消防隊によって病院に搬送される。
死因は、内蔵機能低下による衰弱死だった。
「今日はどうするの?」
少しだけ落ち着いたのか、母が口を開く。
ただその声は、弱々しかった。
「今日は一旦家に帰るよ」
「そう? わかった、送ってこうか?」
「大丈夫 、自分で帰れるから」
もちろん転移魔法はもう使いたくない、家も遠いし歩きたくないが一人でいる時間が欲しかったのだ。
頭の中を整理する時間が。
「じゃあ帰るね」
「うん、また明日ね」
別れの挨拶をすると、病院を後にした。
転移魔法を使って疲れたことを考えると一時間以上は家までかかりそうだ。
ゆっくり、雨で濡れた暗い路地を歩きながら、家へ帰っていくと、そこにエアリーが現れた。
「ショータ······事情はわかったよ。一旦家に帰ろっか」
エアリーは転移魔法を使い、家まで送ってくれた。
家に帰ったはいいが、何もやる気が起きない。
「大丈夫? ショータ」
「············」
「なにか飲む?」
「ごめん、今はそっとして欲しいんだ」
優しく、だが突き放すように呟いた。
「わかった、何かあったら言ってね」
突然の佳奈の死や、久々の転移魔法の発動で疲れきっていたので、そのままベッドへ横になり、すぐに眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます