全ての始まり

 国立魔術機構学院。

 世界中の魔法技術が新たな発展を始めたこの時代、若者の魔術育成を目的に設立された魔法学校。

 魔法学校は世界にまだ六校しかなく、魔術を身につけようと世界中から入校希望が殺到する。

 そのため、応募倍率は毎年百倍を超えると言われていた。

 生徒総数は約一万人、敷地面積は約五十万坪もあると言われており、卒業後は魔法研究や魔法を利用した企業、魔術戦闘員など様々な分野で活躍している人がほとんどだ。

 俺は、その学院を一四代目首席として三年前に卒業した。いわばエリートの一人だった。

 卒業後は、就職をすることもなくバイトをする日々を送っていたが、首席には国と学院から活動費という名目で毎月、生活には困らない金額を貰っている。

 そんなエリートでありながら、平凡な日々を送っていた俺の前に、死んだはず佳奈が現れたのだった。

 部屋に戻ると、僅かに漏れる月明かりを頼りに、ベットに向かいそのまま倒れ込んだ。


  (なんで佳奈が生きてるんだ······?)

   

 目の前で起きた事に、思考が追いつかない。

 蘇生魔法が、現在開発されている話は出ていない。

 仮に開発していたとして、佳奈に魔法を使う理由とは一体なんだろうか。

 一般的に人間が発動できる魔術は、GからEランクの一般魔術、DからSランクの戦闘魔術だ。

 だが、Sランク程になると、発動できる人はそれほど居ない。

 更に、その上にはSS、SSSランクが存在する。 

 対象魔術は主に、大災害級、時系列干渉、蘇生魔法の三つにあたる。

 十年前に、魔力解析技術が発展し、GからSランクのほとんどは魔術短縮による無詠唱が可能となった。

 しかし、それ以上になると、解析が現段階でほぼ不可能であり、計算上三十節以上の詠唱が必要となる。

 並大抵の人間ではとても耐えることが出来ない。

 仮に詠唱を短縮することが出来たところで、負担する魔力量は変わらないだろう。

 魔力欠乏によるショック死が、目に見えている。

 また、そんな強力な魔術を使用すれば、MCIA魔術中央情報局が黙ってはいないだろう。

 幻影魔術の可能性も考えられるが、そのような魔術痕は一切感じられなかった。

 情報が少ないため、なかなか整理がつかない。

 食欲は全く起きず、気だるく動く気力も失われている。

 結局何も分からないまま睡魔に襲われ、最後に時計を見た時には二時を過ぎていた。




  ────────





 目が覚めると太陽は既に傾こうとしていた。

 重い体を起こし、伸びをする。


「お腹空いた······」


 ベッドから降りると、大きな欠伸をしながらキッチンへ向かう。 

 ポットに水を入れお湯を沸かし始めた。

 お湯が沸く間、何をする訳でもなく、ただ一点だけを眺めボーッとする。

 別にそこに何かがある訳でもない、ただ視線を動かすのもだるいのだ。

 しばらくすると、蒸気と共にスイッチが切れた音がしたので、カップラーメンにお湯を入れる。

 そんな事をしながら少しづつ、昨日のことを思い出す。

 眠りから目覚めた今となっては、夢ではないかと思ったが、あの時の衝撃を体が鮮明に覚えている。

 動かない頭を何とか回して、昨日の状況を整理していると、インターホンが部屋中にうるさく鳴り響く。

 正直出るのは面倒だったが、そういう訳にもいかない。モニターを確認すると、見慣れた顔がいた。


「渋谷くん起きてますか?」


「亜里沙か、起きてるよ」


 つなし亜里沙ありさ、彼女は国立魔術機構学院を次席で卒業した生徒で父は日本人、母はイギリス人のハーフである。

 外見は母親に似ており鼻が高く整った顔立ちで、髪は透き通った銀色の長髪、コバルトブルーの綺麗な目をしている。

 少し小柄で落ち着いた性格だ。

 生まれはイギリスだが、育ちは日本のため日本語は問題ない。


「今日は何の用?」


「とりあえず中入っていいですか?」


「ん、今開ける」


 翔太は玄関に行きドアを開けると。

 レザーのピンクのバッグと、手提げ袋を持った亜里沙が、ドアが開くのを待っていた。


「お邪魔します」


「どーぞ」


 亜里沙が中に入るのを確認すると、鍵を閉めてリビングに戻る。

 彼女は、脱いだ靴を揃えると、その後を着いていく。

 リビングへ戻り、ダイニングテーブルに正面に向かい合って座る。

 

「今日はカップラーメンなんですか? よかったらこれ食べてください」


 亜里沙は、手提げ袋の中からタッパーを取り出した。

  そこには切り干し大根や煮物などが入っていた。

 作ってもらって言うのもなんだが、毎回メニューが渋い。


「夜ご飯の時に良かったらどうぞ」


「いつもありがと」


 亜里沙は満足げに頷く。

 お礼を言われたのがそこまで嬉しかったのだろうか。

 そういえばあまり言っていなかったような気もする。

 次からはちゃんとお礼を言おう。


「で、今日の要件はそれだ⋯⋯という訳ではなさそうだがどうしたんだ?」


「これです」


 そう言って彼女はレザーのバッグから黒色の封筒を差し出す。

 封筒を見ると、そこには白地で『定例会要項』と書かれていた。


「定例会の案内です、明後日に行われます」

  

 定例会とは魔法学院の首席会議で、四月と九月の年二回行われる。

 他にも臨時会や緊急会などもあるが、国に関わる危機などがない限り行われることはほとんど無い。

 また、首席会は国会レベルの会議でもあるため、国にとって重大な会議でもある。

 出席する場合は任意で次席も同行することが可能で、許可が降りれば次席だけでの参加も可能である。

 主な内容は、魔法に関する法律の議論や研究発表、予算審議会などが行われている。

 翔太もそのうちの一人であるため出席義務がある。

 渡された封筒を中身も確認せずに、テーブルの上に投げ置く。


「今回も行かないんですか?」


「その予定、あそこに行ってもつまらないし、俺には荷が重い」


 もちろん首席である以上、出席しないといけないのは理解している。

 だが、定例会を毎回欠席していたため、いつの間にか、問題を起こしてやめただの、実は成績が悪いだのありもしない噂がたっており、周りに視線が冷たいのだ。

 そのため、今更行こうとも思わない。


「でもさっき中を見たら渋谷さんは、原則出席って書いてありましたよ」


 翔太は気だるそうに封筒の中身を確認すると、確かにそこにはそう書かれていた。


「きっと議長も怒っちゃってるんですよ」


「それなら余計に行きたくない」


 頬杖をつきながら、無愛想に答えた。


「でも今回ばかりは、行かないと行けないんじゃないですか?」


「一回連絡してみるよ」


 翔太は携帯を取り出して議長である神崎かんざき麗子れいこに連絡をする。

 発信ボタンを押してからまもなく相手の声が聞こえた。


「翔太か、今日はなんの用だ? 忙しいから用件だけ言え」


 麗子は少し不機嫌で力強い声で話す。


「今回の定例会もパスしたい」


「だめだ、今回だけは絶対に来い」


 そう言って彼女は一方的に電話を切った。

 眉間にしわを寄せながら、大きくため息をつく。


「わかった、今回だけは行くよ」


「わかりました、出席登録は私がしておきます」


「ありがと」


「用件はこれだけなので私はそろそろ帰ります。あと定例会の日はここに行きますので、九時までには準備しておいてください」


「了解」


「それでは帰ります」


 亜里沙を玄関まで見送る。

 テーブルに戻ると、カップラーメンは既に伸びきっていた。

 まあ、味に変化はない。

 食べ終わると、定例会の準備に取り掛かる。

 ただ、今まで研究やどこかに就職をすることがなかったので、発表する内容などなかった。

 今まで参加もしていなかったため、予算案などもない。

 そのため準備は、制服にアイロンをかけるくらいだった。



  ────────



 それから二日後、定例会当日。

 初めての定例会に緊張していたためか、日が昇る前に目が覚めた。

 いつも以上に意識がはっきりしている。

 約束の時間まではまだ四時間もあった。

 重い体を起こし、キッチンへと向かう。

 朝食は昨晩買ったおにぎりと、インスタントコーヒーだ。

 朝食を終え朝支度をしてもまだ時間は三十分しか経っていなかった。

  もう少し寝ようとベッドに横になるが、定例会前のせいかなかなか寝付けない。

 そんな時、携帯から着信音が鳴った。


「はい、渋谷です」


「やあやあ、渋谷くん? 久しぶり」


 明るく軽快な、男性の声が聞こえた。


「学院長ですか」


 魔法学院の学院長、如月きさらぎ鷹司ようじからの電話だった。


「渋谷くん今回の定例会参加するらしいね」


「はい、議長から行くように言われたので」


「まあ今回は結構重要な内容だからね」


「用件はそれだけじゃないですよね」


「まあそうだね。 今回の定例会で多分を見せることになるよ」


「あれのことですか」


 ついにするのだろうか、少し楽しみだった。


「いいんですか? 」


「構わないよ、議長にも話はしてある」


「了解です」


 そう言って翔太は電話を切った。

 ベッドから起き上がり深呼吸。


「使うのも久しぶりかな」


 魔力を解放する。


流れゆく時アクスバクト


 そう唱えて翔太は制服を着る。

 着替え終わると同時にインターホンが鳴った。


「渋谷くん時間だよ」


「今行くよ」


 ドアを開け外に出ると、既に日は登りきっていた。



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