身代わり人形と弟
斑猫
身代わり人形と弟
ぼくがアニメやラノベにハマった理由? そりゃあ、作品の中にいるキャラたちはぼくたちを決して裏切らないもの。あの子たちはぼくを忌み嫌わないし――勝手に死んでいなくなる事も無いでしょ。
え、みんなどうしたのさ。急に変な顔をしてさ。ああでも勝手に死なないって、ぼく結構本気でそう思ってるんだよ……理由は話しても大丈夫? 暗い話になるけれど。
小学生だった時に、父方の従兄が死んだんだ。ちょっとちょっと、そこまで辛気臭い表情にならないでよ。最初に暗い話だって言っただろう。それにまぁ、もう十年近く前の話だし、そんなに……ともかくぼくは大丈夫だよ。今はね。
と言っても、当時はものすごいショックだったんだよ。三歳上だった従兄の事は兄みたいに思ってたし、本当の兄弟みたいにぼくらは仲良しだったんだ。しかも、しかも従兄は事故に遭って、ふた目と見られない姿だったからね……子供だったぼくは従兄の死に顔は見れなかったけれど、それでも血みどろになった姿はイメージできた。両親や、伯父夫婦の話を聞いていたからかもしれないね。
ああそれでね、葬儀の時にちょっとした騒動が母と伯母の間であったんだ。告別式か通夜の時に、母は伯父夫婦に人形を渡そうとしたんだ。四十センチかそこらの、男の子の人形だったよ。
「この人形をあの子の友達代わりに入れてあげると良いわ」
あの時母はそう言ったんだ。ずっと後で解った事なんだけど、東北生まれの母は、死後婚の事を知っていたんだ。あの土地では、独身で死んでしまった若者に、あの世で結婚できるようにって人形や写真を入れて弔うらしいね。
まぁ、従兄はまだ未成年だったから、あの世の伴侶なんて要らなかったけどね。母はだから、友達代わりとして男の子の人形を用意したんだろうってぼくは思ってる。
「あの子も急に死んでしまって寂しい思いをしているでしょうから、この人形が恵祐の代わりに……」
「何よ、うちの子が化けて出て、おたくの馬鹿息子を取り殺すなんて本気で思ってるの!」
人形について説明する母に対する伯母の怒りようは幼心に恐ろしかったよ。従兄やぼくを優しく見守っていたあの人が、ともすれば実の母よりも優しくて穏やかだったあの人があんなに怒って怒鳴る所なんて初めてだったんだ。
もちろん、母に悪意があったわけじゃあないと息子であるぼくは思ってるんだ。伯母も末っ子長男を失ったばかりで気が動転していたのかもしれないしね。
結局、人形は棺に入れられなかったんだ。これも後になって知ったんだけど、棺には、あんまり色々入れちゃあいけないんだってね。
ぼくは、人形に関するやり取りを聞いていたぼくは、従兄を見送ってからというもののしばらくの間従兄の亡霊を恐れていたんだ。ああ、厳密には従兄の亡霊のまぼろしにね。
ぼくもあの時話を聞いていた。それで人形を棺に入れないって聞いて、血みどろの従兄が真夜中にぼくの許にやって来て、自分のいる所へ連れ去っていくんじゃあないかって。それはそれは本気で怖がっていたんだよ。
親に相談したかって? ううん。やらないし、出来る雰囲気じゃあなかったもん。あの一件があってから、従兄の話は家でもタブーになってたし、長男のぼくが弱音を吐くなんて、とも思ってたんだ。
……ごめんね、暗くて、しかもちょっとホラーチックな話になっちゃって。だけど、結局のところ怪奇現象なんて起きなかったよ。従兄の亡霊がやってくる事も無かったし、向こうの家の、従兄の姉たちもその子供たちも健康そのものでおかしな事は無かったらしいんだ。
あの時はぼくも友達でもあった従兄が急にひどい死に方をしたから気が動転してたんだ。ある意味、弟の言うとおりだったのさ。従兄とぼくは友達だったから、ぼくが嫌がる事はやるはずが無いってね。
人形はどうなったかって? さぁ……いつの間にか無くなってたなあ。母か父が処分したのかもしれないね。
※
「と、まあ話はこれだけなんだ」
夕暮れ時。サブカル研究部の部室は、男女合わせて八名ばかりがひしめいていたのだが、空気の揺らぎは殆どなかった。今回は「何故自分がサブカルにハマったか」を焦点に自己紹介を行っていたはずなのだが、高宮青年の話に皆が固唾をのんで聞き入っていたのだ。
「怖い話だったかな。そう言うのが苦手な人がいたらごめんね」
「そんな事ないです。はじめは怖い話だなって思いましたけど、怖い結末にならなくって良かったです」
はにかんだように呟く高宮青年に対して、女子の一人がちょっと興奮気味に話しかけている。あか抜けた顔つきなのにどこか幼さを残す高宮青年は、女子たちにしたら放っておけない存在なのだろう。わたしはそんな事を考えていた――心臓の鼓動が速まっている事を忘れようとするために。
「それにしても、高宮って弟さんがいたんだね」
先輩の一人が発した言葉に、高宮青年は嬉しそうに頷く。わたしは言葉もなくそれを眺めていた。
「はい、本当によくできた弟なんです。こんな事を言えばブラコンだのなんだのって気持ち悪がられるかもしれませんけどね。だけどぼくなんかよりも賢くて優しくて、それでいてぼくの事を色々と心配してくれて助けになってくれているんです……時々思うんですよ。そこまで完璧な弟が、ぼくを慕ってくれるのかなって。弟って無条件に兄を慕ってくれるのかもしれませんが」
「ははは、のろけてるじゃん」
「あ、でもそんなに良い子なら私も会ってみたいかも」
「興味があるなら是非とも会っていいですよ。弟は、ぼくを慕う分ちょっと内気なので……高校も通信制だし彼女もいるのかどうか怪しいから……あ、でも友達から始まっても大丈夫ですよ」
高宮青年と他の部員たちの会話を聞きながら、わたしは高宮青年から視線を逸らせた。高宮青年も含め、部員たちは皆、先程の話は尻切れトンボながらも怪現象が起きずに過ぎ去っていった話だと思っているだろう。しかしこれは紛れもなく怖い話だ。小学校中学校と高宮青年と同じだったからわたしは知っている。だけど口にはしない。口にしたところで皆をいたずらに怖がらせるだけだから。
高宮青年は一人っ子で、兄弟姉妹は誰もいないのだ。
身代わり人形と弟 斑猫 @hanmyou
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