08:(綺麗なフラグ回収だぁ……)
その日、結局シャルロットさんを説得することはできず、私はディオンさんの家の馬車で屋敷への帰路についていた。馬車の中には私とティル、そしてディオンさんが座っている。
彼は申し訳なさそうに眉尻を下げて、更に私に頭も下げた。
「今日はごめん、ジゼルちゃん」
「いえ。放っておける問題ではないですし。ただ……中々根深そうで」
ディオンさんがシャルロットさんのお母様についてどれほど知っているか分からない。深くは言わず言葉を濁して様子を窺う。
するとディオンさんは「そうだね」とため息交じりに言った。
「ジゼルちゃんも聞いた? シャルロットの母君の話」
「ということは、ディオンさんも?」
「あぁ。……別に腹違いのきょうだいぐらい、珍しい話じゃない。けれどそれは俺たち貴族の間での話で、シャルロットにとっちゃあそうじゃないのは分かってる。でも、そこの認識の違いはどうしても埋められない」
お手上げ、と言わんばかりに額に手を当てて天を仰ぎ見るディオンさん。
彼の言う通り、シャルロットさんとリシャールくんがここまで噛み合わないのも、彼らそれぞれの“常識”が違うから、というのが大きいはずだ。しかしここの溝は一朝一夕で埋められるものではない。
落ちた沈黙に、ディオンさんは本日何度目か分からないため息をつく。
「でもまぁ、大旦那様のシャルロットたちへの入れ込みようは異様だったし、リシャールも……」
それは初耳情報だった。ディオンさんから見た大旦那様の入れ込み具合も気になるかが、それ以上に彼が濁した最後の「リシャールも……」という言葉の続きが気になった。
薄々勘づいてはいたが、リシャールくんがグレた理由の一つにシャルロットさんたちの存在があるのだろうか。
「あの、リシャールくんが昔荒れてた理由って、シャルロットちゃんたちの存在が……?」
恐る恐る問いかける。するとディオンさんは肩をすくめた。
「俺も詳しくは知らない。何も言ってくれないんだ、幼馴染の俺にさえ」
はは、と笑う。その笑顔はとても寂しそうに見えて。
しかしすぐにディオンさんはその顔から笑みを消すと、暗い表情で続ける。
「ただまぁ、時期的にはそうだろうと思ってる。シャルロットちゃんが生まれて、ただでさえ家を開けがちだった大旦那様は全く屋敷に帰ってこなくなった。大奥様はその時期からどんどん体調を崩されて……」
最後まで言わなかったものの、そのままリシャールくんのお母様は亡くなられたんだろう、と察するのは容易かった。
家の外に最愛の妻と子どもを作った父親は帰らなくなり、その間に実母は体調をどんどん崩していってしまう。なるほどそんな環境であればリシャールくんが荒れるのも無理はないような気がした。
「そのこと、シャルロットさんは知っているんですか?」
「いや、多分知らない。俺は言ってないし、リシャールも当然言わないだろ」
「知ったら更に自分を責めそうですしね……」
私の言葉にディオンさんは無言で頷く。
ディオンさんの美しい赤い髪が、馬車の揺れでサラサラと揺れるのを眺めながら独り言のようにぼうっと呟いた。
「どんな生まれであったとしても、生まれてくる家を選べない以上、必要以上の責任を感じることはないと思いますけどね」
「ジゼルちゃん……」
私は今世、妾の子として生まれた。これは私が望んだことではない。それなのにこの生まれに責任を問われても正直困ってしまう。
シャルロットさんだって、望んでリシャールくんからお義父様を奪った訳ではないだろう。彼女のお母様は自分の意思だったかもしれないが、だからと言ってシャルロットさんまでその責を負う必要なんて一つもない。
――けれど。
(私は奥様から、何かを奪っていたのかもしれない。奪われたとずっと思ってたけど……)
シャルロットさんの苦悩を間近で見ていて、そんなことを思った。
私は奥様に実母も父も自由も娯楽も何もかも、奪われたと思っていた。けれど向こうからしてみれば、私が“奪う側”だったのかもしれない。
奥様に対する悪感情を払拭することは一生できないだろう。しかし――
ガタン! と馬車が揺れた。続いて鼓膜を揺らした馬の嘶き。
「何だ、どうした!?」
ディオンさんが御者に状況を確認しようと声を上げる。私はティルに守られるように抱き寄せられた状態で、あたりをきょろきょろと見渡した。
――嫌な予感がする。嫌な予感しかしない。
脳裏に蘇るのは今朝のティルとの会話。リシャールくんが対応に追われているという荒くれものたちの存在。
バン! と馬車の扉が乱暴に開かれた。瞬間、扉を開けたのであろう見知らぬ男が突風によって外へと勢いよく放りだされる。一瞬何が起きたのか分からなくて、
「ジゼルちゃん、ティル、外へ!」
ディオンさんに手を引かれ、馬車の外へと出たときにようやく、彼が魔法を使って男を退けたのだと理解した。
(そっか、ディオンさん魔法使えるんだ!)
この世界で魔法を使えるのはごく限られた人物だけ。どういう訳か、魔法が使える人物は王族や古くから続く由緒正しい家の出の人物に偏っていて――リシャールくんは魔法を使えるようだったが、どうやらディオンさんも選ばれた人間だったようだ。
今まで魔法を使える人が周りに一人もいなかったので、一瞬興奮してしまう。人生初の魔法だ。――しかし、現在置かれている状況を瞬時に思い出して、上がったテンションは地に落ちた。
馬車を出た先、私たちを待ち構えていたのは沢山の盗賊たち。
(綺麗なフラグ回収だぁ……)
ディオンさん、そしてティルの背に隠してもらいつつ、現実逃避でそんなことを思う。
今日の朝、ティルから盗賊の話を聞いて、まさかその日の夜に盗賊に襲われるなんて。フラグ回収にしては鮮やかすぎる。
「ティル、ジゼルちゃんを頼んだ!」
そう叫ぶとディオンさんは魔法で次から次へと盗賊たちを退けていった。彼はどうやら風の魔法が得意なようで、剣との合わせ技で華麗に撃退していく。相手は数が多いだけで、戦力ではディオンさん一人が圧倒していた。
なんだ、思ったより大丈夫かも――そう気を緩めた瞬間。ディオンさんの体を炎が包んだ。
「ぐぁ――っ!」
間違いない。それは火の魔法だった。
ディオンさんの体を包んだ炎はどんどん激しさを増し、彼はとうとう地面に倒れこむ。魔法を使っている相手は殺す気はないのか、倒れたディオンさんの体から炎が引いていった。
思わず駆け寄りそうになった私をぐっとティルが止める。彼女は目前の盗賊たち――ではなく、その先。奥からこちらに歩み寄ってくる男を睨みつけていた。
「こんばんは、素敵な夜ですね」
そう言って礼をする男は盗賊とはとても思えない、美しい身なりをしていて。例えるのならば、まるでどこかの貴族のようだった。
この場にそぐわない恰好をした男はにぃ、と金の瞳を細める。その笑顔を見て、背筋にゾッと悪寒が走った。
――誰か知らない。知らないが、この男は危ない。そう本能が告げていた。
足が震えだす。恐怖で気をやってしまいそうな私を呼び戻すように、ティルはぐっと私の腕を強くつかんだ。
「奥様、私が敵を引きつけます。ですから――」
お逃げください、と、そう続けるつもりだったのだろう。しかし、
「逃げられちゃあ困るんですよね」
私を守るように前に立ってくれていたティルの体が、炎に包まれた。彼女は咄嗟に私を突き飛ばす。そのおかげで、私の体に引火することはなかった。
「ティル!」
「奥様、お逃げください!」
ティルは痛みに悲鳴を上げるのではなく、私に叫ぶようにして言った。一瞬躊躇ったが、ここで私が捕まるわけにはいかないと慌てて立ち上がり――とん、と首の後ろに衝撃があった。
体から力が抜ける。目の前が暗くなる。
「少し眠っていてくださいね」
――その言葉を聞いたのが、最後の記憶だった。
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