第120話 インタビュー その3

 男性スタッフから一旦休憩にしましょうという声がかかり、カメラが止まった。


 キャサリンにはすぐにメイクのスタッフが近づいて髪や化粧を直し、マイクの位置を調整する。一方リンドウはスタッフにミネラルウォーターを頼みそれを飲んでいるだけだ。相変わらず自分から雑談をしかけることもなく無言で水を飲んでいる。


 スタップのサービスを受けながらリンドウをじっとみていたキャサリン。再びカメラが回り始めるとキャサリンが口を開いた。


「ところでリンドウさんはハンターの中でも特にスナイプ、狙撃に優れた人だと伺っています」


 キャサリンは話題を変えて質問をするが、リンドウはそれで?だから?という表情でキャサリンを見ている。私の目の前にいるこの男は今までインタビューしてきた国家内に住んでそこで仕事をしている人とは全く違う。普通なら今の様に水を向けるとあとは自分から話し出すのだが目の前の男はだからどうした?という顔をして何も語らない。キャサリンは今までのインタビューのスタイルが全く通用しなことに気がついた。無口ではないのだ。不必要なことは一切話さず、推測や憶測でも話をしない。目の前にある現実だけを見てそれに対応しているだけだ。


「ハンターの人たちの中には狙撃に優れた人が多いのですか?」


 リンドウが答えないのでキャリンから次の質問をぶつける。こんなことは初めてだ。会話で主導権が全く取れない。目の前にいるハンターは気負っている訳でも何か策をろうしているわけでもない。自然に振る舞っているんだろうがそれでもいつの間にかこちらが緊張してしまっている。


「ハンターには2種類ある。マシンガンをぶっ放す連射タイプのハンターと俺の様な狙撃タイプのハンターだ。どちらにも一長一短があるが連射タイプのハンターの中にも優秀な奴は多いよ」


 そこで一旦言葉を切ってキャサリンの目を見ながら続けるリンドウ。


「そして優秀という意味だが、おそらくあんた達が考えている優秀なハンターと俺達Aランクの間で言う優秀なハンターとはお互いに違うハンターを想像してると思うぜ」


「違う?」


「そうだ。あんた達が想像している優秀なハンターってのは荒野で機械獣をバンバン倒すハンターの事を言ってるのだろう?」


 ええ、と言って頷くキャサリン。


「俺達の中で言う優秀なハンターというのは自分が死亡するリスクを限りなく減らしながら機械獣を倒すハンターのことだ」


「えっと、もう少し詳しくお願いできますか?」


 その言葉に頷くと、


「例えば、あるハンターは機械獣に身を晒しながらマシンガンを左右に振り回して連射して10分間で10体倒した。もう一人のハンターは物陰から時々攻撃して10分間で5体倒した。そして10体倒すのに20分かかった。俺たちの間じゃ20分間で10体倒した奴の方が優秀ってことになる。機械獣を倒すために身を晒して銃を撃ちまくって倒したハンターは相手の攻撃がその時は”たまたま”当たらなかっただけだからな。今回はたまたま当たらなかった、でもいつまでもそんな幸運はついて回らない。早晩やられてしまうだろう」


「なるほど。臆病とは違うのですね」


「いや臆病でいい。臆病でないと長生きは出来ない。これは発表されている数字だがハンターは5年間の生存率が60%だ。40%の奴はハンターになって5年以内に死んでいる。無謀な奴は長生きできない業界なんだよ」


 リンドウはキャサリンの目をじっと見て話をする。引き込まれそうな目だ。そして質問に答えるとそれ以上は言わずに口を閉じる


「インタビューの当初から感じていたのですが本当に表情を変えずに淡々を話をされるんですね」


「ことさら自慢したり誇張したりして話しをする必要がないからな。俺達が日々相手をしているのは無言の殺人マシーンだ。言葉の駆け引きはいらない。俺達が相手と駆け引きしているのは言葉じゃなくて自分の命だ」


 キャサリンが言った通り淡々と答えるリンドウ。それがまた凄みがある。リンドウが続ける。


「ハンターは黒子でいいと俺は思っている。目立つ様な職業じゃない。都市国家の住民が安心して暮らせる為に外の機械獣を倒している。街の中に俺たちの仕事場はないしな。そして目立ちたい奴は早死にするのがハンターだ」


「自分たちのやっている事ややってきた事を多くの国民から理解、評価されたいという願望は?」

 

 その質問には首を左右に振り、


「俺たちハンターを評価するのはハンター本部だけでいい。本部が俺たちを正当に評価してくれさえすればいい。そして国民に語りかけるのは本部の仕事だ。俺達ハンターは都市国家の同じ住民の中でも普通の人たちとは住んでいる世界が違う。そしてその違う世界に住んでいる俺は今の現状に不満はない。命の危険を犯して街の外に出ては機械獣を倒しまくる世界にね」


 キャサリンは自分が知っている人たちとは全く違う人たちがこの都市国家にいたということを実感していた。


 平和ボケとまでは言わないがこの都市国家の中にはなんでもある。高い城壁に囲まれているこの都市国家は堅牢で安全だ。中には美味しいレストランもあれば公園や森もある。服だってお金を出せば大抵の物が手に入る。それが当たり前だと思っていたがその当たり前の状況を永続させている裏でハンターと呼ばれている人たちが日々荒野で都市国家の脅威を排除し続けているのだ。


「最後の質問ですが、今のハンターという職業を辞めたいと思ったことはありますか?あとこれからハンターを目指す人に一言お願いします」


「今の仕事は好きだよ。だから辞めたいと思ったこともない」


 そういって向かい座っているキャサリンに、そっちもキャスターという仕事がすきなんだろう?と聞くと頷くキャサリン。


「これからハンターを目指す人に言いたいのは、外見で格好がいいとか銃を撃ちまくれるとかという理由でハンターになったら間違いなく早死にするぞって事だ。俺達は都市国家内で武器の帯同が認められている、4層と3層だけだがな、ただ武器の帯同を認められている代わりに国や本部から常に厳しいチェックを受けている。素行の悪い奴や酒癖の悪い奴に銃を持たせることはできないからだ。ある意味普通の住民よりも厳しい管理を受けているとも言えるがそれを苦痛と思わない精神力や自制が求められる。そしていつ死んでもいいと腹を括れる奴じゃないとハンターは務まらない。それらができる自信があるのならハンター試験を受ければいい」


 リンドウとのインタビューが終わった。リンドウが立ち上がるとキャサリンも立ち上がる。肩に狙撃銃を掛けるリンドウの仕草を見るキャサリンそしてTVスタッフ。どこから見ても本物の兵士だ。


「今日はありがとうございました」


「こっちこそ。じゃあこれで」


 あっさりと礼を言うとそのまま振り返り部屋のドアに向かう。別のスタッフが慌てて後を追ってリンドウと一緒に部屋を出てエレベーターホールに向かっていった。


「迫力あったねぇ」


 番組スタッフの一人が出て行った部屋の扉が閉まると声を出す。すると周囲からも同じ様な声が出ていた。キャサリンはその声を聞くともなく聞きながらリンドウが出ていった部屋の扉をじっと見つめていた。結局部屋に入ってきた時から出ていくときまでずっと同じテンションだった様に見える。


「今日はありがとうございました。お送りしましょうか?」


「いや、ここで結構だ。ありがとう」


 ホテルの入り口でスタッフと別れたリンドウは一人でブラブラと3層の中を歩きながら4層とのゲートを潜って4層にはいると


「やっぱり4層が落ち着くな」


 そう独り言を言いながら自分のマンションに消えていった。

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