第2話 無残な吉原
みんながついた場所は、吉原でした。この時代の吉原は格段のにぎわいをみせていました。
玉木はエンマをみていいました。
「へー、人間界に来ると角が消えるんだ。便利なもんだな」
「そりゃそうだ、『郷に入いっては郷に従え』っていうではないか」
と、エンマはいいました。
「エンマさん、それじゃ」
蘭はそういって、ダツエねいさんをつれて先へいきました。
「なんで、あたいがこいつと一緒なんだよ?」
ダツエは腑に落ちないようでした。ケンエは蘭とダツエについていきました。
「それじゃ、てはずどおりいきますか」
と、玉木はいい、エンマと一緒に少し後をついていきました。
「う、うん」
エンマは少し緊張気味でした。
いっぽう蘭の方は、ガラの悪い奴らを捜していました。そして、みつけるとつぶやきました。
「ようし、あいつにしよう」
蘭はすれ違いざまに、わざと肩をぶつけました。
それは、二人づれのヤクザでした。
「おんどりゃー、ちゃんと前みて歩かんかい」
と、ヤクザは叫びました。
蘭はにやりと笑い、「かかったな」と思い、タンカをきりました。
「うるせー、ブタ野郎、おめーらこそ前見て歩かんかい」
蘭のタンカはあまりに凄みがきいていたのでヤクザはひるんで謝りました。
「す、すんません。以後、気をつけます」
ヤクザはそそくさと立ち去りました。
「ありゃ、筋金入りの姉御だ…… どこかの女組長だ。振り向かねえ方がいいぞ」
と、やくざ同士ではなしていました。
「え、なんじゃこれ」
と、蘭は不思議がっていいました。
「あんた、恐いねー」
と、ダツエねいさんはいいました。
蘭は同じように、次々にガラの悪い男に肩をぶつけてタンカをきりました。しかし、かえってくる返答は予定とは違っていました。
「許してください」「助けて、もうしませんから」など、誰も蘭にどつきかえす者はいませんでした。それどころか、いきなり泣き出すもの、失禁するものまで現われてくる始末でした。
後をついて、それを見ていた玉木はエンマに言いました。
「なーんか、変だぜ、あれ」
「蘭ちゃん、やたら強いな。あんなタンカ切られたらしびれるな」
と、エンマは変な返事をしました。
蘭はというと、ひるんで逃げていくヤクザをみて
「どいつも、こいつもだらしねーぜ。骨のある奴はいないんか」
と、叫んでいました。
「あんた、怖すぎるよ。嫁のもらいてないよ」
と、ダツエねいさんはいいました。
「うるせー、誰のせいでこんなことしてると思ってるんだよ」
と、うまくいかない自分にむしやくしゃしていいました。
そうしているうちに、「江戸仲良組」という看板の事務所の前にきていました。入口の前には屈強な男が二人ほど立っていました。
「いいもんみっけ」
と、蘭は言い放って、その入り口の男の股間を思い切り蹴りました。蹴られた男は「う!」 と、うごめきながら悶絶しました。
「なにすんだ、このアマ―」
もう一人の男がそういうと
「うるせー、クズ野郎、お前も蹴ってやろうか」
と、蘭はタンカをきりました。
「出入りだー、出入りだー」
と、男が叫ぶと、事務所の中から十数人が出てきて三人を取り囲みました。そして、組長らしき男がいいました。
「御嬢さん、こんなことして覚悟はできてるんかい」
と、冷静に物静かにいいました。ただ、この組長はチビでハゲであまり貫禄はありませんでした。
「あははは、あんたが組長かい。笑えるねえ。このチビハゲ。こんなのが組長だと、組員も恥ずかしいねえ」
蘭は組長を切れさせるように、小ばかにしていました。
案の定、組長は真っ赤になり切れてしまいました。
「このアホンダラー、みんな、やっちまえ」
と、組長は叫びました。
すると、ケンエはマジな顔でいいました。
「ダツエねいさん、このケンエにまかしてください」
玉木たちは後ろから頃合いをみはからっていました。
「エンマ様、さあ出番だぜ、でも数が多すぎやしないか?」
「大丈夫、簡単な事よ」
といって、駆けつけようとしたとき、やくざが次から次へと、ポップコーンがはじけるときのようにポンポン飛んでいきました。ケンエが軽くパンチすると飛んでいくのです。その光景に、エンマと玉木は唖然として立ちつくしてしまいました。間もないうちに、みんなすっ飛んでいってしまいました。そして、そばにいた蘭も立ちつくしていました。
「ダツエねいさん、みんなか片付きましたよ。さあ、行きましょう」
そういうケンエは息切れすらしていませんでした。
「そうね、ご苦労さん、でも、あたいもやりたかったわ」
と、ダツエねいさんはいいました。
蘭はうなだれて考えていました。
(駄目だこりゃ、根本的に計画が間違っていたよ。もう、ド地獄行が確定だ)
いっぽう玉木の方はというと
「やべー、エンマが助けていいところを見せる計画が……」
玉木が頭を抱えていいました。
「どうしよう、どうしよう」
エンマも計画がうまくいかなかったときの事は考えていませんでした。
蘭がうなだれながら歩いていると、明るいネオンと看板がみえてきました。
「さどや 今宵はあんたが女王」の看板でした。横には仮面をした女がムチをもって、男を椅子にして座っている絵が掲げてありました。
蘭はこの看板をみて「えーい、今夜が最後」といい中に入りました。ダツエねいさんも、ケンエも、あとに続きました。
中に入ると店員がでてきて料金をいいました。
「当店は前金となっており、三人で一両となっております」
「ケンエ払っておいで」
と、ダツエねいさんはいいました。ケンエはそそくさと料金をはらいました。
「ここ、何するところ?」
と、ダツエねいさんは蘭にききました。
「わからないわ、でも女王になれるところよ」
というと、店員がやってきて、仮面とムチを人数分持ってきました。
「オーダーはこちらから選んでください」
バカ殿、長屋の主人、キザ男、ハゲオヤジ、家老、上司、彼氏、彼女、いじわる爺
「うーん、キザ男」
と、蘭はいいました。
「バカ殿」
と、ダツエねいさんは叫びました。
「……」
ケンエは選ぶことができませんでした。
「お客様、二つほど注意事項があります。ひとつは、必ず仮面をする事。もう一つは、相手が気を失ったらムチをやめる事。あとは、気かすむまでムチってもかまいません。さあ、ムチで思い切り叩いて女王気分になってください」
と、店員がいうと、すでに蘭とダツエねいさんは、仮面をかぶってムチの感触をたしかめていました。
「なんか、わくわくするわ。こちらが誰かがわからないのがそそるわ」
ダツエねいさんが、ムチで床を叩きながらいいました。
「いけね、よだれが出てきた」
といって、袖でよだれを拭って、蘭も戦闘態勢に入りました。
「……」
(こいつら、変だ。やばすぎる)
と、ケンエは思いました。
「じゃ、オーダー入ります。バカ殿、キザ男」
と、店員が叫びました。
一方、後からついてきている玉木の方は計画が失敗したことでしょぼくれていました。
「いけね、奴ら店にはいったぞ」
玉木はそういい、「さどや」の前まできました。エンマは美女とムチムチの看板をみてよだれを垂らしていました。玉木はすぐ隣に「まぞや 男の夢とロマン」の看板をみつけました。そして、こちらは、下着の美女に囲まれて男が気持ち良さそうにしている絵が掲げてありました。
「エンマ、金持ってるかい?」
と、玉木は多分持っていないだろうと思いながら、ダメもとでエンマにききました。もうやけくそでした。
「金ならある」
と、エンマから予想外の返事がかえってきました。
「おお! じゃ、話は早い、入るぞ」
といって、玉木はエンマを連れて中に入りました。
「いらっしゃーい。たくさん遊んでいってね」
直ぐに、美人のママが出てきてそういいました。
玉木とエンマはほころんだ顔になり「うん」といいました。
「お代は一人、一両よ、それで朝まで遊び放題よ」
と、ママがいうと、エンマは、そそくさに懐からお金を取りだしてママに渡しました。そして、ママが受け取ったお金をまじまじ見ると、それは閻魔大王が描かれた銀銭でした。
「あんた、不思議な金持ってるね、でも、これじゃ使えないよ」
といって、ママはお金をエンマに返しました。
「え、そんな……、俺の最後の豪遊が……」
玉木は絶望に打ちひしがれました。
それをみたママは笑って言いました。
「そんなに失望しなさんな、うちの店にはタダでも遊べるコースがあるよ」
そして、ママは奥に向かって言い放ちました。
「タダコース、二名だよ」
「はーい」
と、声がして奥のカーテンの間から、かわいこちゃんが手招きしていました。玉木とエンマは顔を見合わせて「おお!」と雄たけびをあげて奥へいました。
カーテンの奥には、かわいこちゃんと美人のねいさんが下着姿で何人もいました。そして、中に入るや否や前後と両脇から抱きついてきました。
「さあ、服を脱いで、いいことしよう」
と、美人のねいさんがいって、玉木とエンマの服を脱がせました。
玉木とエンマがふんどし一枚になりました。そして、かわいこちゃんや美人のねいさんが前から、後ろから、体を摺りよせてきました。
「おー最後の豪遊だ――」
「すばらしや、人間界――」
でも、二人がさあこれからというときに、横の戸の向こうから声が聞こえました。
「オーダー、キザ男、バカ殿」
そしたら、かわいこちゃんや美人のねいさんは、さっと離れて、すばやく、玉木にはバカ殿のヅラ、エンマにはキザ男のヅラをかぶせました。
「え、なにこれ、どうなってるんだ」
と、玉木がいうやいなや
「そーれ、スペシャル無料コースだよ」
と、かわいこちゃんが叫びました。
そして、玉木とエンマは戸の方に蹴飛ばされました。そしたら、なんと、戸は回転して玉木とエンマは「さどや」の舞台に転がり込みました。
「え、ここは?」
と、エンマは周囲を見回していると、いきなりムチが飛んできました。
「いて!」
玉木にもすかさずムチが飛んできました。
舞台には、仮面をかぶった女二人と男一人がいました。それは、蘭とダツエねいさんとケンエなのですが、仮面のせいで、玉木とエンマには誰なのか、わかりませんでした。
「きたきた―― さあムチるぞう」
と、蘭は叫び、ムチをバシバシとバカ殿の方へ飛ばしました。
「燃える――」
ダツエはキザ男へムチを飛ばしました。
「な、な、何だ、あ、痛て、痛て」
「ひぇ」
玉木とエンマは必死にムチから逃げました。蘭とダツエは必死にムチを飛ばしました。ケンエはそれを見て思い切りひきました。
(これが、女の本性……)
「なかなか当たらないわ、ハァ、ハァ――」
蘭は息切れしていました。
「うーん、イライラする」
と、ダツエはいい、ケンエの方をみました。
(やばい、何か嫌な事をさせるきだ)
と、ケンエは思いました。
「えーい、ケンエやっておしまい」
ダツエはケンエにムチるように命じました。
「は、はい」
ケンエは嫌そうに返事をしました。
(ごめんなさい、私は悪くありません、うらむならダツエねいさんをうらんでください)
ケンエはそう思いながら、切れのいいムチを左右に二回飛ばしました。
「バシッ、バシッ」
そしたらなんと、二つのふんどしが宙に舞いました。それは、まぎれもなく玉木とエンマのふんどしでした。
「やっちまった……」
と、ケンエはつぶやきました。
蘭とダツエの真ん前に、玉木とエンマの股間が晒されました。蘭とダツエは「キャー」と叫びながら顔を見合わせました。そして、二人とも、うつむき、しーんとなりました。
そして、舞台は異様な雰囲気に包まれました。
「フフフフフ」
蘭とダツエは変な笑い声をだしました。
「こ、これは!」
ケンエはただならぬ気を感じました。
「フフフフフ」
二人はそう笑いながらよだれを垂らしていました。
「な、なにかやばいものに覚醒している、危険だ」
と、ケンエはいいました。玉木もエンマもやばいと感じました。
「そりゃー、芋虫退治ゃー」
蘭はそう叫んでムチを飛ばしました。
「芋虫をこらしめるのよ――――」
ダツエもムチを飛ばしました。何故か二人のムチは格段にキレが良くなっていました。
「バシッ、バシッ、バシッ」
「ヒット、ヒット、芋ヒット」
「ウォー、ギャー、イテー」
「バシッ、バシッ、バシッ、バシッ、バシッ」
「ヒット、芋ヒット、芋ヒット、芋ヒット、ヒット」
「ウォー、ヒー、ヒー」
「もうやめて、心が痛すぎる」
と、ケンエいい、まるで自分の分身がムチらいているような錯覚に落ちました。それでもムチは容赦ありませんでした。
(この痛さ、不思議と心地いい、でも…… うっ)
と、エンマは思いました。少しマゾっけがあるようでした、
「バシッ、バシッ、バシッ、バシッ、バシッ」
「芋ヒット、芋ヒット、芋ヒット、芋ヒット、ヒット」
「キャイン、ホヘ、アーン、……、……」
たまらず、玉木もエンマも立っていられなくなりました。
「この~、くそあま~」
と、玉木はかすれ声をあげました。
「うるせー、バカ殿!」
と、蘭は言い放ち、ムチを飛ばしました。
「バシッ、バシッ」
「クリーン芋ヒット、クリーン芋ヒット」
「……、……」
エンマも玉木は、無残に泡を吹いて気絶しました。そして、容赦のない連続のムチで、宙を舞っていたふんどしが、二人の股間に落ちました。
「まだ、まだ」
と、蘭とダツエは叫びました。
「もう、気絶してるから、やめてください」
泣き顔でケンエはうったえました。
その時です、バカ殿とキザ男のヅラがぽろりと取れました。それを見た、蘭とダツエは「はっ」と、我に返りました。
「エンマ様と玉だ、ヤベー、ヤベー、どうしよう」
と、蘭は叫びました。
「どうするんだ、こんなの」
ダツエもどうしていいかわかりませんでした。
「とりあえず、医者だ」
と、ケンエはいいました。
「じゃ、うちの藩邸まで運べば、殿のお付きの医者がいるわ」
蘭はそういって、ダツエと二人で玉木をかかえ、ケンエはエンマを背負ってそそくさと店をでて、藩邸へ駆け込みました。
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