たまらん(外伝 地獄からの生還)

吉道吉丸

第1話 モチを詰まらせた

 時は元禄、お犬様が大切にされた平和な時代であった……

「腹へった――」

 と、玉木は叫んだ。玉木はとても貧乏な小藩の藩士で江戸詰めをしていました。

「おいらもだ。朝からロクなもん食ってね」

 と、返事をしたのは、玉木の藩の家老の娘の蘭でした。

 玉木は道端で町人からエサをもらっている犬をみていいました。

「蘭、なんで、人様より犬が優先されんだ、納得いかねー」

 そうしていると、蘭が前方にある看板に気づいて指さしていいました。

「玉、あれー!」

 そこには「モチ食べ放題、たったの二十文」の看板を掲げているもち屋がありました。

「おりゃー食うぞー」「食う、食う」

 と、玉木と蘭はおたけびあげながら、もち屋に駆け込みました。

 二人は、しょうゆモチ、きなこモチ、あんこモチなど、いろんなもちを口に詰め込み、呑み込むようにむさぼっていました。

「お客さん、一度にそんなに食ったら、のどつまりまっせ」

 店の主人がそういって制止したのですが

「うるせー、もっとモチもってこい」「そうだ、そうだ」

 と、玉木も蘭も、ほっぺをモチで思い切り膨らませながらいいました。

「やれやれ、困ったもんだ」

 と、主人がいい、追加のもモチを持ってこようとしたら、急に玉木は「うっ、うっ!」とうごめいて静かになり、自分自身で胸の上の当たりをドンドンと叩きました。つづけて、蘭も同じように「うっ、うっ!」とうごめいていました。

「お客さん、お客さん、大丈夫手すか? 大変だー、モチをのどに詰まらしたぞー」

 と、主人は叫びました。

 そして、玉木と蘭はそのまま気を失いました。


 それから、どれだけの時間が経過したのだろうか? 先に、気づいたのは玉木でした。薄く目が開いた時、そこに映ったのは青い空でした。そして、「ギーコ、ギーコ」と船を漕ぐ音が聞こえていました。

「う、ここは?」

 と、玉木がかすれた声でいいました。

「…………ん」

 ようやく、蘭が気づきました。

 船には玉木と蘭のほかに何人か載っていました。船の一番後ろで櫂を漕いでいるのは鬼でした。そして、船の先頭にも鬼が立って進行方向を見張っていました。

「目が覚めたんですかい」

 と、玉木の後ろに乗っていた爺がいいました。

「ここは?」

 と、玉木がきくと

「ここは、三途の川だよ。お若いのにかわいそうに」

 と、爺は気の毒そうにいいました。

「三途の川?」

 蘭がそういいかけた時、船が大きく揺れました。

「ついたようだ、天国にいけるといいがね」

 と、爺はいいました。


 船から降りると、そこにはきれいな、おねいさん鬼がいました。そいつは、船から降りた人から順に服を吸い取り、隣にいる鬼に渡していました。そして、その鬼は服を木につるして重さをはかっていました。それは重さイコール生前の罪の重さで、重いと地獄で軽いと天国にいくことになっていました。

「次、ほら、重いな、はい地獄札。次、軽いな、天国札、あっち、ケンエ早くやれよ」

 おねいさん鬼は、天国と地獄の振り分けの仕事をせっせとしていました。

 この鬼は現代では奪衣婆と呼ばれていますが、この時代ではまだ若くて、ダツエねいさんと呼ばれていました。服を木につるして重さをはかっている鬼はケンエと呼ばれていました。

「へえー、何だあれ」

 といっているうちに、玉木の順番がきました。


 ダツエは玉木の服を吸い取りケンエに渡しました。ケンエは服の所持金をぬいてから木につるしていました。

「ちっ、しけてやがる」

 と、ケンエはつぶやきました。

 服をとられた玉木は裸になりました。ダツエは食い入るように、玉木の体をみて、そして玉木の顔の顎に手をあてていいいました。

「あんた、いい男だねー、あたいのペットにならないかい?」

 玉木はゾクッとしていいました。

「だったら、地獄にいかなくていいのか?」

「そうだね、あたいのいうことをきいていりゃね」

 と、ダツエがいうと、それを聞いていたケンエはいいました。

「だめですよ、エンマ様にみつかったら八つ裂きですよ、こついが」

(やべー、嫌われないと八つ裂きだ)

 と、玉木は考えました。そして、いいました。

「うるせー、ドブス」

「な、なんだとー、あたいの情けをなんだと思ってるんだ」

 ダツエはそういって、玉木の服のかかった木を指さしました。そしたら、すばやくケンエが枝に重石をぶらさげて、木をしならせました。

「ほーら、地獄行だ」

 と、声高くいって、玉木の額に地獄札を張り付けました。

 玉木は頭を抱えてうなだれました。そして、ぽつりといいました。

「どっちにしても地獄だろ」

「そりゃそうだ、あたいの胸三寸ってことよ。はい、次」

 そして、蘭の順番になりました。服を吸い取ると、ダツエはいいました。

「おまえ、あいつの彼女か?」

「違う、違う、ダチだ」

 蘭はそういって否定しました。

「そりゃお気の毒に、ダチは道連れ、はい、地獄」

「そ、そんな、私は何も悪いことしてないよ」

「ふーん、だから、お気の毒になんだよね。おまえのダチのせいであたいは気分が悪いんだ。恨むなら、あいつを恨みな」

 と、ダツエはいって地獄札を蘭に貼ろうとしました。

「この、くそドブス。性根までもドブス野郎が」

 蘭は大声でそう叫びました。

「なんだとー、どいつもこいつも、頭にきた、おまえは地獄の中の一番ひどいところへ送ってやる」

 と、ダツエはいい返してド地獄札を蘭に貼りました。ド地獄札は一回り大きく真っ赤な札でした。

「えーい、気分が悪い、今日の仕事は終わりだ」

 ダツエがそういうと、人も鬼も木もすーと、煙にまかれて消えてしまいました。


「ドーン、ドーン」

 と、大太鼓の音がして裁判が始まりました。

 中央にはエンマ様、そして、横にはダツエねいさんとケンエが座っていました。エンマ様の前には亡者が判決の順番をまって列をつくっていました。

「針山地獄、次、釜茹地獄、次、舌抜き地獄――」  

 小槌を打ちながら、エンマ様が次々と判決をくだしていました。

「ありゃ、あいつの札をみて地獄の種類を決めているだけじゃねえか」

 玉木がそういうと、赤札の蘭が声を上げました。

「ヤベー、もうすぐうちらの番だぞ。何とかしないと。玉木―、何とかしろよ」

 そして、船に一緒に乗ってきた爺の番になりました。

「次―」「コンコン」と小槌が叩かれて

「血の池地獄」

 と、エンマが判決を言い渡しました。

 爺はたまらず叫びました。

「ま、まってください。何かの間違いです。ちゃんと調べてください」

 そんな抗議をきいたエンマは、チラッとダツエおねいさんを見ました。ダツエは片膝をあげて、きれいな腿をだしてタンカをきりました。

「うるせー、爺。あたいの札にケチつけるんか」

 エンマはそんなダツエねいさんを見て、ぽーっとして顔を赤くしていました。

「エンマ、いってやりな。ケチ付けたらどうなるかを」

 エンマは見とれていましたが、「はっ」と我に返って判決を言い換えました。

「は、はい、八つ裂き地獄」

 蘭は、そんなエンマとダツエのやりとりをみて、いいことに気づきました。

 そして、蘭の順番になりました。エンマが判決をいおうとしたとき、蘭はエンマに近づいて小声でいいました。

「あんた、ダツエねいさんに惚れてるね」

 エンマは唐突にそんなことを言われて、胸がドキッとして、また、顔が赤くなりました。

 そんな、エンマをみて、蘭はつづけました。

「私だったら、あいつをあんたに惚れさせることができるんだれどなー」

「え!」

 エンマは、そんなことができるのかと驚きました。しかし、判決の最中で、どうしていいかわからなくなりました。

(エンマってとっても怖いもんだと思っていたけど、色恋はからっきしだね。かわいいもんだ)

 蘭はエンマの横にある「特別取調室」と、書かれている部屋を指さしていいました。

「ここじゃあれだから、あそこで」

「う、うん」

 蘭は後ろを向き、玉木に言いました。

「玉、お前もくるんだよ」

 エンマは小槌を打ち付けました。そして、叫びました。「コン、コン」

「この者たちについて、調べたいことがあるゆえ、しばし閉廷致す」

 ダツエねいさんもケンエもきょとんとしていました。


 場所は取調室。エンマと蘭と玉木は作戦を立てていました。

「おお、それでダツエねいさんをとりこにするのか? それに、人間界ってそんなに楽しいとこがあるのか?」

 エンマはそういってよだれを垂らしていました。

「そのかわり、うまくいったら人間界にかえしてね」

 と、蘭はいいました。

「でも、そうなったら、ねいさんの札にケチ付けたことにならないかなあ……」

 エンマは不安そうでした。

「えーい、適当な理由をつけておけばあとはなんとかなるものさ。それに、ダツエねいさんはあんたの女になるんだよ。そうなれば、もう何をしてもいいんだよ」

 こんな、蘭のいいかたは、エンマの心の変な場所に火をつけたらしく、急に鼻息が荒くなりだしました。

「わかった、決行じゃ」

 と、取調室から飛び出して、ダツエねいさんに向かって叫びました。

「ダツエ、こいつらと一緒に人間界に行くぞ。おまえも一緒についてこい」

「なんでー」

 と、ダツエがいうと 

「こいつら、とんでもないことをしでかしている。この地獄界にも影響がでるぞ。おまえもただではすまんぞ」

 エンマは、さも大事のように言い放ちました。

 そうすると、すぐにみんな空中に浮きあがり飛び出しました。玉木と蘭はエンマの服の裾につかまっていました。ケンエも一緒についてきました。

 みんな、空を飛んでいました。

「なんで、おまえがいるの」

 と、エンマはケンエをみていいました。

「だって、一人残されるの寂しいもん。ダツエねいさんのお世話をしなくちゃいけないし」

 と、ケンエは答えました。

「まあ、いいか」

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