26.コードルモールの祭事(5)
「つまり、オーズは魔人と手を組む気なのか」
「そ。ルクスが従属国として存在するってことは、そうなるわけ」
こぼれたジュースの代わりに買ってきたヤシの実のような果実をイングリットがストローで吸い始めた。
「わたひがひったのわ」
「まて、喋るか飲むかのどっちかにしろ」
「んっ」
「……喋れよ」
「どっちかって言うからじゃん。んっ――」
イングリットは孝太郎の責めるような視線を完全に無視した。飲み切ってから言う。
「ふぅ、やっと潤った。――私が言った、『魔人とはどーすんでしょー』ってのは、あくまで割合の話」
「割合?」
「そ、これも言ったけど、魔人を毛嫌いしてる人はいるわけ。ルクスの血税がイヤって人もいるわけ。血をもらってる分その他の税は低いんだけど、生意気なことに、いるわけ。――だからのぺさん、減らそうとしてるんだって」
「自殺行為だ」
ただでさえ血が足りないのだ。ナジャが言っていたように魔人は節約している。魔法で済むことをわざわざ電気で補おうとしているくらいに。
ウーに至っては、あと十年もつかどうかと不安がるほどなのに。
「これ以上供給が滞れば世界が終わるぞ」
「うん。誰も信じてないけどね」
「なに? ――いや、そうか、そうだよな。だからルクスだけになったんだ」
イングリットがストローを噛みながら頷いた。
「ムカつくけど、誰も疑ってないわけ。魔人の力ってやつを。……信頼はしてないくせにね」
孝太郎はあの真夜中の太陽を思い出した。ウーの作り出した煉獄の棺桶、闇を照らした人工の恒星。星落としを蒸発させた脅威の魔法。血液が大量に存在していた時は、あんな大魔法を連発していたのだろう。
それはアタラシア大陸で生きる人々の記憶と記録に残っているに違いない。
「……力は、表に見えて確実だからな。腹の内と違って」
「ふーん」
イングリットは孝太郎のセリフの節に、少しとげを感じた。
「アハハッ! 孝太郎も疑ってるんだ。ま、私も思うところがないわけじゃないよ。信頼はしてるけどね」
「……いや、俺に疑念はない。たとえあっても問題ない」
「えーと、ごめん、意味わかんないんだけど」
「恩に報いると決めた。――いま言えるのはそこまでだ」
変なことを口走って、また周囲に睨まれては面倒だ。孝太郎は自分が異世界人であると気づかれてはならないと今更に気が付いた。
イングリットは怪訝な表情を浮かべていたが、やがて興味なさそうに視線を足元に落とした。
「そ。……よかったじゃん、女王じゃなくてもルクスはあるよ。一応ね」
「よくない」
「あ、もう手をつかむの無しね」
イングリットが顔の前で大きなバッテンを作る。
孝太郎は気まずそうに頬をかいた。勢いのままにやってしまった。熱くなるとどうにも変な行動をしてしまう。いままで以上に考えてから行動するように心がけないと。
「……女王でないと、今のルクスでないと、戦争できないだろ。勝てるかどうか以前に、何も仕掛けられない」
「え? 戦争? そりゃそうだけど。――あっ、そっか」
イングリットは何か気が付いたようだ。驚愕に目を開き、火照ったように頬を染めている。
「いまになって人が来ても意味ないじゃんって思ってたけど、魔王が言ってたのって、そういうこと? これでルクスに頑張ってもらうって、そういうこと?」
「どうした? イン?」
「イ……の代わりじゃないんだ……」
その声はあまりに小さく、孝太郎には聞き取れなかった。
「おい?」
「本気だったんだ……。――いまから多言語混ぜて話すから」
「っ」
イングリットの目つきが変わった。服装通りの町娘から、一国の女王の物へと。位格と威厳ある王の物へ――。
「んんっ、あー。――私ぶっちゃけ女王であるのが好きなんだよね。朝に言ったけど、見上げられるのが気持ちいいわけ。ゾクゾクする」
――勘違いだったかもしれない。
「その内容になんて答えりゃいいんだ」
「聞いてりゃいいよ。――だから戦争で負けて、父が死んで、ヨッシャーって思ったの」
「えぇ……」
トンデモナイことを言う。
「すぐ戴冠して、さぁやるぞ! って気合い入れたの。やっと私の番が来たーって。チョー嬉しかったの。でもすぐオーズから婚姻の話が来てさ、萎えたわけ。ひと月天下じゃ何もできないじゃん。誰も文句言わないし、じゃあもうテキトーでいいやーって思って、ほとんど仕事してないわけ。だからメッチャ仕事詰まってるんじゃないかな」
「おいおい……」
「私の朝の挨拶聞いたでしょ? あれさ、おはようございます以外、ほとんどこうやってるから誰も意味わかってないの。それが楽しくて毎日やってんだけど……」
「最低すぎないか?」
「うん。つまり私って最低なわけ。――そんな最低な人間が思い付いたルクス再建計画があるんだけど、最低な一発逆転方法があるんだけど、聞きたい?」
「……」
聞きたくない。
「露骨ぅー。聞きたくないって顔がすごい」
イングリットはニコニコと孝太郎を煽った。孝太郎は髪をかいて、言いづらそうに口を開く。
「はぁ……言い方が悪いんだ。――俺はおまえの何なのか。イン、わかってるだろ」
「アハハッ!」
イングリットは花が咲いたように笑い、楽しくて堪らないような、やけに明るい声で告げる。
「孝太郎、今から私たちでオーズを盗るよっ!」
「わかった」
孝太郎はいつもの通り、即答した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます