24.コードルモールの祭事(3)
「さて」
孝太郎は軽く首を回した。ぽきぽきと音がする。ここからが本番だ。
「この大観衆の中から見つけ出すのは至難の業だな」
「ちょっとそこのあんた」
どうするかと考えていると警備員らしき男に声を掛けられた。孝太郎はまた面倒が来たと表情を曇らせる。
男が指を差して言う。
「あんたその剣、どうして持って入れたの? しかも抜き身で。……人を切れるようには出来てないみたいだけど、ここは危険物を持って入れないよ」
「……守衛は何も言ってませんでしたよ」
「なんだって? でもダメなものはダメだから。預からせてもらっていいかな?」
「……」
孝太郎は渋々、宝剣を彼に手渡した。
「はい確かに。名前は?」
「中山孝太郎」
「ナカヤマコータローさんね。はい、じゃあ帰るときにここに寄ってね」
彼は孝太郎に場内の地図を手渡し、赤いマークを点けた。
「それじゃ楽しんで」
「どうも」
――なんだかんだと上手くいくもんだ。
ちょうど地図がなくて困っていた。案内地図の乗っていそうなパンフレットが外にも中にも無かったのだ。渡りに船とはこのことか。
「これで端の方からしらみつぶしに探していける」
時間が掛かるが、彼は確実な手段をとることにした。なんだかんだ、これが一番早く済みそうだと思った。
「全然見つからん。広すぎだろこの競馬場」
端からずっと探すこと一時間、全体の半分を回ったところで孝太郎は遅めの昼食をとることにした。
この競馬場には幸いなことに有料席がないようで、三階建てのこの建物の一番上から正面スタンドまでの昇り降りを繰り返すことで隅々まで探索することが可能だった。根気よく昇降していた孝太郎だったが、さすがにふくらはぎに痛みを覚え、競馬場中腹一階のフードコートの匂いに誘われてはお腹も音を上げた。そうしてついに根負けしたのだった。
ズラリと並んだ料理店の中から孝太郎が選んだのは何の変哲もないサンドイッチだった。その店の料理をひと目でわからせる写真がない上に、字も読めない彼は店先に作り置きしてあった簡単で安全そうな料理を選ぶほかなかった。
「……異世界料理気になるなぁ」
呟きつつ頬張る。美味い。見た目で選んで正解だった。ちゃんと野菜の味がする。
同じ店で借りたマグカップの水を飲む。飲みやすかった。フードコート内はお昼時を過ぎていたこともあって、他と比べて空いている。小休憩をとるにはベストの時間だったかもしれない。
ふと考えるに、元居た世界と動植物はそんなに変わらないのかもしれない。多少の違いはあれど、同じようなものが育ち、同じように枯れていくのだろう。
孝太郎はごちそうさまをして、次に体をほぐすように伸びをした。
「ふあぁ。――!?」
探した格好の女がこちらを凝視している。
「イング――」
孝太郎はそこまで言って慌てて口を抑えた。かなり近い位置にいたのにまったく気が付かなかった。立ち上がり、彼女の元まで歩く。
イングリットは驚愕に開いていた口を閉じ、食べかけのバナナをすっとテーブルに戻した。メガネ越しにジトっとした瞳で彼を見据え、腕を組む。
「まだ帰りませんよ」
「……いつまでいるつもりだ」
「メインレースまで。ちよちゃんが寝ている時間に帰ってくれば、あなたに問題ないでしょう」
「駄々をこねるなよ。ガキじゃないんだから」
孝太郎が嘆息して続ける。
「俺の都合はともかく、あんたは……俺たちの組織のリーダーだろ」
「はぁ」
イングリットは悩まし気に頭を振った。
「今日はそもそも、仕事でここに来る予定だったんです」
「……どういうことだ」
「私の馬も出るんです、メインレース。――ほらこれ」
イングリットはテーブルに広げていた新聞に指を置いた。そこには〇や△のマークと、恐らく馬名が乗っている。
「このサンサンブロークンが私の馬です。そちらでも馬主が見学するのは普通のことであると聞きましたが?」
「そうだな」
そもそも競馬とは王侯貴族たちの娯楽だったはずだ。自分の所有馬を競わせて威信を上げる代理戦争めいた部分もあった、と孝太郎はどこかで聞いたことがある。
「なるほど、つまり今日のレースは国際レース、各国の重鎮たちが集う一大イベントなわけだ。そこに主催国の……馬主の一人として出席予定だったというわけだな」
「勘が鋭いですね。――いちいち気を使うのもめんどくさいでしょう、インでいいです。ていうかそう呼んで」
イングリットの口調はその凛とした背筋が崩れるのと同時にくだけた。そして天井を気だるげに仰いで口をだらりと開ける。
「はぁぁぁ。せっかく一人で遊んでたのに、ウザキモいのが来たよ」
「すまんな。――それで? どうして予定がなくなったんだ。城を抜け出してここに来たってことは、インも競馬を楽しみにしてたんだろ?」
「めっちゃスルーするじゃん」
「ウザキモくらいなら気にしない」
「や、ちがくて」
イングリットはだらりとイスに体を預けたまま、目だけを孝太郎に向けた。背中を反りすぎて見下げるような格好になっている。
「この喋り方気になんないの?」
「気になる。ふさわしくない」
「……注意しないの?」
「俺の仕事じゃない。それに、この場ではそれが適切だ。ただ――」
孝太郎はそう言ってイングリットの向かいに座った。ちょうど一人用のテーブルを二人で囲む形になる。
「バナナを文鎮代わりに使うのはやめておけ。どちらもダメになる」
「なにそれ。ウケる」
イングリットは鼻で笑った。座りなおして言う。
「ギャグなら高度過ぎるんですけど」
「それなら少しは笑ってくれ、真顔じゃないか」
「ウソ、マジでネタだったん?」
イングリットはギョッとして眉をひそめた。
孝太郎は何もない空間を見た。綺麗な壁だ。
「……理由を」
「ぷっ、ふふ、ごめんちょっとウケた。誤魔化すの下手すぎじゃん、魔王かよ」
「おい」
孝太郎がそう言ってもイングリットはニッコリしている。機嫌が良いようだ。
「こんくらいなら大丈夫だって。――ひとことで言えば政情不安ってやつ? いまうちって敵が多いんだよね」
「政情不安……」
自分が見た限り、ルクスは極めて平和そうだった。グスタフが言っていたように、ルクス国内でも魔人を不安視する声はあるのだろう。しかし魔人の庇護下の元ほとんどの人がノンビリやってそうな雰囲気がしていた。
それが政情不安とはどういうことか。
イングリットが口に手をやって笑う。
「アハハッ! さっぱりわかんないって顔してんね。……うちさ、ひと月前に戦争でくっそ負けたんだよね」
「なっ――!」
孝太郎が驚愕に体を硬くしたのと同じくして、周囲の瞳が一気に二人を取り囲んだ。
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