17.叱責

 ブリタン島。かつては人間の三つの王国があったとされるここは、いまは魔人の総本部の置かれた魔人の島となっている。

 縦に長く横に短いこの島は、南北に渡って大きく寒暖差がある。北端は万年雪の降り積もるツンドラの大地となっており、船の出入りすら厳しい。よって比較的温暖な南端に人口を密集させ都と化した。

 今日も海辺、川辺に造られた工場から黒い煙が吹き上がっている。その周辺に置かれた彼らの住処を上から見れば、計画も何もなしに作られた雑多な区画であることがよくわかる。

 ――直さないとなぁ。

 ウーは思う。そこに詰め込めるだけ詰め込んだというのがよく分かる。よほど急いで作り上げたのだとよく分かる。

 しかし土地勘のない者が入り込めば、その日確実に抜け出せない迷宮と化しているのを放っておけない。

 魔人の総本部『ラ・リルヘ・ドス』、天を擦るその最上階に置かれた総代表執務室。ウーは頭の後ろに両手をやって、自分のためのイスを大きくロッキングさせながらガラス張りの窓越しに見ている。

 ――動物の血管みてーになっちゃって。人が見たらゾッとされちまうぞ。


「総代、正面を見なさい」


 事務机を挟んで向こう、険しい表情で背の高い魔人が言った。左右を刈り上げた黒髪には所々白髪が見え、その皺の数からも相当の年月を生きたと分かる。しかし地面に杭を刺したかのような立ち姿は木の幹のような逞しい肉体と相まってそれを感じさせることはない。


「私の話に集中するように」

「……はいはい」

「はい、は一回。何度言ったら分かりますか」


 男はジッとウーの横顔を見ている。

 ウーはあぐらをかいていた足を戻し、イスに正しく座り直した。両手も足の間にイスに立てる。嘆息して言う。


「はい、クーガー。これでいいだろ」

「よろしい。では説明を」


 クーガーは変わらずジッと彼女を見ている。


「なぜ星落としの属性を間違えたのか、詳しく説明を」

「だから、見た目がシングルだったから」

「見た目がシングルとはどういうことか説明を」

「目の集合体で、その目の一つ一つが別方向を見てたから」

「俯いていないで目を見て話しなさい」


 ウーは唇を突き出して顔を上げた。拗ねている。

 クーガーはその頭上に突き出た角に触れて、呆れたように嘆息した。


「戦闘報告は半端では意味がありません。なぜ、いつ、その判断をし、どういう結果に終わったか。成功、失敗に関わらずその要因を探り出し、次に活かそうとするものだからです」

「……わかってるよ」

「わかっておられません」


 ムッとするウーを見てクーガーが眉をしかめ、睨みつけて言う。


「困ります。ちゃんとしてもらわねば、またムダな死者が出ます」

「んだよ、うちのせいかよ」

「そうです」


 ウーは更に唇を突き出した。構わずクーガーが言う。


「死者二十四名、全員があなたの判断によって死にました。あなたのミスで死にました。責任は重大です。――よくおわかりでしょう?」

「……鳴くと思わなかった」

「それが今回の被害をもたらしています。さぁ、説明を」


 容赦ない。ウーはグッと顔に力を込めて、言葉につっかえながら説明を始めた。


「いままで、集合体タイプでマルチコアはいなかった。目の一つ一つが、別行動をとっていたから、集合体タイプだと思った。だから、シングルだと思って」

「ナメていた。なるほど。だから万全の対策もせず、僅か百戦のにすべて委ねた」


 クーガーはその手に持ったボードにウーの言葉を書き写している。ウーの提出した報告書もそこにあった。


「若輩も同じ判断をしていた。――なるほど現場指揮官も同じ判断をしたことが一つの要因。それで指摘する者がいなかった。総司令と現場指揮官の判断に口を挟める勇気ある者はいなかった」

「いや、それはちが……」

「よろしい、その通り。違います。下の者のせいにしたら貴方を吊るし上げるところでした」


 ウーの体がビクッと跳ねた。


「……」

「俯かない。――数年ぶりにお仕置きする事になるかと思いましたが、安心しました」


 お仕置き、という言葉にウーの顔が引きつる。それだけは勘弁してほしい、という思いが見て取れた。


「やれやれ、涙は引っ込みましたか」

「……うち、泣いてた?」

「ええ。でも部下の前ではしっかり威厳を保てています。安心しなさい」


 クーガーは微笑んで続ける。


「これで謝って来たら許しませんでした。貴方が謝るべきは死んだ者たちとその家族ですから」

「さすがに……自己保身でごめんなさいは言わねーよ」

「以前は言っていたでしょう。成長ですね。――さて、どうしてコアを探知しなかったのか、という話に進みましょうか」


 クーガーが顔を引き締め、ウーは事務机の上に両手を組んだ。


「さて、事前にコアの位置を探知するという手を取らなかった理由についてですが」

「そりゃ分かりきってるだろ」


 ウーはハキハキと喋った。


「魔力がないからだ。それに割ける魔力がないからだ。敵との戦闘が終われば終わりじゃない、次の敵が間髪入れずに襲ってくるときだってある。それに、空母ロイトンは巡回任務の最中で、担当の警戒海域を僚艦に任せて単身現場に駆け付けてる。いままで誰よりも早く星落としと会敵できたのはそれがあるからだ」

「つまり常にギリギリの魔力で戦闘を行っており、それで成功を続けていたのに加えて、僚艦からの魔力供与が受けられる状態ではなかったと」

「そうだ。だから使える魔法も限られてくる。それに僚艦がいたって探知魔法なんか使わねーよ。もったいねーんだから。そうだろ? いままで大丈夫だったんだから。――探知に魔力割いて戦えなくなりましたなんて、そっちのがマヌケじゃねーか」


 クーガーは頷いた。


「言いたいことは分かります。しかしその認識で被害が出た以上、改めなくてはなりません。――新たなマニュアルを作ります。必ず探知するように、そして艦隊を分ける際は単身にならぬように、と」

「うん。……あとそれで戦闘に支障でるようなら現場に向かわないように、だな。ちゃんと艦隊組んで行け。防衛が間に合わないようなら、今は異世界人がいるからうちがソッコーする」

「了解しました。しばらくはそれで行きましょう」


 クーガーはボードに何かしら書き込んでいる。しばらく時間が掛かりそうだ。

 ――リーンは誰よりもスピードを意識してた。

 ウーは思い出す。あの約束を。

 ――ちゃんと断っておけば良かったんだ。そしたら今もリーンは生きてる。

 功を焦らせて、早死させた。

 自分のせいで彼が死んだ。


「……やっぱり、魔力だよ。魔力がいるんだよ」


 そう呟くと彼女は再び俯いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る