第2話 計画と爆薬を練りますわ

 私とザウアーの出会いは貴族学校に入るよりも前、7歳のときまで遡ります。


 王国の軍閥の重鎮であるベルグリット侯爵家の長男と、軍部とのつながりが深いガンパウダー伯爵家の令嬢の婚約。


 お互いが王国で軍事的に重要な地位を持つ貴族家として、深く結びついて力を増すための政略的なものだと初めから理解していました。


 ですが、不幸な政略結婚も多い中で、私とザウアーは恵まれていた方だと思います。親の決めた婚約者とはいえ、お互いに相手を伴侶とすることには不満を覚えない程度に仲は良くなったのですから。


 ザウアーの父君は、王国軍の三大将軍の一人として語られている立派な軍人です。ですが、私から見てもザウアーはその継嗣としては力不足でした。父君のように将軍を務めるのは難しかったでしょう。


 だからこそ、次代でベルグリット侯爵家が影響力を低下させないために、軍部とつながりの深い我がガンパウダー家との婚約が結ばれたのです。


「それなのに彼は……一体どうするつもりなのでしょうか」


 憎いはずのザウアーのことを思ってつい呟いてしまいました。


 はっきり言ってザウアーはお馬鹿さんでしたが、それ故の無邪気さに私は魅力を感じていました。中性的な顔をほころばせてはしゃぐ彼は可愛く、庇護欲をくすぐったのです。


 ですが、自分の家の権勢を維持するための婚約を、「令嬢なのに爆薬が好きなのは暴力的で気に入らない」などと言って一方的にぶん投げるほどのお馬鹿さんだとは思いませんでした。


 私の中で、ザウアーの可愛かった笑顔はただの軽薄なニヤケ面に、彼への想いは若さ故の黒歴史に変わってしまいました。


「さて、どんな復讐をしましょう」


 屈辱の晩餐会から数日が経ち、ショックからも一応立ち直った私は、屋敷の自室で計画を練ります。

 

 まず確認するべきは、自分の持っている手札(カード)。


 我がガンパウダー家は王国の軍事力を支える重要な貴族家です。その影響力は軍の高官を輩出する名門軍家に継ぐほどのものがあります。


 ですが、さすがに三大将軍の一人を当主とする侯爵家に真っ向から立ち向かえるほどではありません。


 何かいい方法がないか。考えます。考えます。考えます……


「……マルコ・オルグレン様」


 熟考の末に私の頭の中に浮かんだのは、ベルグリット家と同じく三大将軍の一人を当主に持つ、オルグレン侯爵家。その嫡子であるマルコ様でした。


 彼もザウアーと同じく、名門軍家の跡を継ぐには力不足とされています。ですがそれはザウアーのような浅慮さによる評価ではなく、彼の気弱な性格によるものだったはずです。


 彼はもう12歳であるにも関わらず、侯爵家の跡取りとしては頼りないために婚約者がいません。それなら、私が彼の婚約者になり、姉さん女房として彼を支えればいいのです。


 ガンパウダー伯爵家とオルグレン侯爵家が結びつけば、貴族の格としてはベルグリット侯爵家を上回ります。そうして有利なポジションを取った上で、オルグレン家のコネクションを活用してザウアーを陥れればいいのです。


「我ながら、なんて天才的なアイデアでしょう」


 思わず私は自画自賛してしまいました。


 ちなみに、マーガレットのハミルトン男爵家は、ベルグリット侯爵家の後ろ盾さえなければどうにでもできる程度の弱小貴族家です。侯爵家の嫡子と婚約を結んだことで私に買った気でいるようですが、ザウアーを陥れた後に好きなように潰して差し上げるつもりです。


 そうと決まれば、早速この計画を具体的なものにして行動に移します。


 もちろん、最終的に復讐の鍵となるのは爆薬です。爆薬を「暴力的で下品」と笑ったザウアーたちを、爆薬の力で地獄の底に落としてやりますわ。


 その光景を想像して一人笑みを浮かべながら、私は材料を混ぜ、爆薬を練るのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る