爆薬令嬢がぶっ飛ばして差し上げますわ!

エノキスルメ

第1話 復讐の決意が爆発しましたわ

「エレーナ・ガンパウダー伯爵令嬢、僕は君との婚約を取り消すことにした」


 王国の貴族たちが集まる王家主催の晩餐会の会場で、多くの貴族が見ているまさに目の前で、私はそう宣告されました。


「……どうしてなのか、理由をお伺いしても?」


 そう尋ねると、私の婚約者――王国の重鎮であるベルグリット侯爵家の嫡男ザウアー・ベルグリット様は軽薄な笑みを浮かべて答えます。


「決まっているだろう? 君が僕にふさわしくないからさ。”爆薬令嬢”さん?」


 彼のその言葉を聞いて、私は自分の顔がさっと青ざめるのを感じました。


 どこでそれを。


 知っている者は私の家でもごく僅かのはずなのに。


「君は清楚でおしとやかな女性だと思っていたけど、まさか女のくせに爆薬なんて物騒で汚いものが好きだなんてね。淑女の皮を被った暴力女の君に危うく騙されるところだったよ。マーガレットが教えてくれなかったら危なかった」


 ザウアー様の口から出てきたのは、私の親友の名前。ハミルトン男爵家令嬢マーガレットの名前でした。


「おいで、マーガレット。僕の新しい婚約者よ」


「はい、ザウアー様」


 ザウアー様の言葉に合わせて、私たちを取り巻く貴族の人波の中から、マーガレットが進み出てきます。まるでこうなることを全て分かっていたかのように。


 勝ち誇ったような笑みをこちらに向けながら、ザウアー様の腕に抱きつくように彼に寄り添うマーガレット。


 それを見て、私は察しました。この2人は、王国貴族たちの集まる今日この日をわざわざ選び、私に屈辱感を与えるためにこの場で婚約破棄と新たな婚約を宣言したことを。


「僕は暴力的な爆薬令嬢エレーナとの婚約を破棄し、優しく美しく、僕にふさわしい淑女であるマーガレットと新たに婚約を結ぶことにした。ここにいる諸君がその証人だ」


 私はこの日、婚約者と親友を同時に失ったのです。


・・・・・


 山岳地帯を領地に持つガンパウダー伯爵家は、鉱山開発を基幹事業としています。


 なかでも主要な資金源になっているのが、爆薬の原料になる硝石。


 この硝石の採掘、そして爆薬への加工・出荷を行うことで、ガンパウダー家は王国内の軍部と深い繋がりを持つ大貴族家として栄えてきたのです。


 職人の生まれだった初代当主様は自ら採掘を主導し、王国軍のために爆薬を製造して貴族へと成り上がりました。そのお心を忘れないためにも、ガンパウダー伯爵家の人間は誰もが硝石や爆薬の扱いを覚えさせられます。


 それは女の私も例外ではありませんでした。そして私には天性の才能があったようで、今では存命の一族の誰よりも、お父様やお祖父様よりも爆薬の扱いに長けています。


 爆薬は大好きです。全てを破壊する威力がありながら、炎という美しい花を咲かせて見せてくれるから。


 何かを壊さずには輝けない、歪で儚い存在。それが爆薬。私はそんな爆薬の虜と言ってもいいでしょう。


 ですが、貴族令嬢の私が爆薬大好きなどと知られると結婚に差し障りが出るかもしれません。だからこそ、私はこの爆薬という趣味を隠してきました。


 この事実を知っていたのはガンパウダー家の親族と、ごく一部の使用人。そして私の親友マーガレットだけ。


 唯一無二の親友と信じて彼女に話したのが間違いでした。貴族学校の1年生の頃からずっと一緒に過ごしてきた彼女だからと、信用したのが間違いでした。


 下級貴族の男爵家出身である彼女は、上昇志向の強い女性でした。私は彼女の野心を尊敬し、応援していました。その野心の牙が私に向けられると、どうして想像できなかったのでしょうか。


 惨めさに包まれた私は、とても晩餐会の会場にいられず、伯爵家の使用人たちも引き離して一人でパーティーホールを出ました。あいにく外は雨でしたが、髪やドレスが濡れることを気にする心の余裕は今の私にはありません。


 悲しくて、虚しくて、そして――憎らしい。あの2人が憎らしい。どうしようもなく憎らしい。


「……ぶっ飛ばして差し上げますわ」


 この日、私はザウアーとマーガレットへの復讐を誓ったのでした。

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