第2話 物語の始まりは大体トラブル
風が吹いている。
流れてくる空気に草木の匂いが混じっている。
どうやら俺は天国的な場所から別の場所へ飛ばされたらしい。
目を開けるのが怖い。
しかし開けないのはもっと怖い。
駄女神リザリイの言っていた通り、モンスターやらが存在するのなら周囲の警戒を怠る訳にはいかない。
俺は意を決して目を開いた。
まず目に入ったのは道だ。
今俺が立っている道──剥き出しの土に馬車によるものと思われる
身長170センチの俺の腰あたりの高さまで生い茂っている。
というか、俺の容姿は前世と一緒なのか。
鏡を見た訳ではないが、そんな気がする。
記憶もあるし。
残念ながらオマケとやらは、超絶イケメンのマッチョマンにしてくれるというものではないらしい。
服装だけは、厚手のキャンバス地で編まれたタフなズボンにブーツ、上半身は綿のワークシャツの上から茶色いレザージャケットという、ファンタジー世界に相応しいものに変わっていた。
腰には小物を収納出来るごついベルトが巻かれていて、小物入れとは別に巾着がぶら下げてある。
巾着にはズッシリとした重みがある。
開けてみると、中には金貨がギッチリ詰まっていた。
リザリイの言ってたオマケとはこれだろうか?
何も分からないまま巾着を閉じる。
その後、なんとなくズボンのポケットに手をやると、何か入っているのに気がついた。
紙切れだ。
幾重にか折りたたまれているその紙を広げてみると、それはリザリイからの手紙だった。
《茶色い青春を送ってきたアンタには嬉しいオマケよ。これで女の子とお近づきになるといいわ!》
余白が目立つ手紙だった。
お近づき・・・・・・やはり金がオマケなんだろうか。分からん。
書いとけよ、オマケの正体。
それからここはいったい何処なんだ。
一通り装備を確認し終えた俺は、当たりをグルリと見回した。
真後ろに街があった。
俺の立つ貧相な道とは不釣り合いなほど、大きな街だ。恐らくこの道とは別に幹線道路があるのだろう。
どうやらリザリイも、少しは気を遣ってこの場所に転移させてくれたようだ。
右も左も分からないが、とにかく街に入るしかない。
街は石造の建物が立ち並び、道路も石畳が敷かれている、如何にもな街並みである。
区画整備された街ではないので、あちらからこちらから人の波があらゆる方向に無秩序に行き交っている。
雑踏を行く人々の姿は俺が元いた世界とほとんど変わりない。
そんな人混みの中を時折、馬車が器用にもすり抜けていく。
活気のある街だった。
俺の新たな門出に相応しい、賑やかな街だ。
見ず知らずの街に来て、そこで身を立てて行こうと思うなら、まず足を向けるべきはどこか?
不動産屋か職安か、そのあたりが妥当だろうがそんなものがこの街に存在するのか、あったとしてもどれがそういう類の施設なのか俺には見当もつかない。
なら行く場所はひとつ。
酒場だろう。
リザリイが言ったようにこの世界が俺好みのファンタジーチックなものならば、酒場に行けば何かイベントがあるはずだ。
▽
酒場は街の中央近く、噴水のある広場に居を構えていた。
木造二階建ての飾り気のない建物だ。
俺は体を滑り込ませるようにスイングドアを開いて、屋内に足を踏み入れた。
ドアと連動して鈴がチリンチリンと音をたてる。店に居る人間達が一瞬俺の方へ目をやって、すぐにまた元の位置に視線を戻す。
テンプレ通りにいけば、これから俺はチンピラに絡まれてそれを撃退、俺の強さに驚いた何者かが仕事の依頼をしてくるはずだ。
チンピラを撃退?
無理だ。
そういえば異世界に飛ばされたせいで自分を映画の主人公のように考えてたけど、多分俺って日本に居た時となんにも変わってないよな?
喧嘩なんかしたことないし、体力にも自信がある訳じゃない。
ヒョロガリってほどでもないが、マッチョにはほど遠い中肉中背の俺に、この酒場に
そんな根性があったらもっと明るい高校生活を謳歌してたっつーの。
やば、己の不甲斐なさを再確認したら急に怖くなってきた。
あとさっきからスキンヘッドの男が俺をガン見してるんだが、これはフラグ成立と受け取るべきなんだろうか?
俺はビクビクしながら、入り口の前に突っ立っている。これはいかん。悪目立ちしてしまう。とにかくカウンターに行くんだ。自然に振る舞え、俺。
「・・・・・・注文は?」
カウンターでグラスを磨いている若干禿げたオヤジが、ダルそうに尋ねてきた。
なぜか少し睨まれている。
「メニューありますか?」
「ああん?」
オヤジの眼光が一段と鋭くなる。
「いや、その、えーと。なんか飲み物を適当に・・・・・・」
「チッ」
オヤジは何がそんなに気に入らないのかブチ切れながら、琥珀色の液体で満たされたグラスを俺の前に叩きつけた。
「5モンドだ」
モンド?
通貨の単位だろうが、どれくらいの額なのか分からないので俺は金貨を一枚だけカウンターに置いた。金貨には1000と刻まれている。まさか足りないってことはないだろう。
「釣りはねえぜ」
オヤジはニヤニヤしながら金貨を懐に納めた。
「ハァ・・・・・・」
思わずため息が漏れる。
どうやらこの世界でも俺は搾取される側らしい。
冒険の始まりの高揚感もすっかり冷え込み、しょげかえる俺の横にふと人の気配がした。
日に焼けた黒光りする肌、それをはち切れんばかりに膨らませている大質量の筋肉、ランプの光を反射するツルツルの頭。
例のスキンヘッドの男である。
「よお兄ちゃん。たかが酒一杯に金貨とは豪勢だなぁ。俺にもちょいと恵んでくれねえか?」
来た。カツアゲだ。
こんな時はどうすればいいか。
俺の16年の人生経験によれば、取るべき行動は一つである。
「ど、どうぞー」
俺は媚びた笑顔でそう答えた。
分かってる。自分でも情けない対応だが、この世は弱肉強食、力なき者は屈服せざるを得ない。
「おおー。話の分かる奴だなぁ」
スキンヘッドの男はニヤニヤしながら手を差し出してきた。
俺は黙って金貨一枚を差し出す。
「・・・・・・兄ちゃんよー。それはねえだろう。袋ごとよこしな」
なるほど、強者の欲望とはかくも凄まじいものであったか。清々しいまでの厚かましさだ。
だが、流石に見ず知らずの世界で唯一信用できる金の全てを渡す訳にはいかない。
俺は一層媚びた笑顔をつくる。
「か、勘弁して下さいよ〜。せめて半分は残してくれなきゃ・・・・・・」
「あーそうかい。まあ兄ちゃんにも生活があるよな〜。分かった。一割は返してやるよ」
「ありがとうございます!」
惨めだ。
てゆうか返すってことはコイツの中では既に全額自分のものになってるじゃないか。
「おら、さっさとよこしな」
男が俺から強引に巾着を奪おうとした時、
「ちょっと待ちなさい!」
若い女、というか少女の声が響いた。
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