第3話 負け犬のブルース

 声の主は入り口近くの丸テーブルを一人で占拠した上テーブルに両脚を乗せて、椅子の前脚を浮かせながらり返っていた。

 赤いショートヘアと、少し日に焼けた小麦色の肌を持つ見るからに快活そうな少女である。パッと見た所10代の半ば位の歳に思われる。

 オリーブ色のショートパンツを履き、靴はショートブーツを合わせてある。上半身は、これもまた丈の短い物を好んで着用しているようで、晒された腹にはうっすらと腹筋が浮いていた。

 気の強そうな目つきと、露出度の高さから、彼女が持つ自分に対する自信の大きさがうかがい知れた。


「さっきから聞いてりゃあアンタちょっとがめついわよ」


 身長150センチ程度の少女が、自分より二回り以上大きい男に啖呵を切る。


「ああ? なんだぁお嬢ちゃん」


 男はあからさまにナメた様子で少女の方へ振り返る。


「嫌いなのよね。アンタみたいに自分の強さを勘違いしてる奴って。こっちはただでさえお腹が空いてイライラしてるんだから、その臭い口を閉じといて貰えるかしら?」


 男の禿げ頭に血管が浮かび上がる。


「このガキィ、女だからって手を出されないと思ってんなら大間違いだぜ? 俺は女もガキも殺したことがある」


「フン。見栄張ってんじゃないわよチンピラが。人を殺す度胸なんてアンタにはないでしょう、見れば分かるのよ」


「舐めやがってぇっ!」


 男が少女に向かって突進する。

 それを見て店主が怒鳴る。


「喧嘩なら外でやんなぁ!」


「大丈夫。喧嘩にはならないわ」


 少女はそう呟くと、向かってくる男に向かって右手を突き出した。すると──


「な、なんだぁ!?」


 男の巨体が宙に浮いた。

 そしてそのまま猛スピードで地面に叩きつけられる。


「ゲフゥッ──」


 苦痛の声をあげる男に構わず、少女は掌を上下に動かす。すると連動して、男の体が浮かんでは叩きつけられる。まるで手鞠てまりをつくような動きだった。


 宙空と床を10往復ほどしたところで、男は動かなくなった。


「て、てめぇ能力持ちか・・・・・・」


 床に這いつくばる男は、切れ切れの声で喋りながら少女を睨み上げた。


「《祝福を受けた者》と呼んで欲しいわね」


「ケッ、傲慢だな」


「だけど慈悲深いわ。この程度で済ませてやるんだから」


 少女は勝ち誇った笑みを浮かべてそう言った。

 そのまま男を跨ぐと、ツカツカと俺の方へ歩み寄ってくる。

 近くで見ると、その可憐さに目を奪われる美少女だ。

 大きな瞳で俺を見つめてくる。

 こんなに見つめられると好きになりそうだ。


 ──バチィンッ!


 少女は不意に猛烈なビンタをかましてきた。

 前言撤回、こんな女は好きになれない。


「なんで・・・・・・?」


「アンタみたいなのが一番イライラするのよ! オドオドして、なんでもホイホイ人の言うこと聞いちゃって、プライドってものはないの!? 男ならもっと自分に自信を持ちなさいよ!」


 頬をさする俺に向かって少女は烈火の如くまくし立てる。


「あーもうお腹空いた! イライラする!」


 なるほど。スキンヘッドの男も俺も、この少女の空腹を紛らわせる為の生贄だったようだ。


「マスター! なんか食べ物ちょうだいよ!」


「だめだめ。お前どうせ金持ってないんだろう。飯を出すのはこないだのツケを払ってもらってからだ。本当だったら食い逃げで警察に突き出してるとこだぜ、まったく」


「けち!」


 前科一犯らしい少女は己の罪を省みることはせず、店主の狭量さを責め立てながら店を出て行った。嵐のような女だ。


 一人取り残された俺は、酒で満たされたグラスをぼんやりと見つめていた。

 これでイベント終了?

 絡まれて殴られて説教されただけで、何一つ進展していないんだが?


「マスター、さっきの子は?」


 俺は自分からアクションを起こした。


「ああ? レオナのことか。あいつは賞金稼ぎだよ。今はどこのギルドにも属してないがな」


「賞金稼ぎ、どうりで強い訳だ・・・・・・ああゆう不思議なチカラはマスターも持ってるんですか?」


「馬鹿言ってんじゃねえ。俺に能力があったら酒場のオヤジなんかやっちゃいねえさ。正確な数字は知らねえが、能力を持って生まれてくるのは千人に一人くらいの割合なんじゃねえか? その中でもあいつのは強烈さ。うちの店もあいつが出入りするようになってからは、ゴロツキの数が随分減ったもんだ。あいつに目をつけられれば一巻の終わりだからな」


 なるほど、それで料金の踏み倒しにある程度目を瞑っている訳か。


「でもそんなに腕の立つ賞金稼ぎが、どうして無一文なんです?」


「さっきも言ったろうが。あいつはどこのギルドにも属してないから仕事が回ってこねえのさ。たまに拾ってくれるギルドがあっても二、三日で追い出されちまうしよ」


「どうして?」


「食い意地の張ったガキでな。収入は速攻で食費に消えて、遠征用に蓄えてあるギルドの食糧庫を荒らすらしい。止めに入った奴らは片っ端から投げ飛ばして、一心不乱に飯をかきこむそうだ」


 化け物じゃないか。

 とは言え、恐喝から助けてもらった恩があるのは事実だ。一応恩返しはしておこう。

 

「マスター、さっきの俺の酒代、かなり余分に取ったでしょう? 返してくれとは言わないから、あの子のツケをそこから払ってやってくれませんか?」


「ほおー、カッコつけるじゃないか」


「いや、助けられた上に説教までされて、こっちも何かしてやらなきゃ悔しいだけですよ」


「ま、俺としては金が貰えりゃなんでもいいがな。ほら、出しなよ金貨五枚でいい」


「は?」


「アイツのツケを払ってくれるんだろ? お前さんから貰った分じゃ足りねえんだよ。言っておくがな、今回は別にボッてる訳じゃねえぜ?」


 嘘だろ? 

 酒が一杯5モンド、金貨一枚で恐らく1000モンド。相場は分からんが酒一杯の値段が日本の居酒屋のビール一杯程度の値段として500円。つまり金貨一枚でおおよそ10万円、それが五枚で50万円! 一回の食事で!?

 ハッキリ言って払うのは嫌だったが、一度払うと言ってしまった以上、やっぱやめたなんて言うのは流石の俺でもかっこ悪いと思ったので、泣く泣く金貨五枚を店主に手渡した。


「毎度あり〜」


 店主は金貨を掌の中でジャラジャラさせながら、上機嫌で言った。

 くそっ、訳もわからぬままに余分な出費をしてしまった。

 俺はヤケになって、目の前のグラスに満たされた酒を一息に飲み干した。


不味まずっ・・・・・・!」


 どうやら俺の舌はまだまだお子様らしい。

 それに、キツい酒だったのか一気に気分が悪くなってきた。

 なんかこう、胸の下から込み上げてくるものがある。


「おいおい。吐くなら外で頼むぜ」


 店主に言われるがまま、俺は全神経を胃に集中させながら、ゆっくりと、すり足で店を後にした。

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