異世界行ったら他人の能力を収集、分配出来るチカラを手に入れたのでギルドマスターとして君臨しようと思う

狒狒

第1話 流石に引くわ──と神は言った

 俺は白く暖かい光に照らされる雲海に横たわっていた。どんなベッドよりも心地の良い感触だ。

 空が白い。

 明け方の空の白さとかではなく、純白だ。

 そして異常に空気が美味い。こんなに快いと感じる空気は初めてだった。


 ──俺は死んだのか。


 直感的にそう思った。

 それほど俺が今寝転んでいる場所は、あまりにもとしていた。

 

 ──全然覚えてないな、どうやって死んだんだ?

 

 悲しいかな、余りにも非生産的な人生だった為に、俺は自分の死を驚くほど冷静に受け入れてしまった。

 

 とにかく、ここが天国だとして何をすればいいのかは分からないので、とりあえず寝転んだまま肺に空気を送り込む。やはり美味い。


「迷える者よ──」


 不意に響いた声にドキッとした俺は上半身を跳ね上げて、音源の方向へ首を向けた。

 そこには純白の衣装に身を包んだ女が立っていた。キラキラと輝く、絹のように滑らかな白金の髪が腰まで伸び、透き通るような白い肌をしている。

 濡れたように光る大きな瞳には、えも言われぬ微笑が含まれている。

 美しい女だ。

 ただ美しいだけじゃない。絶対的な安心感を与えてくれる、神秘的な美しさだ。

 これが女神ってやつか。


「確かに私は女神だけど──これとは失礼な言い方ね」


 どうやら俺の心を読めるらしい女神っぽい女は、頬を膨らませて遺憾の意を示してきた。

 可愛い怒り顔だと思う。

 でも、なんて言うか──あざとい。

 自分を少しでも可愛く見せようとする、とてつもなく人間くさい行動によって、女神の持つ神秘性はぶっ飛んだ。


「ちょっと、勝手に幻滅しないでよ。私だってこの雰囲気出すの疲れるんだからさ。アンタがそんな感じだとむなしくなるじゃない」


 女神のくせしてアンタときやがった。

 

「まあいいわ。さっさと終わらせちゃいましょう。どこまで覚えてる?」


 女神は俺の内心に突っ込むのをやめて、話を進め出した。


「覚えてるって、なにを?」


「生前の記憶よ。名前は? 年齢は? 正直に答えなさいよー。嘘ついたらすぐ分かるんだから」


東堂悠利とうどうゆうり、16歳・・・・・・」


「両親の名前も」


「・・・・・・東堂誠とうどうまこと東堂尚子とうどうなおこ


「いちいち苗字まで言わなくていいわよ」


 なんかアタリきつくない?

 そんな俺の不信感をよそに、女神は続ける。


「──それで、アンタの職業は?」


「高校生」


「学校の名前は?」


華葉竹かようちく高校」


 俺は取り調べを受けてるのか?

 もしかするとこれから、天国行きか地獄行きかを判定する審判が待っているのかもしれない。

 大丈夫。俺は良いこともしていない代わりに悪いこともしていないハズ。

 まさか地獄行きってことは・・・・・・いや、でも仏教の価値観で行くと俺は地獄行きだよな?

 この女神が西洋っぽい雰囲気だからあんまり考えてなかっけど・・・・・・いやいや、それ以前に俺は仏教以外の宗教のルールを知らないぞ。

 やばい、急に不安になってきた。


「何を一人で先走ってるのよ。今のはただの本人確認よ」


「はあ?」


「だからー、アンタが間違いなく今しがた死亡した東堂悠利か確認しただけよ」


「え? 神様なんだからそれくらい分かるんじゃ」


「そんな人間達が勝手に作った設定押しつけないでちょうだい。全知全能だったらこんな仕事しないで遊んで暮らしてるわよ」


 どうやら神様も天界でふんぞりかえってるだけではないらしい。


「ま、とにかく本人で間違いないわね──」


 いつのまに取り出したのか、女神は一枚の紙切れを見つめていた。


「アンタは間違いなく偏差値30の底辺、華葉竹高校──近所の人があたま花畑高校はなばたけこうこうと呼ぶ、どうしようもない学校に通う年齢=彼女いない歴の寂しい男、東堂悠利ね」


 女神は俺に嘲笑を浴びせてくる。


「こ、高校では女の子と仲良くなる機会がなかっただけだ! 大学に行けば俺だって!」


「アンタ中学の時にも高校に進めばとか言ってたんじゃない? 第一その学力でどこの大学に行こうっていうのかしら──オーホッホッホ!」


 女神はわざとらしく高笑いを決め込んでくる。

一体俺になんの恨みがあってこんな言い草を・・・・・・死人に鞭打ちやがって、この駄女神がぁ・・・・・・!


「誰が駄女神ですってぇっ!?」


 あ、つい本音が漏れてしまった。


「アンタいい度胸してるじゃない・・・・・・このリザリイ様に向かってよくもそんな口を──」


 口はきいてない、思っただけだ。

 しかしそんな言い訳が通用するはずもなく、女神──リザリイの顔にしわが寄る。


「フフフフッ──いいわぁ、アンタがそうゆう態度を取るんならこっちにだって考えがあるんだから。質問に答えなさい。アンタの死因はなあに?」


「・・・・・・思い出せない」


「そうでしょうねえ。大抵の人間は死にまつわる事は覚えてないのよ。良い思い出って訳じゃないもの、きっと本能的に記憶を封印するんだわ。だけど、どう? 気になるんじゃない?」


「そりゃあ、まあ」


「そうでしょう──思い出させてあげるわ」


 リザリイはそう言うと、悪戯っぽく笑って指を鳴らした。すると、空中にホログラムのように映像が浮かび上がった。

 映っているのは俺の部屋だ。


 そしてそこには全裸の俺が──そうか、思い出した。

 俺は一人遊び──所謂いわゆるナニをナニするアレに熱中しすぎて死んだんだ。

 男子シングルストップランカーの自負がある俺は、新たな刺激の開拓に夢中になるあまり、体が限界を超えたらしい──殉職である。


 って、感慨に浸っている場合じゃない。

 こんなもの人に見られたら生きていけない──いや、死んでも死にきれない!


「ああーっ! やめてくれっ頼むぅっ!」


 俺はリザリイに懇願する。


「ええー? どうしてー? 知りたいって言ったのはアンタじゃなーい」


 先程の怒りはどこへやら、リザリイはニヤニヤしながらこの状況を楽しんでいるようだ。


「思い出した! もう全部思い出したからいいよ!」


「遠慮しなくていいのよー。最後までご覧なさい。うわっ、どうなってるのよこの体勢・・・・・・」


「ぬぁぁああっ! 止めてくれぇえっ! 頼むから!」


「それが人にものを頼む態度かしら?」


「お願いしますぅっ! もうやめてください! 謝りますからぁっ!」


 俺は土下座の体勢で、額を地面、というか雲なんだが──とにかく擦り付けて謝った。


「良いっ! 良いわぁその姿、人間ってどうしてこう浅ましいのかしら。私もこの仕事を始めて300年以上になるけど、こんなに笑ったのは初めてよ!」


 土下座する俺を見下ろしてリザリイはバカ笑いしている。

 屈辱だ。

 生前に受けた全ての恥辱を上回る。

 でも、美女にさげすまられるのも──。


「え? 嘘でしょ? アンタ喜んでるの? それは流石に引くわー・・・・・・」


 しまったーっ!

 心を読まれることを失念していた!

 もう無理だ。これ以上の辱めには耐えられない! トップランカーとは言え、所詮シングルスでしか戦ってこなかったヘタレ童貞である。妄想では百戦錬磨でも、リアルで女に蔑まれればポッキリ折れるハートの持ち主なのだ。


 死にたいっ!

 もう一度殺してくれえっ!


 俺は頭を雲に思い切り打ちつけた。

 再び死ぬか、そうでなくともせめて気絶したかった。

 しかしながら天界の低反発雲は全てを優しく包み込み、俺に痛み一つすら与えてくれない。


 もう考えるのをやめよう。

 そうだ。感情の回路をシャットアウトしろ。空っぽになれ、俺。

 俺は膝を抱えて座り込む。

 顔を伏せ、何も考えないよう努める──しかし、リザリイの爆笑と、いかに俺が惨めな存在であるかを説明する声が頭に流れ込んでくる。

 すると次第に、恥を上回る怒りが湧いてきた。

 なんで若くして死んだ俺がここまで罵られなきゃいけないんだ。そりゃあ確かに自業自得の死かもしれないが、だからって人様に多大な迷惑をかけた訳じゃない──まあ両親にはこんな息子で申し訳ないとは思うが。


 リザリイはまだ体をくの字に曲げ、腹を抱えて笑っている。

 もう限界だ。


「・・・・・・っせえなあ」


「え? なにか言ったかしら自称トップランカー(笑)さん」


「うっせえって言ったんだよ! 情緒不安定の駄女神がぁっ! 300歳越えて更年期が来たかぁあ!? 大体先に喧嘩売ってきたのはアンタだろうがっ! なんでここまでコケにされなくちゃいけないんだ! このゴッデスババアのバーーーーカッ!」


 俺は泣いていた。

 女にいじめられてキレて泣いた。

 俺の方がよっぽど情緒不安定である。


「ちょ、ちょっと泣かないでよ。私がいじめたみたいじゃない」


 リザリイはオロオロした様子で言った。

 大の男のギャン泣きというのは余程インパクトが強いらしく、俺の暴言は許されたようだ。


「ごめん。ごめんってば──」


 三角座りで膝に顔を埋める俺の肩を揺さぶるリザリイと、それを無視する俺。


「仕方ないわね──本当は全部リセットして別の世界のどれかに転生させるのが決まりなんだけど、ちょっとオマケをつけてあげるからそれで機嫌なおしてよ。ね?」


 俺は顔を上げた。

 別にオマケが嬉しかった訳じゃない。

 これから異世界に飛ばされるという処遇に面食らったのだ。


「別の世界?」


「そっ。魔法やモンスターで溢れる世界よ。アンタみたいなタイプは好きでしょ? そういうの」


 確かに好きだ。

 ノラクエもラストファンタジーも、全部追っかけてきた程度にはファンタジーに憧れている。

 しかしあくまでゲームが好きなのであって、実際に死地に赴いてモンスターを討伐するような根性はない。


「他の世界にしてくだ──」


「ないわ」

 

「え?」


「世の中にはアンタ達の世界と魔法の世界の2つしかないのよ」


「いやでもさっき、他のどれかの世界って」


「言ってないわ」


「いやハッキリ言ってた・・・・・・」


「言ってないわ。アンタの聞き間違いでしょ。面倒なのよね、今から行き先変えるの。グダグダ言うならオマケはなしよ」


 行き先って、語るに落ちてるじゃないかこの女神。

 仕方ない。とにかくオマケとやらの内容を聞いて判断しよう。


「あのう、ちょっと聞きたいんですけどオマケって具体的に・・・・・・」


「あら! その気になってくれたのね!」


「いやまあ、オマケの内容次第ですけどね」


「助かるわあ。これで今期のノルマは達成ね! 嬉しいわ、アナタが名乗り出てくれて!」


「いやいや、名乗り出てない。まずオマケが何かを教えてくれるかな」


「あー良かったぁ。これで念願の黄泉の国旅行に出かけられるわ! ありがとう!」


「頼むから人の話を聞いてくれ」


「じゃあ早速! 行ってらっしゃーい!」


「ちょ、待て待て待て!」


 リザリイが満面の笑みで指を鳴らすと同時に、俺はまばゆい光に包まれた。

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