第3話 ”神童”チルリル初任務

――ティレン湖道

チルリルはメリナに頼まれた任務を受けるためティレン湖道に来ていた。


「(全く、メリナは心配性なのだわ。演技くらい剣持つ救世主であるチルリル様にかかれば楽勝なのだわ!)」


チルリルは一人でそんなことを考えていた。するとそこへ、先ほどの神官がやってきた。


「あっ! メリナ様! 急いで下さい! 先に別の神官たちが魔物と交戦中です。」


「ええ、わかったのだわ!」


「え? …だわ?」

 

神官はその語尾を聞いて不思議そうにしていた。チルリルはすぐにやらかしたことに気が付き言い直した。


「おっほん。…ええ、わかったわ」


神官は今だ不思議そうにしていたが何とかごまかせたみたいである。


「(あ、危なかったのだわ! でもぎりぎりでばれなかったのだわ!)」


チルリルはそのことにほっとした。それにしても…。


「(ずっとメリナの真似をするのは骨が折れるのだわ…。でもまぁ、任務なんてきっとすぐに終わるのだわ!)」


チルリルは楽観視していた。しかし、彼女は後で思い知ることとなる、神童と呼ばれるメリナの仕事量を…。


―――――――――――――――――――

――時は少しさかのぼり、火の村ラトル。

メリナ、アルド、イルルゥは再度聞き込みをしていた。先ほどと同様、なかなか手掛かりがつかめなかったのだが、ここでついにアルドが火の玉のようなものを見たというひとりの老人に出会えた。


「酒場のほうで大きな光が見えてのぅ。 そこから火の玉のようなものがヴァシューヌ山岳のほうへとんでいったわい。」


「本当か! ありがとうお爺さん!」


そしてアルドはメリナ、イルルゥと再度合流し、先ほど会ったおじいさんの証言を説明した。


「なるほどー。でもなんでヴァシューヌ山岳なんだろ。」


イルルゥはそれが疑問だった。魂は基本未練がない限りは現世にとどまろうとしない。つまり、あの魂は煉獄界から脱走するほどの未練があったというわけである。そしてそれはヴァシューヌ山岳の方角が関係しているらしいが…。


「あの辺一帯は火山地帯だから何もないぞ?」


アルドの言う通り、ヴァシューヌ山岳の先に進んでも、そこはナダラ火山につながっているだけで、人の未練に繋がるようなものは何もないはずなのである。


「だよねー。一体どんな未練があったんだろ。」


「とりあえず先を急ぎましょ。」


メリナのその言葉で三人はヴァシューヌ山岳のほうへ走り始めた。


―――――――――――――――――

――そのころティレン湖道では。

チルリルが別動隊で先に魔物と交戦していた神官たちと合流した。


「ああ! メリナ様! メリナ様が来てくれたぞ!」

「なにっ! ”神童”メリナ様が来てくれたなら百人力だ!」


チルリルはそれを聞いて感動した。


「(”神童”!!! チルリルが神童って呼ばれたのだわ!)」


チルリルは舞い上がっていた。そして完全に演技のことを忘れてしまう。


「ふっふーん! 神童メリナが来たからにはもう安心なのだわ!」


「「「「おおおおーーーー!!!」」」」


そしてこれを聞いた神官たちは大いに盛り上がった。だが、最初に連絡に来た神官はこれをきっかけに気付いてしまった。


「(あの口調といい、やっぱりあれはチルリル様だ。なぜ姿が変わっているのかはわからないが、きっと何か事情があるのだろう。これはこのままそっとしておくべきだな。)」


この神官はメリナのもとで仕事した経験が豊富だったためすぐに気づくことができたが、ほかの神官たちは中央大陸での経験も浅く、中身が入れ替わっていることに気が付いていないみたいだ。


そしてこの神官なかなかに優秀であった。なんと、空気を読んで入れ替わりのことを伏せておくことにしたのである。現在は魔物と交戦中なため、今真実をばらしたら部隊の混乱に繋がると瞬時に判断したようだ。だが、そんな優秀な神官には一つの懸念が…。


「(現在チルリル様の姿はメリナ様となっているが、あの姿のままで戦えるのだろうか…。)」


だが、神官の心配もむなしくチルリルと魔物の戦闘が始まってしまう。


「行くのだわーー!!」


そう言いチルリルは”いつものように”魔力を使おうとした。しかし…


「(なっ!? 魔力がうまく使えないのだわ!)」


それもそうである。なぜなら、体が違ければ魔力の扱い方も違ってくる。ごく当たり前のことだが舞い上がっていたチルリルはそれに気が付かなかった。


「どうしたんだメリナ様?」

「メリナ様! 早く援護を!」


周りの神官たちがざわつき始める。しかし、焦ってしまい余計うまく魔力を扱えない。そして、これはまずいと思った優秀な神官はすぐさま対応した。


「ど、どうやらメリナ様はまだ万全の状態ではないらしい! いいかみんな!これはメリナ様にいいところを見せるチャンスだ! 全員で連携をとればこの程度の魔物取るに足らん! 行くぞーー!!」


彼は本当に優秀だった。もしこの場にメリナ本人がいたらきっと彼は昇進することができただろう。


「確かにその通りだ!」

「メリナ様にいいところを見せるんだ!」

「「「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」


そして、周りの神官たちはその言葉に鼓舞され、魔物たちを圧倒した。そのころにはチルリルもメリナの体で魔力を使うことに慣れてきた。


「(ぐっ、結構難しいけどなれてきたのだわ! 他の神官たちがいい解釈してくれて助かったのだわ。)」


本当は優秀な神官のファインプレーなのだが、残念ながらチルリルは気づいていないみたいである。優秀な神官の昇進は遠ざかってしまった。


その後、魔物を無事倒し終えたチルリルはもうすでに帰る気満々であった。


「それじゃあ、お疲れ様なのだわ!」


しかし、優秀な神官がこれを止める。


「申し訳ございませんメリナ様。まだ仕事はたくさん残っておりまして。」


「そ、そう。わかったのだわ。それならしょうがないのだわ。…ちなみにあとどれくらいの仕事が残っているのだわ?」


本当は帰りたかったチルリルだが頼まれた以上断れないと思い、しぶしぶ了承する。そして、ちゃっかりあとどれくらい仕事が残っているか質問した。


「この後はアクトゥ―ルで布教活動と宿屋、酒場の掃除の手伝い。その後はデリスモ街道で再び魔物の討伐です。」


「わ、わかったのだわ。(多すぎるのだわ!!? あの子ったら仕事を受けすぎなのだわ!)」


チルリルは顔を引きつらせながらも返事をした。


―――――――――――――――――――

――水の都 アクトゥ―ル


「(やーーーーっと終わったのだわー!)」


チルリルはそう苦言した。まだデリスモ街道での魔物退治の仕事が残っているのだが、神官たちに頼んで酒場で少し休憩させてもらっている。


「(あの子ったら毎日こんな量の仕事をこなしているのかしら。 そんなことしてたら倒れちゃうのだわ。)」


本当はメリナもここまで仕事量があるわけではなく、今日がたまたま多い日だっただけなのだが、それでもメリナの普段の仕事量は普通の神官よりも全然多いのである。


「(でも、次で最後の仕事なのだわ。気合い入れるのだわ!)」


そう思い立ち上がったその時、通りのほうから声が聞こえた。


「誰か! 誰か助けてください! うちの子が! うちの息子が!」


チルリルが外に出てみると、一人の母親らしき人物が助けを求めていた。そしてチルリルはすかさず声を掛けた。


「どうしたのだわ?」


そしてチルリル、もといメリナの姿を見た母親は大いに喜んだ。


「あぁ、メリナ様。うちの子が人食い沼に行ってしまいそのまま帰ってこないのです。どうか、どうかうちの子をお助けください”翼持つ子”メリナ様。」


「…ッ!」


先ほどまでの自分だったら”翼持つ子”と言われて喜んでいただろう。しかし、この深刻した状況で言われる”翼持つ子”という言葉はチルリルに重くのしかかってきた。そして彼女は気づく。


「(あぁ、メリナもこんな気持ちだったのだわ。期待され、もてはやされる。気持ちいいけどチルリルには少し重たすぎるのだわ。)」


チルリルはすべて理解した。なぜメリナがこんなに多くの依頼を受けているのかを。それは人々からの期待に応えるため。”神童”として”翼持つ子”として、重くのしかかる期待にメリナは全力で答え続けてきたのである。チルリルはそれをこの入れ替わりによって実感することができた。


「(思えばチルリルが”剣持つ救世主”を名乗り始めたきっかけも…。)」


チルリルは自分の信念を改めて思い出した。そして再び母親の方を向き…。


「この”神童”メリナ様にドーンと任せるがいいのだわ! あなたの息子さんはすぐに見つけ出してあげるのだわ!」


チルリルは胸を張ってそう答えた。だって今は自分がメリナなのだから。彼女が背負ってきた期待も重圧も今日だけは自分が背負ってあげよう。そう思いメリナは神官たちのもとへと急いだ。


神官たちのもとへ戻ってきたチルリルは大声で指示を出した。


「今から二手に分かれて行動するのだわ! 神官の中から5人は私と共に人食い沼に子供の救出に行くのだわ! 残りの神官はデリスモ街道で先に魔物の退治に当たるのだわ! でも決して無理してはいけないのだわ。 私たちが来るまで何とか持ちこたえてほしいのだわ!」


この様子に優秀な神官は安心した。ああ、これなら大丈夫だろう、と。


「人食い沼には魔物が多い!事態は一刻を争うのだわ! 急ぐのだわ!」


「「「「はいっ!!」」」


チルリルの指示で神官たちが一斉に動き出した。


そしてその後、人食い沼で迷子になっていた子供を無事救出し、デリスモ街道に駆け付け魔物を倒すことに成功した。


「(疲れたのだわーーー!! もうへとへとなのだわ。)」


チルリルはやっとすべての任務を終えることができた。


「(やっぱりメリナは任務を受けすぎなのだわ! 戻ったら文句言ってやるのだわ! ……ん?戻ったら? …あああああ!!)」


しかしここでチルリルは重要なことを思い出す。


「(まだ中身が入れ替わったままなのだわ!! 早くアルドと合流しないといけないのだわ!)」


そしてチルリルは立ち上がり、神官たちに向けて言った。


「今日はお疲れ様なのだわ! でも私はまだ用事があるのでおさらばするのだわ! それじゃあ、またなのだわーーーーーー!」


チルリルは神官たちをその場に残し、ラトルのほうへ走り去ってしまった。そして神官たちは…。


「やっぱりあれチルリル様だよな…。」

「あぁ、俺も途中からそう思ってた。」


さすがにあれがメリナではなくチルリルだということに気が付いていた。


「でもなんで姿がメリナ様になってたんだろうな。」

「「「さぁ…。」」」


このことはのちに西の大陸でも語られる怪事件となるのだが、そのことはまだ誰も知らない。




next 魂を捕まえろ!

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