ブラジャーの一生
私はブラジャーとしてこの世に生まれた。
女性の胸を時に優しく、時に寄せて上げ、時に着けてることを忘れさせる。
それが私の使命だ。
たかがブラジャーが何を大層なことをと思うだろうが、ブラジャーにだって誇りがある。
人間のようにいろんな職業があったり、いろんな生き方ができるわけではない。
ブラジャーにはブラジャーしか出来ない。
どう頑張ってもそれ以外のことはできない。
一つのことしかできないからこそ、迷うことなくただ胸を支えることだけをひたすらに考え、思い生きている。
私がブラジャーとし店頭に並んで数日、何度か試着を経験したことで、私はブラジャーとしての仕事を少しだけ覚え初めていた。
こんな話をすると男性は、いろんな人のおっぱいを触り放題で羨ましいなどと思う
だろう。
しかし、おっぱいを支えることは想像以上に重労働である。
おっぱいを触っていると言うより、脂肪の塊を支えている、持ち上げているという感覚に近い。
「揉む」のと「支える」のでは全然違う。
おっぱいの柔らかさを実感することはほとんどないのだ。
しかも何も見えないため、仮にお腹の肉だったとしても気づくことはできないのである。
しかし悪いことだけではない。
私を試着して「着けてる感覚ない!」「これは楽だわ」など言われたらそれは嬉しいのである。
私が寄せて上げることで、女性のコンプレックスが少しでも和らいでくれるのなら、
こんな誇らしい仕事はないのである。
そうこうしているうちに、一人の女性が私を買っていってくれた。
制服で買いに来ていたので、おそらく女子高生であろう。
私は、この子の胸を支える使命に誇りを持つと共に、ウソなく言うのであれば
若い子で良かったと喜んでもいた。
別にエロい気持ちで言っているのではない。
単純に張りがある胸なら、支えるのも楽だからである。
それから家に着くとすぐに俺を装着しファッションショーさながらに鏡を見ながら
時折写メなど撮りながら楽しんでいた。
そこから奇妙な出来事が起こる。
この女子高生は、寝る時も出かける時もブラジャーを外さないのだ。
当然洗濯などもされず、つけたまま運動もするので女子高生の汗で私はだんだん
黄ばんくる。
それでも外そうとしない。
そのまま、2週間もの間ほぼつけっぱなしだった。
黄ばむどころか、匂いも発し始めた頃。私は外された。
久しぶりに仕事から解放された私は、人息つく暇もなく、そのまま真空パックされ、
ゆうパックの箱に詰められた。
何も見えない。何が起こっているのか?私はどうなるのか?全くわからなかった。
このまま捨てられるのか?そんな恐怖を感じながらしばらくして気がつくと、
私は知らないおっさんの家にいた。
知らないおっさんが、私を嗅いだり舐めたりしながら、一人でしているのだ。
ここでようやく気がついた。私は売られたのだ。
女子高生が数日着け続けたブラジャーなどと謳われ、僕は売られたのだ。
あの女子高生は、そのために私を買ったのだ。
こんなことになるのか!こんんなことがあるのか!
ブラジャーになったあの日、ブラジャーとしての仕事に目覚めたあの日、嬉しそうに試着してくれたあの日、初めて買ってもらって嬉しかったあの日。
私の短いブラジャー人生が走馬灯のように頭に浮かぶ。
もう死ぬのかな?このまま捨てられて燃やされるのだろうか?
私のブラジャー人生もここまでか…そう思っていたが…全然捨ててくれない。
まさかそれから3年もおっさんの家で過ごすとは思ってもいなかった。
私は捨てられることなく過ごしていた。
どうやらおっさんはあの女子高生の太客のようで、それを裏付けるようにあの
女子高生から買った使用済みのものが部屋に増えている。
その中でも私は気に入られているみたいで、たまに着けて寝ることさえある。
ブラジャーの寿命は、せいぜい1年、長くても2年程度なのに、
もう3年もブラジャーとして生きている。ブラジャーとしてはかなり高齢である。
こんな年齢でも、まだブラジャーとしての仕事があるだけマシなのかもしれない。
おっさんの胸を支える日が来るとは思わなかったが…
そんなある日、おっさんが私を着けたまま寝息を立て始めた。
するとキッチンから火がで始めた。
何かしら火にかけたまま寝てしまったためである。
このままでは火事でこのおっさん諸共焼け死んでしまう。
どうにかしなければ!
しかし、私はブラジャーである寄せて上げることくらいしかできない。
なんとかおっさんにこのことを伝えなければならない。
私は必死に寄せて上げた。おっさんが起きるまで必死に寄せて上げ続けた。
AカップのやつにDカップくらいの谷間ができるくらい寄せて上げた続けた。
寄せれるだけ寄せ、上げれるだけあげた。私の一生で一番寄せて上げた。
すると流石に苦しかったのか、おっさんは飛び起きた。
すぐに火事に気がつき、なんとか消化しようと試みる。
しかし火の手の方が早い。
諦めて逃げようとしたおっさんは、私を外し、床に投げ捨てそのままドアの外に逃げていった。
こんな時でも冷静で少し驚いたが、そのままおっさんがブラジャーを着けて外に出ていたら、色々と大変なことになっていただろう。
畳の上に無造作に捨てられた私は焼けるのを待つしかなかった。
仲間たちはどうした?同じ女子高生に買われ、同じように売られてきた仲間たち…
ブルマーや体操着、靴下にパンツ…あいつらは無事なんだろうか?
言葉を交わしたわけではないが、同じ境遇の仲間だった。
しかしブラジャーにできることなんて寄せて上げることくらいしかない…
おっさんを起こしたことだって奇跡に近いのだ。
助けられるはずもない。
ワイヤーが熱を帯び、肩紐が溶けて切れてしまった。
もうすぐ燃えて無くなる。
最後に、火事に慌てず、冷静にブラジャーを外して逃げていったおっさんの後ろ姿が脳裏に浮かぶ。
こんな時でも自分の性癖を隠すことに余念がないとは、筋金入りだなと感心したところで意識がなくなった。
これが私のブラジャーとしての一生だ。
イレギュラーで歪な、世にも珍しいブラジャーの一生だ。
そして今、私はまたおっさんの家にいる。今度はパンツとして…
物語のゴミ箱 オゾン @ootaki
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