第38話 誰にも渡さない

本当は死にたくなかった。


彼を一人遺して逝きたくはなかった。


ごめんなさい。


――――、ごめんなさい。


私は――――を愛しているの。


ごめんなさい。あなたにだけ背負わせて。ごめんなさい。何も覚えていなくて。


たくさん傷つけて、ごめんなさい。




◇◇◇




目を覚ました私の目から一筋の涙が零れた。


とても悲しい夢を見ていた。


私の中で彼にレティーシャと呼ばれていた少女が泣いていた。泣いて、謝っていた。


愛した人を遺して逝ってしまったことを後悔していた。


彼女は彼と一緒に死にたかったのだ。


それほど愛していた男だけど、どうしてだろう。名前の部分だけが聞き取れなかった。


すーっと横から手は伸びてきて私の目からこぼれる涙を拭った。


「悲しい夢でも見ていたの?」


「‥…ノエル」


私が横になっているベッドは私のベッドではない。ここも私の部屋ではない。


寝室に彼が来て私を連れ去った。


薬でも使われたのか私は眠らされていたので移動手段までは分からない。


「今、何時?」


「もうすぐ夜明けだよ」


かなり眠っていたようだ。


あと数時間で私が部屋に居ないことがバレる。そうなれば、かなりの騒ぎになるだろう。


‥‥‥騒がない可能性もある。


でもエリザベート・バートリに殺されかけたと報告を受けた時の家族、主に義兄の様子から見るに騒ぐ可能性はある。


できたら放っておいてくれたらいいのに。


「いっ」


かぷりと首を噛まれて少し、血が出た。ノエルは私の首を噛んだ後、にっこりと微笑む。


「ダメだよ。俺といる時に俺以外のことを考えるのは禁止」


「ノエル、ここはどこ?」


「ん?どこでもいいじゃん」


ノエルは私の髪の毛を一房取って、指にから絡めて遊んでいた。


「私、帰らないといけないんだけど」


「だぁめ。帰さないよ」


笑えない冗談だ。


噛まれた首はわずかに血が滲んでいるがノエルがそれ以上に危害を加えるようなことをするようには思えない。だからか、誘拐されて、しかも誘拐犯が目の前にいるのに落ち着いている。


「どうして?」


「だって、スカーレットは俺のだから。このまま帰したら君は俺以外の誰かのものになっちゃうでしょう。俺はもう君が俺以外のものになっちゃうのが耐えられないんだ」


まるで私の運命が分かっているのかのように言う。


「私が誰のものになるって言うの?」


「さぁ?でも、そろそろ婚約の話が出てもいい頃合いだよね。従兄のシャノワール・シクラメン、ファーガスト第一王子、エドウィン第二王子、ユージーン第三王子。君は誰が良いの?そう言えば最近はお兄さんたちとも仲が良いよね。好きなの?」


前半の四人は繰り返し前の人生で一度は婚約を結んだ相手。その末路は最悪だった。だから絶対に彼らと婚約はしたくない。


次に義兄二人だが、論外だ。そもそも父親が同じ時点で結婚はできない。


仮にできたとしてもしたくはない。


私はブラッティーネ公爵家と極力、距離を置きたいと考えている。


「ノエル、苦しい」


息ができないほどノエルが私を抱きしめる。圧死させる気だろうかと本気で思った。


「許さないよ。君は俺のものだ。それは生まれる前から決まっていた。もし、君が俺以外の誰かのものになるなら君を殺して俺も死ぬ。今度こそ来世で一緒になろう」


「私は死にたくないわ」


私の言葉にノエルが妖しい笑みを浮かべる。


「君が俺のものになればすむ話だよ」


「私もよく分かっているわけではないから偉そうなことは言えないけど、愛とは強要するものではないでしょう。そんなふうに条件をつけて愛されたってきっといつかは破綻するわ」


「破綻ならもうしているよ」


「どういう意味?」


ノエルは答えなかった。代わりに啄むようなキスをする。相変わらず、ノエルの唇は冷たかった。

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