第39話 一生、愛さなくてもいいから‥‥
私がノエルに誘拐されてから一週間が経った。
ノエルは私にキスをするけどそれ以上のことをしてくることはない。
好きだと言うけど一線を越えることはしない。
私は部屋から出ることはできない。
鎖で繋がれるようなことはされていないけど部屋のドアにはカギがかかっており、唯一ある窓は嵌め殺しだ。
試しに椅子で思いっきり叩いてみたけど特別製のものらしく傷一つつかなかった。
部屋には洗面台もトイレも浴室もある。
食事は常にノエルが運んできてくれる。
私が時間を持て余さないように本を持ってきてくれたり、頻繁に様子を見に来ては話し相手をしてくれるので暇で死にそうということもないし、生活する上で困ることはない。
ただ、このままここに居続けて良いはずがない。
妾腹であろうと、疎まれた人間であろうと私はオルガの心臓を持った公爵家の人間だからだ。
外がどうなっているのかも気になる。
「スカーレット、外なんか見てどうしたの?」
窓の前に立って物思いに耽っていると食事を乗せたトレーを持ってノエルが来た。
ノエルの反応を観察して分かったことだけどノエルは私が窓やドアの近くにいることをあまりよく思っていない。逃げられることを懸念しているのかもしれない。
「ずっと部屋に閉じこもっていると気が滅入るのよ」
「外に出たいの?」
ノエルの目がどんよりと濁る。
こういう時のノエルは怖い。
「痛い、ノエル、手を放して」
トレーをテーブルの上に置いたノエルが私の元に来て体を窓に押し付ける。逃がさないとばかりに手首を掴んできた。
「俺から逃げるなんて許さないよ」
「ノエル」
「どこにも行かせない。逃げるなんて許さないよ」
「ノエル、逃げないわ。ただこのままここに居続けることが良いことだとは思わない」
「どうして?ここは安全だよ。君を傷つける奴なんていない。ここにいるのは俺と君だけだ。スカーレット、ここに来てから安心して寝れるでしょう。ここに来た時よりも顔色が良くなってる」
それは否定できない。
ノエルが私に危害を加えることはないとなぜか誘拐して監禁までしている人なのにそう思っている自分がいる。
どんなに優しい人でもこんなことをされれば信頼は失い、恐怖の対象となるはずなのに。
どうしても本気で彼を拒むことはできなかった。
「私とあなたの二人だけで完結させる世界が存在していいはずないわ」
「外の世界に何があるって言うの?君を不幸にしかない。
「ファーガストの時は拷問の末、殺された。エドウィンの時は剣で切り刻まれて殺された。ユージーンの時は崖から落ちて死んだ。シャノワールの時は硫酸をかけられて重度の火傷を負い、死んだ」
「‥…どうして、知っているの?」
それは私が味わった、今世ではなかったことになっている過去だ。そして今世を再び起こるかもしれない未来でもある。そうならないように細心の注意を払って生きてきた。
私だけが知っている。私だけの過去。
「ほらね、外の世界に君の幸福はない。君を不幸にするばかりだ」
ノエルは私の質問には答えず、私の頬を撫でる。
「ここにいなよ。ここにいれば俺が君を守ってあげる。もう二度とあんな目には合わせない。今度こそ俺と幸せになろう」
まるで迷子の子犬のようだ。
私は物理的な力では彼に敵わない。
彼は力で私に強制することができる。でも、そうはしない。
私の同意を求めている。
私をここに閉じ込めてもなお、私がいなくなることを恐れている。必死に私を繋ぎとめて、安心しようとしている。自分を保とうとしている。そんなふうに感じる。
私の死に方を知っているということはやはり彼は過去に私に関係している。どうして私が彼のことを覚えていないのかは分からないけど。
巻き戻し前の私に味方はいなかったから今よりも人嫌いだし、憎んでいると言っても過言じゃない。だからあまり関わった人間のことを覚えていない。彼のことを覚えていなくてもおかしなことではないだろう。
「ノエル、あなたに記憶があるのなら分かるはずよ。今の人生と今までの人生で変わってきていることがある。私は同じことを繰り返すつもりもないし、他の誰かのものになるつもりもないわ」
「じゃあ、俺のものになってくれる?」
「それは、あなたを愛してということ?なら今は何とも言えないわ。私は人を愛することがどういうことなのか分からない」
私の言葉にノエルは苦笑した。
「正直だね」
「あなたとは誠実に向き合いたいの」
「今すぐ愛して欲しいとは言わない。一生、愛さなくてもいい。ただ俺の傍に居て欲しい。俺と婚約して欲しい」
自分の願いは二の次。私を優先する彼が何だか悲しい。どうして自分を優先しないのだろう。どうして、『愛さなくていい』なんて言うのだろう。
「分かったわ。一緒に公爵と話しましょう」
ノエルはとても嬉しそうに笑った。
『一生、愛さなくてもいい』
彼は私に愛されることを諦めているのだろうか。
そう考えると胸が締め付けらえる思いがした。
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