強くなるのが遅すぎた!~超!大器晩成型魔法使いは魔王に見出され能力開花。今まで俺を見下してきたヤツらに復讐しながら世界征服

水無土豆

皆さん。体調には十分お気をつけてください。


 人類最後の防衛ライン〝エルモア城〟

 世界各国、選りすぐりの勇者たちが一堂に会し、打倒魔王を掲げ、反撃の狼煙ノロシを上げてから数時間──

 集まった勇者たちは、とある男の手によって、滅ぼされかけていた。

 男の名は〝ショウタ・ザ・ポンコツ〟

 親に、友に、学園に、村に、国に、人類に裏切られた男である。男は今まさに、自分を裏切ったすべての者に復讐すべく、エルモア城内を闊歩していた。



「──ショウタァ!」



 突如、エルモア城内の廊下に怒声が響き渡る。

 声の主は短髪で、目つきの鋭い青年。青年はもはや血の色か繊維の色か、区別がつかないほどの紅い絨毯の上に躍り出ると、ショウタをキッと睨みつけた。



「なんのつもりだ、テメェ……! こんな、フザケた事しやがって……!」


「おまえは……そうか。もういい。死にたいのならかかってこい。死にたくないのなら、そのまま失せろ」



 ショウタの静かな挑発に、青年は間を置かず、手に持っていた、身の丈程はある大剣をショウタ目掛けて振り下ろした。

 狙いは正確。

 剣を振る速度も、力も、全てがその他凡庸な使い手とは一線を画すほどの練度。

 しかし、青年の振るった大剣は、ショウタの体に触れることなく、霧散してしまった。



「く……そがッ! これほどの力を持っていながら……テメェ、ショウタ……俺たちを、人類を裏切るつもりか!」



 青年は刀身のなくなった剣を握りしめ、ショウタに向かって吠えた。

 一見、ただの負け惜しみにしか見えない青年の行動だったが、この言葉が、態度が、無知が、ショウタの逆鱗に触れる。



裏切るつもり・・・・・・……、だと!? ふざけるな! おまえらが……人類が、俺を裏切ったんだろうが!」



 ショウタは青年を一喝すると、一瞬にして青年の前まで移動し、首を鷲掴みにして、上へ掲げた。



「──燃えて死ねバーンアウト



 青年の顔はみるみるうちに紫色に変色していくと、突然、全身を黒い炎に包まれてしまった。叫び声を上げることなく、ショウタの手の中で悶える青年。

 やがて青年は、自身の体を木炭の如く炭化されると、そのまま息絶えてしまった。すでに手中にあるモノ・・に対して興味を失ってしまったショウタは、無造作に青年を足元に放り棄てると、再び歩を進めようとした。



「──ぐ……っ!? なんだってんだ、クソォ……!」



 突如、ショウタの脳裏に、さきほど息絶えたばかりの青年の顔が浮かぶ。

 それは青年とショウタの記憶。

 それは忌々しい過去の記憶。

 それはまだ、ショウタが人間だった・・・・・頃の記憶──



 ◇



 青年の名前はマクベル。

 ショウタが魔法学校で魔法を習っていた頃、よくショウタをイジメていた男子生徒だった。マクベルは昔から、自分よりも劣る者を見つけては、過激ないじめを行う男子生徒だった。

 ある日、マクベルの標的にされたショウタは、とあるパン屋に、盗みに入るよう命令された。そのパン屋には、美人と評判の看板娘メアリーが働いていたからだ。男子特有の、好きな子に悪戯をしたくなる現象。マクベルはショウタを使い、メアリーにちょっかいをかけようとしたのだ。

 当初、ショウタはこれを拒否したものの、二、三発マクベルに殴られると、嫌々、皆が寝静まった夜に決行することに決めた。

 しかし、結果は散々で、店に忍び込んでいたところをメアリーの父、パン屋の店主に見つかったショウタは、目が開かなくなるほど、その店主にこっぴどく殴られた。


 次の日、学園にてそれを知ったマクベルは、殴られたショウタを指し、『パンみたいだ』と嘲り、子分たちと共にショウタを揶揄った。

 やがてマクベルは『パンならしっかり焼いてやるよ』と言うと、ショウタの体に火をつけるよう、子分に命じた。


 マクベルは子分が、ショウタの服を軽く燃やす程度だと思っていたが、子分は加減を間違えてしまい、ショウタの服どころか、その全身を焼いてしまった。

 身を焼く炎から逃れようと、薄れゆく酸素を求めようと、必死に助けを請うショウタと、慌てふためくマクベルたち。

 やがてマクベルたちは、責任から逃れようと、炎に包まれたままのショウタを置いて、そのまま逃げ去ってしまった。

 炎に包まれ、腫れるまで顔を殴られ、目が少ししか開かないショウタがその時見たものは、マクベルたちの後ろ姿。


 それに深く絶望したショウタは、そのまま焼死してしまう……かに思われた。

 たまたまそこを通りかかった、魔法学校の教師が、ショウタを助けたのだ。

 辛うじて命は助かったものの、ショウタは魔王・・に拾われるその日まで、醜い顔の人間として、人々に後ろ指をさされ続けた。


 事の顛末だが、学園内で起きたボヤ騒ぎ・・・・で、ついにマクベルがお咎めを受ける事はなかった。マクベルは貴族の息子であり、それを知っていた、学園長が、〝ショウタ勝手に引き起こした事故〟として、処理したのだ。

 その結果、ショウタは不正に学園内で魔法を使った事により、停学を言い渡されることになる。



 ◇



「──どうしたのじゃ? 浮かない顔をしおってからに? その人間が、どうかしたのか」



 一人の少女がショウタの横から現れ、心配そうにショウタに声をかけた。ショウタは強張っていた顔をフッと緩ませると、少女の銀色の髪をワシワシと強引に撫でた。



「なんでもありませんよ、魔王様・・・



 魔王はショウタの手を払いのけると、その燃えるような真っ赤な瞳でショウタを睨みつけた。ショウタの顔にはもう、火傷による痕は残っていない。



「こ、こらー! わしを子供扱いすなー!」


「すみません、手ごろな場所に可愛い頭があったので……」


「ほほう? このわしを、可愛いとそしるか? 人間・・のクセに。オロカモノめ! バチを与えてやろうか? ん?」



 魔王はわざとらしく、大きな動作で腕を組むと、その青い頬を膨らませ、ぷりぷりと怒ってみせた。



「褒めたつもりなのですが……」


「魔王に対しての〝可愛い〟はむしろ侮辱と心得よ。ただ……」


「ただ?」


「ま、魔王ではなく、わし個人、〝ミネルヴァ〟に対しての可愛いなら、その……喜んでやらんこともないぞ?」



 魔王ミネルヴァ・・・・・は、口をツンと尖らせると、もごもごと口ごもってしまった。それを見たショウタは「フン」と鼻で笑うと、大仰に肩をすくめてみせた。



「おまえ個人に対してなら、なんの感情もわかねえよ。バーカ」


「こ、こらー! 魔王に対して、なんという口の利き方じゃ! 叱ってやる! そこへ直れー! 土下座しろー! 誠心誠意、謝れー!」


「……失礼いたしました。今のは魔王様に対してではなく、ミネルヴァに言った言葉ですので、あしからず」



 ショウタは急にすまし顔になると、うやうやしくミネルヴァに頭を下げた。ミネルヴァはそんなショウタを、悔しそうに、親指の爪をガジガジと噛みながら、睨みつけた。



「ぐ、ぐぬぬぬぬぬぬぬ……! あー言えば、こー言う。こー言えば、あー言う……!」


「──とはいえ、エルモア城……もとい、長年、魔王様を苦しめてきた人間共の攻略も、あと少しです。最後まで、気を引き締めていきましょう」


「おお! そうじゃったそうじゃった! 今わしら、人類を根絶やしにしている最中なんじゃった!」



 ぽんぽん。

 ミネルヴァがショウタの背中を軽くたたく。



「ほれほれ、屈め屈め」



 ミネルヴァに促されると、ショウタはため息をつきながらその場にしゃがみ込んだ。ミネルヴァはいそいそとショウタの肩に跨ると、操縦桿を握るように、ショウタの黒髪を掴んだ。



「ゆっけーい! ショウタ号、はっしーん!」



 ミネルヴァは楽しそうに言うと、足をばたつかせた。



「……ショウタ号って」


「目指すはエルモア王の待つ、玉座の間じゃ!」



 ショウタはめんどくさそうにのそのそ立ち上がると、ミネルヴァは対照的に「ハイヨー!」と、楽しそうに声を上げた。

 ショウタはもう一度、深いため息をつくと、目の前に転がっていたマクベルだったモノ・・・・・を、わざと・・・踏みつけて、先へ進んだ。



 ◇



「──のぅのぅ、時にショウタよ」


「はい」


「あと、人類側に残っておる勇者は何人くらいなんじゃ?」



 ショウタはミネルヴァに尋ねられると、指折り数えながら思索に耽った。



「……そうですね。目ぼしい人間は全て殺してしまったので、あとは──〝アイザック〟くらいでしょうか……!」



〝アイザック〟

 ショウタがその名を口にした途端、その周囲の空気がチリチリと音をたてて弾け始めた。


 ──怒り。

 ショウタの腹の奥底にある感情が、ショウタの魔力に反応し、そう作用しているのだ。ミネルヴァはショウタの様子に眉をひそめると、そのまま続けた。



「……なーんじゃ、つまらん。アイザックとやらはショウタの標的なんじゃろ?」



 ショウタは腹の底から昇ってくる怒りを必死に押し留め、呑み込み、ミネルヴァの問いに答えた。



「はい……! アイザックの始末は、是非ともこの俺に一任を……! 必ずや、惨たらしく殺して御覧に入れます……!」


「はぁ……ま、それは別にいいんじゃが……」


「ありがとう、ございま──」



 ぱちこーん!

 ミネルヴァが蚊を叩くような強さで、ショウタの側頭部を叩く。



「な、なにを……!?」



 叩かれたショウタは、突然の事に目を丸くして驚いたが、いつの間にか自身の中に渦巻いていた怒りが、息をするのも苦しかったほどの殺意が、雲散霧消している事に気が付いた。



「勇者のほとんどを、お主だけで滅ぼしておるではないかー! 暇で暇で、仕方ないんじゃが!」


「……魔王様以外はみな、きちんと働いてくれましたからね」


「ふん、わしは強いヤツにしか興味がないからの。露払いはお主と、お主の部下たちに任せておけばいいんじゃ。……なのに、骨のありそうな人間を次から次へと、殺しおってからにぃ……!」


「〝お主の部下〟って……、あいつらはそもそも俺のではなく、魔王様の部下ですけどね……」


「つーん。アンタレスも、アルデバランも、カストルも、ポルクスも、最近はわしの言う事よりも、ショウタの言う事を聞きおるからの! まったく、面白くない!」


「……まあ、それもこれも、俺の人徳のなせる業という事でしょう」


呵呵呵カカカ! よもや、人を辞めたお主が〝徳〟とのたまうか。……ショウタよ、もしや、わしを笑い殺す気か? ん?」



 もう幾度となく聞いた魔王の笑い声に、ショウタも頬を綻ばせる。



「……それで魔王様が死んでいただけるのなら、俺は喜んで道化を演じてみせますよ」



 そう言って、ショウタが歩を止める。

 ショウタたちは既に、エルモア城玉座の間の前──大扉がある部屋へとやって来ていた。扉の前には、金色の槍を持ったエルモア城近衛兵が二人、ショウタと魔王の行く手を阻んでいる。



「──悪魔と魂の取引を交わせし大罪人、ショウタよ!」



 近衛兵のうち一人が声を上げると、もうひとりのほうも声を上げた。



「我らが神君であらせられるエルモア国王は、すでにその寛大な御心にて、貴様の行いを水に流すと仰っておられる!」

「今ならの貴様の愚行も、そのほうの肩に載っている魔王の首を以てすれば、赦すと仰っておられる!」

「大罪人よ!」

「悪魔の子よ!」

「今一度問おう!」

「貴様にも在るであろう、一握の人心に語り掛けよう!」

「我らが軍門に下れ!」

「我らが神君を崇めよ!」

「これは最終通告である!」

「謹んで拝命せよ!」

「さもなくば、神君の御前に屍を晒せ!」



 ショウタは心底億劫そうに頭を掻くと、自身の肩に乗っているミネルヴァに話しかけた。



「どうします、魔王様? なんかあんな事言ってますけど?」


「呵呵! おそらく幾度となく練習したのじゃろうて。でなければ、あれほど流れるように、すむぅず・・・・に、淀みなく言える筈がないからのう。まったく、涙ぐましい努力じゃて。……それにしても、魔王たるわしの前で不遜にも〝神〟とのたまうとは。やはり、一度滅ぼしてやらんとわからんようじゃの」


「でも、あの人たち、魔王様の首を差し出すと許してくれるって言ってますよ?」


「呵呵呵! マジか! ウケる! ……なら、いっその事、わしの首でも差し出してみるかえ?」


「うーん、そうしましょうか。すみませんが魔王様、俺もう一度人間をやり直したいので、ここは俺の為に死んでくれませんか?」


「呵呵! 呵呵呵! ちょ、おま! ……マジで言ってる?」



 ──グチャ!

 まるで指の腹で蟻を潰すが如く、近衛兵の体が一瞬にして平らになる。



「──お戯れを。魔王様、ショウタ様。ここは敵の本丸にございます。……もそっとだけ、緊張感を持たれますよう」



 近衛兵を潰したのは、ショウタの身長の三倍はある大男だった。漆黒の鎧を身に纏い、頭には、水牛のような角が生えているヘルムをかぶっている。

 大男は自身の拳についた、近衛兵たちの血と肉片を拭き取ると、ミネルヴァとショウタに向かって、諫めるような口調で言った。ミネルヴァとショウタはこれに対して、「ごめんなさい。アルデバランさん」と、口を揃えて言った。



「まったく、なんと緊張感のない……よいですか、御両名。この扉の先には、おそらく人類を統べるエルモア王と、それを守護する勇者、アイザックがいます。決して油断召されぬよう。くれぐれも、お願いしま──」


「──のう、ショウタよ。ところでお主、帰りに何を喰いたい?」


「俺ですか? 俺は──」


「わしか? わしは串焼きじゃの! 牛の! それもタンがよいぞ! 舌じゃ! あの食べ応え抜群、肉厚な食感を甘辛いタレにくぐらせ、炭火でじっくりと焼き上げると……んー! 辛抱たまらぬ! 今日の晩御飯は串焼きで決まりじゃ!」


「嫌ですよ。あんなのゲテモノじゃないですか」


「げ、ゲテモノではなかろう! れっきとした可食部じゃ!」


「いや、だって舌ですよ、舌。そんなの食ったら牛とディープキスするのと一緒──」


「御両名ッ!!」



 アルデバランの怒号がエルモア城全体を揺らす。ミネルヴァとショウタは互いに互いの耳を塞ぎ合うと、おそるおそるアルデバランを見上げた。



「……敵ももう後には引けませぬ。ゆえに、思わぬ最後っ屁が飛び出してくる可能性も十分考えられます。今から扉を開けますので、出来るだけ厳粛に、静粛に、お願いしますぞ」



 ミネルヴァが上から、ショウタが下から、互いの顔を見合わせる。



「返事ィ!」



 再び、アルデバランの奇声とも呼べる怒号がエルモア城を揺らす。ミネルヴァとショウタの二人は観念すると、「ごめんなさい、アルデバランさん」をした。

 アルデバランは短く嘆息すると、エルモア城玉座の間──そこを守護する大扉の前まで行き、ゆっくりと扉を開けた。


 ◇


 こうしてショウタは難なく人類を打ち滅ぼすと、魔族の一員として、魔王たちと末永く暮らしましたとさ。

──────────

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