蚕竜‐紡糸蝶‐
「アンタがシスターの弟子? 情けない顔してるわね」
「……あんた誰?」
俺と師匠の家に突然押しかけてきた異国の少女は、俺を見るなりそう言った。
「私? 私はアイリス。竜学者よ、知らないの?」
「俺より小さいのに…?」
「身長は関係ないでしょ!」
いや、顔つきとかそっちも含めてなのだが………とりあえず成人には見えないので、身元の疑わしさはありながらも、犯罪者ってわけではなさそうだ。
「それで、シスターはどこよ?」
「シスターって、師匠のこと? それなら、確か……シンガポールで論文発表があるって」
俺は今回は留守番を命じられた。
竜学者の人の集まりなら行きたかったが、今回は長丁場らしく、施設の管理役が必要とのことだった。
「oops! すれ違いじゃない、せっかくついでに寄ったのに」
「そう言いながら、なんで座ってんのさ」
アイリスと名乗った少女は、馴染みの喫茶店の席を取るかの如く、リビングの椅子に腰掛けた。
一体どういう了見だ。
「お客様に紅茶の一つも出さないなんて、不出来な弟子ね」
「むっ……」
師匠の名誉のためだ、ここは従う他ない。
ただ、ムカつくので持てる技術と師匠の隠しているとっておきの茶葉を使って、この子をギャフンと言わせてやろう。
◇
渾身の出来になった紅茶を持って、キッチンからリビングに戻る。
するとそこには、青々とした葉っぱの山と、雪のように白くモコモコとした小さな丸い生き物がテーブルの上に置かれていた。
「それ……竜?」
「そうよ、見てわかるでしょう?」
そう言いながら、アイリスは葉っぱを一枚掴み、その白い竜の口元に差し出す。するとその竜はモソモソと啄むように葉っぱを
艶やかな短い白の体毛に包まれ、四肢や肉体は少し肥満気味に感じるほど丸々としている。アイリスに食事を与えられる様も相まって、生まれたての赤ん坊のようだ。
腹脚がある、ということは蟲竜だろう。よく見れば、頭部にはヒクヒクと動く毛の生えた触覚もある。
「……ダンゴムシ?」
「毛の生えたダンゴムシなんているわけないじゃない。全く失礼しちゃわね、シルキィ」
「ぷす」
シルキィ……?
「もしかして、カイコ?」
「そうよ、蚕竜のシルキィよ。ほら、ご挨拶」
「ぷしゅ」
アイリスの言葉を理解しているかのように、シルキィと呼ばれた蚕竜はこちらに顔を向けた。
会釈を終えると、蚕竜は再びアイリスの手元の葉っぱをもしゃもしゃと
「……って! どこから連れてきたのその竜!?」
「うるさいわねぇ。鞄に入れて一緒に来てたのよ。シスターに届け物があって」
彼女はテーブルの上に置かれた木箱を指さす。
中を覗いてみると、白い糸の束が敷き詰められていた。
「まあいいわ、シスターが戻ってきたら渡しておいて」
「なにこれ?」
「シルキィの糸に決まってるじゃない」
決まっていると言われても困る。
「蚕の糸ってことは……これ絹糸だよね」
「そういうことになるわね」
服飾に詳しいわけではないが、絹が高級品だということは知っている。結構すごい代物なのではなかろうか。
「……あれ、これ、溶けてる?」
「えっ?! 嘘!」
木箱の中の絹糸は幾つかの束が帯で結ばれているのだが、そのうちの一つだけがへにゃりとヘタっていた。
「日付はいつの?」
アイリスの質問の意図が分からず首を傾げていると、彼女は呆れたというようにため息をついた。
「帯に書いてある日付よ」
「それなら、半年前」
「一番古いやつね……持ってくるときはそんなことなかったから、移動中のこと、あるいは環境の変化?」
アイリスはぶつぶつと思考を口に出しはめる。
「あんたはどう思う? なんでもいいわ」
「えっと……一番古いっていうなら、劣化じゃないかな」
「そうね、それが一番可能性があるわ。シスターには悪いけど、研究室を借りるわね!」
「あっ、ちょっと!」
アイリスは俺の手元から溶けかけた絹糸の束をひったくり、家の奥に勝手に向かっていった。
「ちょっと! 私は機材の場所が分からないんだから、あんたもこっちに来て手伝いなさい!」
「えぇ……」
あのアイリスって子、師匠とは別の方向性で自由だ……でも。
「間違いなく竜学者だな、あの子」
「はーやーくー!」
「ああ、わかったよ、行くから実験室の物を勝手に触るなよ!」
さっき入れた紅茶のマグカップを両手に、俺も彼女の後を追って研究室に向かう。
たまに師匠の手伝いをしているので、一通りの使い方は知っている……はず。
◇
論文発表から返ってきた師匠に、勝手に実験室を使ったことを謝りながら、先日の一件について話すと、師匠は笑って許してくれた。
「アイリスはねぇ。私の育て親のところの見習いでね……私の妹弟子になるのかな?」
「ああ、だからシスターって」
「かわいいでしょ」
「師匠にそっくりです……」
「あら、私褒められた?」
勢いで色々とやっちゃったり、人を振り回したり、説明が時々足りない所とかの話です師匠。
「それで、糸の研究はできた?」
「さっぱりです……なんなんですか?」
「それは私も今はわからないかなぁ。それを調べるために持ってきてもらったわけだし」
なんか、また来るって言ってたな、あの子。
「あぁ、でも。弟子くん。一つ約束」
「はい?」
師匠が珍しく、真剣な目で俺の顔を見ていた。
「シルキィ……蚕竜のことは誰にも言っちゃだめだよ」
「なんでですか?」
竜のことは一般人には秘密だ。わざわざそう言うってことは、竜学者にも秘密という意味なのだろう。
「蚕って虫はね、人間が作ったの。野生の蛾を品種改良してね。だから、自然では生きていけない」
「……あれ? 師匠、確か『竜』って地球中の生き物達の『イメージ』が生み出した存在、ですよね」
例えば、火竜が生物が持つ火への恐怖や痛み、そして暖かさによって形作られているように。
それが『竜』だ。
では、「自然に存在しない生物」の竜を生み出すとすれば、そのイメージを作っているのは……。
「蚕竜はね……ヒトのイメージだけで作られた唯一の……違うね、最初の竜なの。だから、ちょっと取り扱いは気を付けないといけない」
そういうことか。
蚕竜は他の竜とは違う、特別な竜なのだ。
少なくとも、俺達人間にとって。
「竜を悪用しようとする人間、ってのは弟子くんも知ってるでしょ?」
「はい……」
そもそも、そういう人間のせいで、俺は師匠や、ガルと出会ったのだから。
「わかりました。約束は守ります」
師匠が一番恐れているのは多分、もっと怖いことだと思う。
人間のイメージだけで竜が生み出せるのなら……
いつかヒトは竜を造り出してしまうのではないか、そんな遠い未来の話。
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