茸竜‐レーゲンシルム‐


 雨が降っていた。

 木の葉を伝って、雨が不規則に地面に落ちる。


「止みませんね」

「だねぇ……」


 俺と師匠はフィールドワークに訪れた森の中の一際大きなモミの木の根元でじっとしている。

 葉っぱの隙間を縫ってたまに雨が頭に当たるが、まあ、それでもかなりマシな方。

 ザーザーとお盆を返したように降り続ける雨、半日前までは快晴だったこともあって雨具の準備をサボったのが運の尽きだった。


「やまないねぇ」

「そうですね……」


 なんかさっきから同じことばかり言ってる気がする。

 いつもは騒がしいくらいに元気な師匠も、雨の中ではそうではなかったらしい。

 そんな物静かな雰囲気を切り裂くように、ピシャリと閃光が天で瞬き、轟音が地面を揺らした。


「うわっ、水滴が一気に……」

「結構近くに落ちたねぇ」


 少し耳がキーンとなるほどの音だ。頭にかぶった雫を払いながら、落雷が落ちたらしき方向に目を向ける。雨のおかげか山火事の心配はなさそうだ。


「……弟子くん、ちょっとだけ気をつけて。足音が聞こえる」

「足音ですか?」


 耳を澄ませてみるが轟音の影響で小さな音は全く聞こえない。だが、その代わりそれはすぐに目の前に現れた。

 体高は3mほどか、ガマガエルのように横に広い口、ヒダのように余ったブツブツの皮膚。べちゃべちゃと音を立ててぬかるんだ土を踏み叩く水かきのある四肢。

 そしてその背中には赤、白、茶とどこかで見たことあるような無数のキノコが生え出していた。


「竜……」

茸竜レーゲンシルムこの森にもいたんだ」


 ガマガエルによく似たその竜は泥水溜まりを踏み遊びながら森を歩いていた。

 土砂降りの雨など気にした様子もない……というよりは頭や体に生えたキノコを文字通りカサにしているというべきか。

 俺たちの前を通り過ぎて行ったそれを見送り――


 そこからしばらくして、二匹目の茸竜が森の奥から現れた。


「え?」


 竜は基本的には群れないはずだ。というか、根本的に同じ種類の数が少なすぎて群れを作りようが無い、というべきだろう。

 例えば保護施設の鷲竜達は全員別の国で保護されたらしいし。

 だが、目の前に現れたのは間違いなく二匹目の茸竜。


「弟子くん。オニナラタケってキノコ。知ってる?」

「いえ、初めて聞きました……どんなキノコなんですか?」

「地球最大の生物」


 ……キノコが?


 俺の脳内に浮かんだのはクジラがキノコの傘の下にすっぽり収まっている偉くメルヘンな絵面。


「弟子くんが想像してるのとはちょっと違うけどね」


 違うのか。


「山一個に群生しているキノコ同士が繋がった地面の中の根みたいなものかな。その面積がだいたい8平方kmだったんだってさ」


 8平方kmとなると正方形で考えても……一辺が2800m前後。

 ちなみにシロナガスクジラが全長34mくらいなので文字通り桁が違った。


「……え? もしかして茸竜も?」


 この会話の流れはそうなるのが自然だろう。


「んー……それがね、茸竜はちょっと不思議というかなんというか。縄張りの中で増えるんだよ」

「竜って子供を産まないんですよね?」

「うん。竜が竜の卵を生むことはない、だから茸竜のは子供というより分身かな、同じ顔で同じ茸を背負ってる」


 そんな話をしているとさらに三匹目の茸竜がまたべっちゃべっちゃと足音を立てて前を横切って行った。


 同じ顔……同じだったか?


「ん? なんかさっきからみんな同じところに向かってない?」


 師匠は何かに気づいたように三匹の茸竜達が向かった先に視線を向けた。


「弟子くん、私ちょっと気になるから見てくる!」

「って、雨具ないんですよ?!」

「大丈夫大丈夫、わたし、丈夫だから」


 そういう問題じゃ無いです。と言いたいが好奇心に囚われた師匠には何を言っても無駄だろう。


「じゃあ、俺も行きます。俺も気になるので」


 気休め程度にフードを被って頭を守る俺と、そんなことすらせずに雨の中に飛び出していった師匠は茸竜達の列から少し距離を取りつつ、彼らの後を追っていった。


「ちなみになんですけど……」

「なにかな?」

「茸竜って凶暴だったりします?」


 本当に今更だが、大した準備もせずに追いかけているが相手が荒っぽい性格だったらマジでやばいのではないか。


「茸竜本体は危ない子じゃないんだけど……背中のアレがね」

「あのキノコですか」


 俺は5mほど先を子供のようにバチャバチャとわざと水溜りの上を踏み抜いて進む茸竜の背に目をやる。


「あのキノコ、成分が一個一個違ってて有毒なのも普通にあるからお腹すいても食べちゃダメだよ」

「食べませんよ……」


 そもそも竜の体の一部を食べるなど恐れ多い……。


「師匠、質問です」

「ハイ、何かな?」

「あのキノコって、茸竜の背中以外で培養とか出来るんですか?」

「胞子を採取して培養した研究者曰く……ちっちゃい茸竜ごと増えたらしいよ……」

「マジっすか」


 それはもう竜の体よりキノコの方が本体みたいなものでは無いか。


「他の樹竜……果物を作る林檎竜の果実を植えてもそうはならないらしいから、茸竜の個性だね。コレは」


 自力で増える竜……か。


「っと、足が止まったね」

「なんか、焦げ臭い。ですね」


 わずかにだが雨の中に燻った火種のような匂いが混ざっている。


「さっきの雷が落ちた場所っぽいね」


 と師匠は黒く焦げて裂けたモミの木を指さす。そしてその残骸の周囲には数えて6体の茸竜が取り囲んでいた。

 その輪の中に新たに一匹、俺たちが追っていた個体も混ざり、体をブルブルと震わせ始めた。それは水を払う犬のよう。実際に雨雫が周囲に飛び散るが、それに紛れて白い粉がぶわっと周囲に広がり。地面に落ちた。


「あれって、もしかして……」

「胞子を撒いている……みたいだね」


 七匹の茸竜達はそれぞれ思い思いに体を振るわせ白い胞子を周囲に振り撒いていた。




 3日後、俺は風邪をひいて熱を出した。

 師匠はピンピンしてるのが納得できない。


「はい、今日のお夕飯は栄養たっぷりキノコシチュー」

「いただきます……」


 パクりとクリームソースを纏ったマッシュルームを口に入れ、ふと昼間に調べたことを師匠に伝える


「そういえば、キノコは雷の落ちた場所によく生える。って俗説があるそうです。根拠は無いそうですが」

「へぇ。それは初耳」


 師匠もシチューをひとすくいして口に入れる。


「じゃあ、弟子くんの体調が戻ったらまたあそこにいってみようか。小さい茸竜が見られるかも」

「雨具の準備しておきます」



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