火竜ーフラムロードー


「38.3度、風邪だね」

「はい……」


 師匠は水銀温度計を振って救急箱にしまい、冷熱シートを額に貼り付けてくれた。ゲル状の冷却部の冷たさが朦朧もうろうとした頭を少しだけスッキリとさせた。


「昨日の北極で体が冷えたんだね。ごめんね、最近連れ回しすぎた」

「いえ、俺の体調管理の問題なので……」

「弟子くんの歳でそういう返しは可愛げないぞぉ」

「……ごめんなさい」


 師匠と出会った日にも同じようなことを言われたことを思い出し、自分が成長できてない事を痛感して思わず謝ってしまった。


「食べ物を買ってくるけど、何か欲しいものはある?」

「じゃあ……ミカンを」

「おーけー、それじゃあガルちゃん。弟子くんの看病よろしくー」

「がる」


 ベッド脇のテーブルの上にいたガルは頷くような一声を返し、部屋を出ていく師匠を見送った。


「がるる……」

「そのナゲットはいらないかな」


 自身の朝食を分けてくれるのは嬉しいが今は油物は辛い。


「お前が全部食べていいよ」

「……がる」


 枕もとに持ってきたナゲットを言われた通りに咀嚼そしゃくして改めてガルは俺の顔を見下ろしている。

 生まれたばかりの時は意思疎通を図るのにも苦労したが気づけば半年かそこらで人間の言葉はほぼ理解しているような態度を取るようになっていた。


「なあガル……お前ってさ。日本語以外もわかるの?」

「がう?」


 小首を傾げているのはどちらの意味なのだろう。

 今度師匠の知り合いに会う時があったら連れて行ってみようかな。


「……ちょっと寒い」


 熱に浮かされたぼうっとした感覚と体の芯が震えるような悪寒が同時に襲ってくる。


 ガルは少し考えた様子を見せてもぞもぞと俺の布団の中に潜りこみ、布団の中は一気に汗ばむほどの暖かさになった。

 ガルの表面温度は50度近いので湯たんぽやカイロを抱くような感覚。悪寒が少し引くと同時に、ガルが卵の時はもう少し小さくて今よりも表面温度は低かったことを思い出す。





「君が持っているその石は竜の卵だ」


 奇妙な石だと思った。ヤシの実ほどの大きさで黒い、炭の塊のような色、でも、ほのかに暖かかった。

 偶然拾ったその石の塊のせいで俺は軽く死にかけて…………そして、師匠に出会った。


「君の選択肢は2つだ」


まだ師匠は俺を「弟子くん」と呼ばず。俺もまだ「師匠」と呼ばなかった日の事。


「それをさっきのヤツらに奪われるか、私たちにそれを譲ってくれるか」


 俺が選んだのは第三の選択肢。


「面白いね、君……じゃあ、私の弟子になりなさい。竜の事、教えてあげる」


 そんな懐かしい夢を見た。




「ん……」


 いつのまにか眠っていたらしい。時計を見るともうすぐ夕飯の時間、昼食を丸々抜いたので酷い空腹だ。

 体も寝汗でベタつく……と思い布団から出した手が黒ずんでいることに気づいた。


「うぇ……おい、ガル……お前漏らしたな……」


 火竜の体液はほぼ油に等しい性質をしているので手触りは最悪だ。

 人差し指の先で狭い額をツンとついてすやすやと眠る赤子を起こすと、うつらうつらとしながら大きな欠伸をした。


「まだまだ赤ん坊かぁ……」


 暫くして自分の周りの布団が黒い染みを広げていることに気づいたらしいガルはすすすっと布団から抜け出して自身の巣箱に入っていった。


「弟子起きたー? …………弟子くん。その年でお漏らし?」

「違います、ガルです」


 犯人は結局、その日は巣箱に篭ったまま出てくる事はなかった。




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