遺灰章第2節「輪廻から逃れること能わず」

「ヴァネッサ、これはどういうことか説明してくれる?」

 アトランティスの教会に勤めているシスター達が、暖炉の前に集まっている。中心になっているのはヴァネッサ・シャロンとエイザ・アシュベリーの二人だ。うち、エイザの手には封をされた手紙が握られている。

「あなたはあくまでも彼女の給仕担当、手紙を書く必要があって?」

「それは……」

 エイザの威圧的な詰問に、ヴァネッサは口籠る。

「隠し通そうなんて考えない方が身のためよ。、だなんて」

 先刻、エイザはヴァネッサが暖炉に手紙を投げ入れようとするところを見かけた。暖炉に手紙を投げ入れるといえば、手紙を燃やすため。普通に考えれば確かにその言い分は通る。尤も、何の手紙を燃やそうとしたのかという疑問こそ残る。だが、エイザが問題にしているのはそこではない。

 そう。暖炉に投げ入れても、手紙が燃えることはなくある人物へ届けられるからだ。

「……私はただ不安になっている皆の力になりたいだけなんです」

 二人の様子に気づいて集まってきているシスターたちの視線に耐えかねたのか、ヴァネッサは正直に答えた。

「礼拝堂に集まっている住人たちは夜を奪われ、眠ることもできずに救いを乞い続けています。もうこれ以上、彼らのことを黙って見守ることはできません」

 パラダイムシフト発生以降、アトランティスでは相次いで超常現象が起きている。夜の闇を奪った黒い太陽や人々の失踪。不安に駆られた住民たちは、救いを求めて教会へとやってくる。そんな彼らの相手をするのが、ヴァネッサ達シスターの役目。

 しかし、彼女達は明確に住民を助けることはできていない。町で相次ぐ超常現象の真相はおろか、パラダイムシフトの原因すらも分かっていない。

「無垢なる真実を導き出し、迷える子羊たちへ答えを示す。それが本来の私たちの役目ではないのですか?」

 町の混乱を鎮めることもできず、失踪事件を解決することもできない。そんな無力さに打ちひしがれたヴァネッサは、何とか力になる方法を模索していた。

 そして、彼女が頼ったのは町に古くから伝わる偉大な家系の末裔だった。

「錬金術師のマリーさんなら、きっとこの町から出る方法を見つけられるはず」

 錬金術師グランチェスター卿は町の歴史と密接に関わっており、今も教会は孫娘を『開かずの間』で保護している。ヴァネッサはその給仕係を勤めていたため、開かずの間への連絡手段を知っていた。だからこそ、ヴァネッサは彼女に助けを求めようとしていたのだ。

 ヴァネッサの弁解には集まっていたシスター達にも思うところがあったらしく、徐々にヴァネッサではなくエイザの方へ視線が集まっていた。パラダイムシフトによる混乱を受けた苦労はその場にいる全員が味わったもの。ヴァネッサの葛藤と努力からの言葉は、よく理解できる。だからこそ、エイザがどんな判断を下すのかを固唾を飲んで見守った。

 エイザも視線に気づいたのか、少し肩を強張らせながら口を開いた。

「分かりました」

 とはいえ、シスターの中でも規律を重んじる厳格なエイザは、道を曲げるようなことはしない。

「ジェンキンス神父にこのことを伝えます」

 シスター達を束ねる上役でもある神父に委ねる。エイザは上手く穏便に収められる答えを出した。だが、ヴァネッサの処遇については不安が残るばかり。彼女も大人しく引き下がるつもりもなく、啖呵を切ろうと身を前へ乗り出す。

「それとヴァネッサ」

 しかし、エイザもすぐには立ち去らなかった。ヴァネッサへの忠告を付け加えるべく。

「私たちの役目はどれだけ苦しく哀れだろうと、それから目を離さず見守ることですよ。目を離した隙に彼らがどこかへ行ってしまうことを防ぐために。彼らのためにできることを探している内に手元から目を外せば、すぐにでも見失う」

 忠告はヴァネッサだけではなく、シスター全員へ向けたもの。

「私たちにできることは、彼らを見守ることだけです」

 厳しくも現実を突きつける言葉に、その場にいる全員が押し黙る。

 代わりに響いたのは、暖炉で燃える薪が崩れる音のみ。

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