葬送章第2節「決して綴られざる顛末」
超自然的現象の多発により混乱に陥った田舎町アトランティス。町の外に出ることができず、空に現れた黒い太陽は夜と闇を奪い去った。世界から孤立したような状況に不安を抱えた住人たちは、自然とある場所に集まっていた。
ラフト教会。アトランティスを統治する総督府が設置され、町の役所としても機能していた場所だ。人々は町が置かれている状況の説明を求めたが、総督府は一連の超常現象を『パラダイムシフト』と発表することに留まり、事の仔細にまでは触れなかった。結局、人々が超常現象の真相を知ることもなく、総督府側もどこまで把握しているのかは不透明のまま。それでも人々は教会に留まって不安を嘆き、あるいは祈りを捧げ救済を乞うのだった。
そんな教会の裏手には墓地があり、双方を繋ぐ勝手口がある。そこから出てきたのは、町の保安官であるジルとエンツォ。彼らは身柄を捕らえた不審な女性を総督府の命令で連行してきたところだ。
外はまだ雪とも灰とも言えない不可思議な天候で、二人は勝手口の雨除けから出ると傘をさした。
「ルミナ・ルミエール・ラナンキュラス、舌が絡まりそうな名前だ。お前は聞いたことあるか?」
「いいや。そんなことよりジル、彼女は本当に吸血鬼だと思うか?」
神妙な面持ちで問いかけてきたエンツォに、ジルは苦笑いを浮かべた。
「どうも怪しいんだよ。総督府があの女の身柄を要求したのも、何か理由があるんじゃないかって」
「おいエンツォ。いくら近くの農場の家畜が骨だけになったからといって、吸血鬼とは限らないだろ」
日頃からアトランティスで起きる不可解な現象は何かと神話と結びつけられることが多い。エンツォは信心深く、町に根付く神話にも精通している。そのせいか、彼はそういった話に特別敏感だった。
「そうか? でもなんていうか、もうこの町で何が起きても不思議じゃないと思わないか?」
「…………」
彼らが連行した女性に関する噂話をしていると、勝手口が開かれ中からシスターが現れた。二人の見送りに来たのだろう。
「彼女の身柄についてはこちらにお任せ下さい。お二人ともご足労をおかけしましたね」
礼儀正しく挨拶を済ませるシスターのヴァネッサ。ジルは灰の降る墓地を億劫そうに見渡しながら、こう返した。
「そっちも大変そうだな。わざわざ裏口を使うなんて」
というのも、教会には不安に駆られた人々が押し寄せている。正門はほとんど封鎖状態にあるため、こうして裏口を使う他になかった。そのことに触れられ、ヴァネッサはわずかに表へ意識を向けて言う。
「住民たちは酷く取り乱しています。こんな状況ですから、無理もないでしょうが」
『パラダイムシフト』がもたらした災いは計り知れない。こうしている今も降り続く灰もその一つであり、事態に直面し混乱しているのは保安官であるジルとエンツォ、延いてはシスターであるヴァネッサでさえ例外ではなかった。それでも彼らが平静を装うのは、保安官とシスターという立場があるからこそ。
お互いが持つ事情に理解があったジルは、少しでも力になれるような言葉をかけようとした。
「もし暴動とか、困ったことが起きたら言ってくれ。今の状況に俺たちができることは少ないが、できる限りの力は尽くすつもりだ」
ジルの気遣いを受け、ヴァネッサはなんと返すかを少しの間考える。それから、彼女は多くを語らず素直に頷いた。
「はい、とても心強いです」
不条理な現象の数々を今すぐ解決することはできない。ジルもヴァネッサもよく分かっているからこそ、お互いに支え合うことが必要不可欠だ。
「ですがツバキさんのことも考えてあげてください。きっと奥さんも不安なのは同じはずですから」
ようやく柔和な笑みを浮かべたヴァネッサだったが、ジルのことを気にかけることも忘れてはいない。彼女の言うツバキとは、ジルの妻のことだ。ツバキは教会のボランティア活動に率先して参加していたこともあり、ヴァネッサとも親交を持つ。言ってしまえば、ジルとツバキの出会いを知るのもヴァネッサであり、だからこそ気にかけている理由があった。
「あぁ、ありがとう」
ジルとしても気遣いはありがたいが、保安官として優先すべきこともある。自分たちは我慢することができるが、他人がそうとは限らない。
その時、隣にいたエンツォがこんな不安をこぼした。
「それにしても、町の外はいったいどうなってるんだ? もし世界中で同じことが起きてるなら、アズガナン連邦や王都クレイドルは何をしてる?」
もし、町の外に存在する諸外国にも同じ現象が起きているとすれば、世界的にも混乱状態にあるだろう。そうだとすれば、世界的に強大な力を持つ国々が動きを起こさないのは不思議なことだ。尤も、テレビやネットワークも遮断された以上、町の外の状況を知ることはできないのだが。
「さぁな。町のことですら手に負えないのに、町の外の心配をしても仕方ないだろ」
そもそもエンツォの問いかけは、答えを求めたものというより嘆きに近いもの。明確な答えを知ることなど、はなから期待してはいない。ジルもそれを分かった上で、肩を竦めて返した。
しかし、ヴァネッサは町の歴史を見守ってきたシスターらしい視点で、道を示そうとした。
「この町は数世紀に及ぶ歴史を持ちますが、何処にも外が介入する点はありません。その逆も然りです。同じ大陸に属しているとはいえ、この事件がアトランティスでのみ起きていることだとしたら、アズガナン連邦は触れようとも考えないでしょうね。たとえ、この町が地図から消えようとも彼らには関係ない。ですから、自分たちの力でなんとかする以外に道は残されていません」
ヴァネッサの言う通り、町の歴史は外に影響されず独自に築かれてきた。それはこれから先も変わることはない。
「少なくとも、総督閣下はそう考えられています」
アトランティスが総督府によって統治されているということが、何よりの証左となるだろう。
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