第34話 人犬一体⁈ 後編
「グァァァァァッ!」
飛び散る血飛沫と共に、狂える竜は悲鳴を上げた。
斬り飛ばされた傷口からドバドバと赤い血が流れ落ちていく。
いつもならすぐに再生が始まり、痛みなど感じることもないはずなのに、狂える竜は傷口を抑え痛みに悶えていた。
「爆発する前に攻撃が終わっていたから、跳ね返されなかった? ……なら!」
リンのイメージを受け止めたコタロウは、頭を下げたまま、地を這うような低い姿勢でカオスドラゴンへと駆け出し、背後から感じる重量級の地響きに狂える竜は苦し紛れの尻尾を放つ。
「コタロウ!」
太く強靭な尻尾の一撃……だがコタロウは臆することなく前に出ると、リンの合図と共に跳び、剣を斬り上げた。
コタロウ達を苦しめた尻尾が宙を舞い、遅れてリアクティブアーマーの爆発がリンに襲いかかる。だがリンは避けるでも防御するでもなく、ハンドルバーから手を離さない。
それはコタロウを信頼していたからであり、愛犬もまたそれに答える――
【フレキシブル・テール・シールド起動】
――柴犬特有の渦巻く尻尾が瞬時に盾となり、リンを爆発から守り抜く。
「まだだよ!」
剣を振り抜き、宙をまうコタロウは体の流れに逆らわず、空中で体を回転させながら着地すると、素早くカオスドラゴンの脇を駆け抜けた。
すり抜けざま、狂える竜の脇腹に剣線が走り、リアクティブアーマーが爆発すると、ウロコが散弾銃のように撃ちだされる。だが、すでにコタロウは攻撃の範囲外に走り去っていた。
距離を取ったコタロウが再び剣を構えると――
「グォォォォ!」
――流れるような連続攻撃に脇腹を斬り裂かれたカオスドラゴンは、さらなる痛みに苦悶の声をあげていた。
「コタロウの攻撃が効いているの? 傷も再生されない……この剣でなら倒せるかも」
「わん!」
『いけるよ!』と答える愛犬に、リンはうなずき返しアクセルを握る手に力を入れる。
「いくよ! コタロウ!」
「ワオォォォン!」
雄叫びを上げるコタロウ、それを見たカオスドラゴンは、痛みに耐えながらも息を大きく吸い込みだす。
爪や尻尾の攻撃が通用せず、リアクティブアーマーによるカウンター攻撃すら通じない。物理攻撃が無効ならばと、カオスドラゴンはブレス攻撃に打って出る。
たとえあの装甲と盾に防がれようとも、ブレスによる高熱のダメージならばと……。
「やばい、ブレスがくる! リン避けて! いくら装甲が厚くても、熱で溶かされるかもしれない!」
ハルカの叫び声……だがリンは臆することなくスロットルを回し、コタロウはそれに答えた。
【アニマドライブ……リミッター解除】
モニターに表示されるメッセージと共に、コタロウの体内で何かが激しく鳴動する。装甲の隙間から虹色の光が溢れ出し、口に咥えた剣もまた七色の輝きに包まれ、ひと回り大きくなる。
【ドライブ臨界点へ、カウントスタート 60、59、58……】
「これって……」
「わん!」
カウントダウンが始まる中、鈴は驚きに目を見張り、コタロウは準備万端とばかりに吼え声をあげる。
「やろう! コタロウと一緒なら、なんだって出来そう」
「ワオーン!」
頭を上げ天に向かって勇ましき声を上げたコタロウは、主人である鈴の声に応え走り出す。
「グォォォォ!」
左目は潰されて、左腕と尻尾を失い、首元に開けられた大きな傷に脇腹の斬り傷。全身から発せられる狂わんばかりの痛み……だがその痛み以上に、前から走り来る存在への怒りが、カオスドラゴンの体を突き動かす。
息を限界まで吸い込んだ狂える竜は、自分をこんな傷だらけの姿にした存在に、怒りと憎しみを込めたブレスが一気に吐き出される。
口から放たれる炎……それは赤い色ではなく、白い色をしていた。夜空に輝く白い星のような輝きのブレスだった。
一般的に炎の色温度は、赤色で約1500度、黄色は約3500度、白で約6500度と言われている。物質が熱で溶け出す温度を融点と呼び、世界で一番融点の高い金属タングスタンですら、3500度しかない。
つまりカオスドラゴンの怒りが土壇場で、この世に存在するすべての金属が溶け出す高温にまで、ブレスの温度を上げていたのだ。
迫る灼熱の白き炎……だが目の前に放たれたブレスを見ても、リンとコタロウは止まらない。
(立ち止まって防御しちゃダメ! 今から方向転換しても、広範囲のブレスは避けきれない。なら……前に進む!)
すでにカオスドラゴンの動きを見たリンには、勝利するための
頭を低く、体をコタロウに貼り付けるようにピッタリと付けたリンは、アクセルを全開に開き、コタロウと共に炎の中へ飛び込んでいく。
リアルで人が触れれば、たちまちに消し炭にされてしまうであろうブレスがリンに迫る。
するとフレキシブル・テイル・シールドが起動し、リンの頭上から覆いかぶさった。
まるで最初からそう設計されていたかのように、テイルシールドは、一ミリの隙間もなくピッタリとコタロウの背中に収まりリンを体内に収容する。
そして白き炎がコタロウに浴びせられる。ガッチガチの装甲がブレスに触れ、赤熱化するがコタロウは止まらない。
リンのイメージした通りに、コタロウはブレスの中を最速最短で駆け抜けていく。ブレスを浴び、装甲を溶かされながらも、愛犬は灼熱の炎を突っ切った!
カオスドラゴンの足元へコタロウは踊り出る。
「グァァァ!」
突如、ブレスの中から飛び出したコタロウにカオスドラゴンは驚き、一瞬の空白が生まれた。
その瞬間、背を覆うテイルシールドが跳ね上がり、伏せていたリンはハンドルバーを握ったまま立ち上がった。
「コタロウ!」
「ワオーン!」
【ドライブ臨界点まで残り……10、9、8】
コタロウの体から漏れる虹色の光が強さを増し、咥えた剣もまた、その輝きを増す。そしてまともに目を開けていられぬほどの輝きが、広間の中を満たす――
「いっけぇぇぇ!」
「ワン!」
【ドライブ臨界点まで残り……3、2、1】
――最後の数字が0になる寸前、リンの掛け声と共にコタロウは首を捻り、剣を振りかぶりながらジャンプする。
狙うは首元に露出する黒い
「グギャアァァァァッ……」
眩い光がすべてを飲み込み、焼き尽くす勢いで広がっていく。その光は音すらも消しさり、光に触れたカオスドラゴンの体は、蒸発するかのように消えていく。
やがて……視界が元に戻ると、そこには黒く焼け焦げた地面が広がり、リンとコタロウの姿しか残されていなかった。すると――
【ドライブ限界突破……強制リミッターオン、機体冷却のため、強制お座りモードへ移行】
――ディスプレイに文字が表示されると同時に、コタロウの各部装甲が『ガバッ』と開きお座りする。
すると装甲内部に備わった排気口から、勢いよく白い蒸気が噴き出した。
「か、勝ったのかな?」
「わう〜ん……」
「そうだ、クエストメニュー!」
リンはクエストメニューのことを思い出し、クエストが終わったかを確かめようとしたとき――
「フォッ、フォッ、フォッ、カオスドラゴンを討ち倒すとは重畳じゃ。だが、せっかく別世界から連れてきた奴を簡単に使い潰すのはもったいないの〜」
――リンの頭の中で聞いたことがない老人の声が聞こえてきた。
「えっ? こ、この声、誰?」
「グッゥゥ!」
その声にコタロウは敵意を剥き出しにして唸り声を上げ、強制お座りから無理やり立ち上がると、体の各部から異音が鳴り響く。
『強制冷却中断……警告、冷却が不十分なため、運動性能低下』
「飼い主を守るために命を捨てるか?……ふむ、いいことを思いついたぞ。さあ猟犬よ、ワシを楽しませておくれ」
「な、何? 猟犬? コタロウのこと?」
リンは頭の中に響く老人の言葉に、戸惑いの声を漏らす。
「ウゥゥゥ、ワン!」
「ホッホッホッ、そう怒るでない。これで最後じゃよ。そうさな……よし、特別じゃ。もしこれに勝てたのなら、この娘たちが望むアイテムをプレゼントしてやろう。悪い話ではなかろう。まあ、勝てたらの話じゃがな。ハッハッハッハッハッ!」
純粋で無邪気な老人の笑い声……それを聞いたリンはゾッとした。暗く冷たい、他人を害してもなんとも思わない、悪意に満ちた声に聞こえたからだ。
「さあ、ワシを楽しませてみろ!」
老人の声がリンの頭の中で響き渡ると、広間の真ん中に虹色に輝く魔方陣が浮かび上がる。
「な、今度はなに⁈」
「グゥゥゥ!」
敵意を剥き出しに魔方陣に警戒の声を上げるコタロウ……いや、正確に言うならば、魔方陣の中から浮かび上がってくる存在を警戒していた。
少しずつ浮かび上がるもの……それは異臭を放ち、身体中を腐らせながら蠢くものに、コタロウは吠える。
「ワン!」
「まさか、これって⁈」
虹色に輝く魔方陣から、現れたものを見て、リンは顔をしかめてしまう。
そこには、先ほどまで激闘を繰り広げていた狂える竜……腐り果てたカオスドラゴンゾンビの姿があったからだった。
……To be continued『灼熱の騎士 前編』
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