第33話 人犬一体⁈ 中編

 桜の舞い散り春……温かな日差しが窓から差し込み、動物のぬいぐるみが並ぶ部屋の中を明るく照らし出していた。


 家具や天井、フローリングはすべて木製で統一されたカントリー風の子ども部屋に置かれた、16kテレビの前で『ポケ〜』と、すずはネット動画を見ていた。


 休日の朝から見続けること三時間……せっかくの休みだというのに、少女は画面に流れる動画をただひたすらに眺める。


 体が思い通りに動かない難病に悩まされていた鈴は、はるかと出会うことで劇的な回復をみせ、いまでは普通に歩けるまでに回復していた。


 この春、無事に少学校に入学したのだが、あくまでも最低限の生活が送れるだけの話である。意図的に体の動きを抑制しなければ、まともに体が動かせない日々を送っていた。


 すると鈴は、リモコンのストップボタンをおもむろに押し、動画を止めるとスクッと立ち上がり、勉強卓の上に置かれたノートを丸め手にする。



「えと、両手剣の持ち方は右手をメインに、親指を立てて鍔においてっと……こうかな? これで両刃の向きをコントロールするんだね」




 鈴は、軽く丸めたノートを剣の柄に見立て、両手で握りながら頭上にかざすと、頭を腕でガードするように剣を構える。



「え〜と、相手の剣を自分の剣で受け止めた状態がバインドで、ここから次の攻撃につながるように考えながら、剣を動かせばいいの?」



 ぎこちない動作で鈴は剣をゆっくりと振りおろす。体の動きを確かめるように、何度か同じ動きを繰り返す。



「こ、これ……難しすぎて私にはムリかも」


 何度かノートを振り、動きを確かめていると、トタトタと階段を登って来る足音に気づき鈴は笑顔になる。


 足音のリズムから、誰が登って来たのかを判断した鈴は、丸めたノートを机に置く。すると『コンコン』と、誰かが部屋のドアをノックした。



「は〜い、はーちゃ『ガチャ!』ん、どうぞ」



 鈴の返事を待たずして、ドアは勢いよく開け放たれ――



「やっほ〜リン、勝手に家へ上がっちゃった。一緒に遊ぼ!」



――返事を待たず、元気いっぱい満遍の笑みで、部屋の中にはるかが入ってきた。



「うん。いいよ〜♪」



 親友が自分の部屋へ突然乱入……普通なら慌てるようなものだが、鈴はいつも通り慣れた様子で応えていた。


 それは鈴と遥の二人は一緒にいることで、病気が快方に向かったことに端を発していた。


 現在、二人の病気は完治した訳ではなく、いつ症状が悪化するのか誰にもわからない。


 いまの所、二人一緒にいることが最善と考えた遥の両親は、鈴の家の裏にある高級マンションに、いきなり引っ越してきたのである。


 病院を退院する日、仲良くなった鈴と遥の二人は離れ離れになる悲しみから、ワンワン泣きながら別れを告げた。


 だが鈴が家に帰宅してみれば、玄関の前で神先一家が引っ越しの挨拶を兼ねてお出迎え……突然のサプライズに、二人は再び歓喜の涙でワンワン泣いてしまったのはいい思い出である。


 それから月日は経ち、鈴と遥の二人には互いの家の鍵を渡され、いつでも家に出入りできるようになっていた。


 最初は他人の家ということもあり、ちゃんと玄関の呼び鈴を押していたのだが、今では互いの家に勝手にお邪魔するのが当たり前の状況になっていた。



「ん〜、なにして遊ぶ? ちょうど動画を見るのに飽きちゃったから、大歓迎だよ」


「動画? なに見てたの? アニメ? 最近はじまったマジカルガンマン☆ダンダダーン? あれ、おもしろいよ。魔法の二丁拳銃でバッタバッタと悪徳業者を打ち倒すのシーンがスゴくて……」



 鈴の言葉に、テレビの画面に顔を向けながら話す遥は、静止していた映像を見て固まってしまう。


 それはテレビに、いかついオッサン(脇毛ボウボウ)がレオタード(男性用)を着て、剣を振り下ろすシーンが写っていたからであった。



「リン……これは?」


「え〜と、『あなたにもできる、西洋剣術講座 初級編』だよ」


「いやいや、別に動画のタイトルが知りたいわけじゃないよ。なんでこんな動画を見ているのかってこと」


「あ〜、これ? お父さんとお母さんが『他の人の動きを見て真似すれば、体がもっとうまく動かせるかもしれないから見てごらん』って言われたから」


「へ〜、うまく動かせるようになった?」


「あんまり……。昨日はバレエやダンス、空手にボクシング、カポエラなんかも見たけど」


「え〜と、バレエやダンスはわかるけど、なんで格闘技なの? あとカポエラってなに?」


「ん〜、そっちは格闘技好きなお父さん推薦だよ。『人は優しさだけでは生きていけない。強くなければ』て、よくわからないとを言いながら、私のライブラリーに格闘技の動画をダウンロードしてたの。カポエラはダンスとキックを混ぜたような格闘技かな」


「リンのお父さん、格闘技好きなの?」


「若い頃は空手の通信講座で世界を夢みたって」


「リン、たぶんこの動画を見ても意味ない気がするよ」


「だよね……」



 二人は同時にため息をつくと、顔を見合わせて笑い合う。



「この西洋剣術もおじさん?」


「うん。いつ異世界に転移しても、生き延びられるようにだって……」


「……」



 鈴は苦笑いを浮かべながら答え、遥は困惑していた。



「でも体をどうすれば、どう動くのかは大体わかったから、勉強になったよ。練習すればいつかできるようになるかも」


「大人になっても、剣術を使う機会は一生ないと思けど……でもリンすごいね。動画を見ただけで体の動かし方がわかるなんて」


「えへへ〜」



 照れくさそうに笑う鈴を見ながら、遥は感心していた。



「私は洞察力っていうのが、他の人より優れているって言われてるから、そのせいかも。一度でも見れば、だいたいどんな風にすれば体を動かせるのとか、次にどう動くのとかわかるよ」


「ほんとに?」


「うん。じゃあ、はーちゃんジャンケン、最初はグー……」


「え、あっ、ジャンケンポン!」



 突然のジャンケンにタイミングを合わせて、遥がグーを出すと鈴はパーを出していた。



「ね♪」


「も、もう一回! 最初はグー、ジャンケンポン!」


 今度はチョキを出す遥……だが目の前には、グーを出す鈴の姿があった。


「まだまだ、ジャンケンポン!」



 その後、何回やっても遥は鈴に勝てなかった。



「リンすご! 世界一ジャンケン大会があったら、絶対に優勝するよ。あれ? じゃあなんで? 今までリンとオヤツ争奪戦でジャンケンを何度もしたけど、負ける時もあったよね?」


「アレは、目をつぶったり手の動きを見ないようにしていたの。真剣勝負でズルはいけないし」



「そ、そうなんだ……」

(真剣にやってたんだ……)


「うん!」


 屈託のない笑顔で答える少女の姿に、遥は思わず苦笑してしまう。



「とりあえず何して遊ぼっか? 私は宿題の算数ドリルは終わってるから、夜まで遊べるけど、リンは?」


「しゅ……宿題⁈ そんなのあったっけ⁈」


 鈴は顔を青くして慌てふためく。



「あったよ。算数のドリル二十ページ。てあ〜、そういえば算数の時間、リン半分寝てたかも?」


「はーちゃん、起こしてよ!」


「いや、リンのウトウト顔が可愛くて……放っておいた」


「どうしよう、まったくやってないよ。二十ページって、寝るまでに終わるかな⁈」


 オロオロする鈴、その姿を見て遥はクスリと笑う。



「まだ大丈夫だよ。わからないとこは、私が教えてあげるから」


「はーちゃん……ありがと〜」



 鈴は遥の手を握り、ブンブン振り回す。


「はい、はい。早く宿題を終わらせて遊ぼ♪」


「うん♪」



 こうして二人は仲良く机に向かい、算数の宿題に取り組みはじめるのだった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 それは美しい剣だった。


 長さ四メートルを超える長剣は、広間に降り注ぐ光苔の灯りを反射し、陶磁器のように滑らか地肌を晒す。


 剣は金属特有の硬質な白銀の色を放ち、敵を討ち倒す無骨な武器であるはずなのに、その姿は優美さを醸し出し、まるで芸術品のようだった。


 それは中世ヨーロッパにおいて、騎士が振るう剣に酷似しており、斬る以上に貫くことに重点が置かれたロングソードと呼ばれる武器に似ていた。


 唯一違うとすれば、人の手が持ちやすいようにされた持ち手が、デコボコにへこんでいたことだろう。


 およそ人が持つには不便な騎士剣が、リンとコタロウの前に虹色の輝きと共に現れた。



「これ、剣だよね? 大っきい!」


「わん」


 リンが驚きながら見つめる先には、剣身の長さ三.五メートル、柄の部分も含めれば四メートル以上もある、ゲームやアニメでしか見たことのないような巨大な西洋剣が地面に突き刺さっていた。



「これを使えばいいの? でもどうやって?」



 人ならば剣を手にできるだろうが、犬のコタロウでは無理な話だった。



「わん♪」



 すると愛犬はピョンと剣に向かって飛び上がり、剣の柄を口にすると、器用に剣を地面から引き抜く。


 奇妙な形をした剣の柄が、口に生える牙にピッタリと収まり、ボクシングで使われるマウスピースのように、コタロウは剣の柄をガッチリとくわえていた。


 ズシンと音を響かせながら大地に着地すると、素早く大剣を地面と並行にして愛犬は構える。



「あっ、それならコタロウでも持てるね♪」


「わん♪」


「あれ? 剣を咥えていても、声をだせるの?」


「わう〜ん」



 『出せるよ〜』と再び返事をするコタロウ……どうやら口の中にスピーカーが内蔵され、口を動かさなくても喋れるようだ。



「コタロウ……これがあれば、腹話術とか簡単にできて便利そう」


「わん♪」


「グギャアァァァァ!」



 すると戦いの最中、和気あいあいと話す二人を邪魔するかのように、カオスドラゴンの吠え声が広間に轟いた。


 コタロウの口から横に伸びる巨大な剣……それを見たカオスドラゴンは、剣から放たれる気配に恐れを抱き、それを振り払うかのように吠える。


 リンがその吠え声に顔を上げると、すでに狂える竜はコタロウに向かって走りだし、先制攻撃だと言わんばかりに凶爪を打ち出していた。しかし――



「コタロウ!」


「ワン!」



――リンは瞬時にカオスドラゴンの攻撃を見切り、ある動きをイメージする。


 それはかつて、両親の薦めで見たある動画の動き……それを瞬時に犬であるコタロウでも使えるように、最適化しイメージしていた。


 次の瞬間、コタロウは狂える竜の一撃を、剣の側面で受け止め、凶爪を剣の傾けた方向へと流してしまう。そして――



「バインド!」



――リンの合図と共に剣は跳ね、カオスドラゴンの攻撃はあらぬ方向へと弾かれてしまう。



「ワオーン!」



 攻撃を弾き跳び上がったコタロウは、空中で素早く体勢を整えると、首を捻りながら口にした剣を一閃させた。


 斜めに斬り下ろすような一撃が、カオスドラゴンの右腕にスッと入る。


 まるで熱したナイフでバターを切るかのように、抵抗なくウロコを切り裂き、そのまま二の腕から下を斬り飛ばしてしまう。


 あまりにも早すぎる斬撃と鋭さに、リアクティブアーマーは、斬り飛ばされてから反応し爆発していた。


 剣を振り抜いたコタロウは、そのままカオスドラゴンの後方に抜け、空中でクルッと向きを変えると、足を滑らせながら着地し動きを止める。


 そして頭を振り、剣についた血を払うと――



「グァァァァァッ!」



――飛び散る血飛沫と共に、狂える竜は悲鳴を上げた。



 ……To be continued『人犬一体 後編』

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