第2話 契約内容

 あぁ、いつも見る夢だ。

 真っ暗闇な空間、手には人の脚がある。

 触っている感触はあるが冷めていて、死体の肉というような感じしかない。だが、いつそれを見たかと言われると思い出せない。というよりも、そんな事をした覚えはない。

 両親もいたような、いなかったような。曖昧な記憶しかなく、考えるだけ無駄だ。

 覚めそうになるといつも聞こえる「お前は死んでいる」と。


 目を開けると、いつの間にか寝ていたのかとなるのが毎日。適当に身支度をしてばれないように小屋からでるのがルーティンだが今日は違う。

 いつもとは違う道を歩き、昨日約束した場所へ向かう。


「レイくん。遅かったね。今からすぐに向かうからうちの馬車のところまで行くよ」


 足を運び、カツカツと床を鳴らして歩く。俺はその隣に並ぶように。


「馬車? あんな高いもん使ってるなんて、お前なにもんだ?」

「お前? ガキがそんな口聞いちゃだめだよ。エレナさんと言いなさい」

「エレナ……さん」

「よろしい。それとかなり臭うけど、いつから入ってないの?」

「もう覚えてない」


 風呂なんて入れるような場所なんかない。川があればいいが今の時期はまだ早く水が冷たい。いや、遠いのも原因かもしれない。


「それじゃ、向こうについてから一番にすることは決まったね。馬車については、つまりはそういうことだよ」

「金持ちか」


 俺のつぶやきは誰の耳にも届かず、そのまま空へ消えていった。


「年齢とか聞いてもいいかな?」

「あー……多分、間違ってるかもしれないけど16かもしれない。俺が利用をしているギルド前にある時計台が出来たのが去年で10年。その10年前ぐらいに自分がどれくらいに生まれたのか知りたくて、調べたら6年経ってたから……」

「出生記録がちゃんと残ってるのは良かったね。年齢なんてあってもなくてもそんなに大事なもんじゃないから気にすることはないけどね」


 なんだそれ。どうでもいいなら聞かなくてもいいだろ。


「近くに停めておいて正解だったね。これがうちのだよ」

「でけぇ。本物は初めて見る」

「カッコイイでしょ」


 確かにカッコイイ。黒い馬が2匹。そのデカさは俺の身長よりも遥かに大きく、またぐとなると一苦労どころか、乗れなさそうだ。


「ちなみに馬を数えるときは頭でも匹でもいいらしいけど、今どきは頭だと思うから覚えておいてね」

「なんで……なんで分かったんだよ」

「なんとなく? とりあえず乗りなさいな」


 馬が引っ張るその乗り物に腰をかける。出発をすると、想像以上に揺れがすくない。

 しばらく乗っていると、エレナさんが口を開ける。


「昨日言っていた、契約したのは良いけど仕事の内容を教えていなかったね」


 隣りに座っていたが、前の席に座り直して話し始める。


「異世界人が仕事を奪ってるみたいな話をしていたじゃない?」

「言ったけど」

「都市部の方でもそれが問題になっていてね、大陸中に異世界人の死体がかなりの数が転がっていて、死体から能力を奪う能力者がいるらしくて困ってるのよ。そこで私達が立ち上げたのが、死体運搬業」

「死体運搬……?」

「そう。死体を運ぶだけの仕事。ね? 簡単でしょ? そして提供できるものはこっちから必ず出す。こんなに楽な仕事はないよ」

「俺、人の死体は見たこと……」


 ない。わけではない。いつも、人の脚を持っていたから大丈夫だと信じたい。


「どうしたの?」

「なんでもない。死体運搬業だってのは分かったけど、何かしら他にもあるだろ。そんだけで、贅沢できるなんておかしいだろ」

「そんなことはないよ? 嫌なら辞めてもらってもいいけど。その後、レイくんがどうなるか分からないよ」


 エレナさんの目は、見てはいけないものだと本能が叫んだが、視線をそらすことは出来ず、言い返すことも出来なかった。

 この人に逆らうのは辞めておけと言っている。


「もしその別の目的があったとしたら、そのタイミングで話すのが私だから気にしなくてもいいよ」


 その言葉を最後に数十分。


「この馬は他と違って、かなりのスピードで走れるように仕組んであるから、着くまであと一時間ぐらいだよ。そういえば、レイくんは町の外に出たり……しないか」

「まあ、しない……というよりかは出来ないといったほうが良いかもしれない」

「そりゃそうだよね。イスタリアって知ってる?」

「みんなが行きたがる大陸の大都市だろ? 聞いたことはある」

「その感じだと憧れはないみたいだね」


 そうに決まってる。毎日を生きるので必死な俺がそんなところへ行こうなんて思えば飢餓まっしぐらだ。でも、そんな大都市まで一時間ぐらいだなんてどんなスピードで走っているんだろうか。出たところから、三日四日は必ずかかる距離だと言われているのに。

 外を見ることは出来ない作りになっており、小さな小窓が左右上部に付いている程度だ。気にはなるところだが、下手に動かないほうが良いと勝手に判断をした。


「最後に一つだけ質問をしていいか?」

「いいけど……何か気になるところでもあった?」

「契約内容ってなんだよ」

「詳しいことは話していなかったね。内容はギルドみたいな書面での契約じゃなくて、私の力での契約になるから、破棄なんてしたらどうなるか分からないのが一つ。もう一つは私の……なんだろう、使い魔? みたいな感じとでも言えば分かるかな」

「あぁ、なるほどね」

「分かってくれたみたいで何よりだよ」


 その不気味な笑顔はやめてほしいと願いながら、残りの時間は馬車に揺られながら目をつむる。

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