第四十五話 文化祭当日/凪サイド

 星陵祭の日程は土日を使った二日間で、あたし達のクラスの出し物である『ロミオとジュリエット』の公演が、それぞれ一回ずつとなっている。やることを終えたあたし達もの作り班は、上演中は特にやることがない。せいぜいが場面に応じて舞台装置を動かしたり、キャスト陣がスムーズに舞台に出入り出来るようサポートしたりするくらいだが、それにしたって全員でやる必要はないので、どうしても手は余ってしまう。有事に備えて舞台袖で待機することにはなっているものの、正直リハーサルはとても退屈だったので、本番も似たような感じになるはずだ。


 そうして向かえた星陵祭初日。最後の最後まで亮輔の演技に文句をつけた演出の須賀のせいで、昨晩の練習は夜遅くまで続き、結局クラス全員が寝不足でこの日を迎える始末。おかげでクラス全体が妙なテンションとなり、お祭り気分に拍車がかかっている。あたしはあくびをかみ殺しつつ、スマホでLIMEライムを立ち上げ、改めて家族グループ宛にメッセージを送った。数秒後には既読がつき、返信が返って来る。どうやら今のところ、亮輔の両親も一緒に乗せた我が家の車は、順調にこちらに向かっているようだ。


 今日の公演は午後からなので、朝の点呼が終われば、上演準備の時間になるまでは自由時間となっている。一時解散の声がかかると同時に亮輔の確保に向かったのだが、それは皇も同じのようで、両隣から亮輔を挟む形になってしまう。そんな皇の様子にいささかの違和感を覚えつつも、歩き始めてしまえば、そんなことを気にかけている余裕はない。せっかくの文化祭だ。目一杯楽しまなければ損である。とは言え、今はまだどのクラスも開店準備中。星陵祭開始までは、もう少し時間がある。


「で? 亮輔君のご両親はいつ頃到着するの?」

「……来ること自体は把握してるんだ」

「もちろん。大事なことだからね」


 当たり前のように亮輔の両親の予定を把握しているところは、相変わらず恐ろしいが、流石に交通事情までは掴んではいないらしい。


「亮輔んとこの両親なら、うちの親が車で一緒に来るって言ってたから、渋滞とかがなければそろそろ着くんじゃないか?」


 昔から遠出する時は大抵、朝霧家と玖珂崎家は一緒に行動する。と言うのも、朝霧家には農作業用の軽トラが一台あるだけで、お出かけ用にはめっぽう向かないのだ。長年使っている軽トラはボロボロで、そろそろ買い替えを検討していると言う話を聞いたこともあった。


「……亮輔くんのご両親に会ったら、新車を一台進呈しておこうかな」

「いきなりそんなことされても萎縮するだけだからやめてあげて」


 こういうところは、やはりお嬢様と言ったところか。新車なんて決して安い買い物ではないのに、それを簡単に言ってのける。どこまで本気なのかは窺い知れないものの、皇ならやりかねない。後で牽制しておこう。


 そうこうしている内に、星陵祭開始を告げる校内放送が流れ、各クラスとも一斉に模擬店を開店し始めた。どのクラスともりすぐりの呼子よびこを動員して、大量の集客を狙っている。聞いた話では、アンケートで一位を取ったクラスには豪華景品が授与されるらしい。どうやら各クラスとも、それを狙っているようだ。


「やっぱり景品がかかってるとみんな張り切るんだね。何が景品なのかわからないって言うのに」

「そこはまぁ、もちろん景品は欲しいだろうけど。それよりも星陵祭自体を盛り上げたいって気持ちが強いんじゃないかな」


 地元の祭も大好きだった亮輔らしい回答。祭では店と客ではなく、全員が参加者なのだと言い張っていたくらいである。もちろん亮輔は食べ物系の出店を多く回るだろうから、あたしも今から楽しみだ。


「正統派から色物までいろいろあるけど、どこから行く?」


 事前に下調べはしてあったものの、こうしてパンフレットで見ると、やはりテンションが上がる。


「私としてはオカ研が気になるんだけどな~」


 あたしは「しまった!」と気持ちを引き締めた。女子たるもの、これを外す訳には行かないという大本命。それは――。


「占いか~。俺はあんまり興味ないけど……」


 そう。占いである。仲のいいクラスメイトの女子が言うには、特に恋愛方面に特化しているとのことなので、これを外す手はない。若干不自然になってしまうのはわかっているが、それでもあたしは声を張った。


「皇と気が合うなんて珍しいな! あたしもオカ研が気になってたんだ!」


 すっかり忘れていたなんて言えない。それでも、亮輔ならば、この意気込みは察してくれるはず。


「それじゃあ行く? オカ研」

「「行く!」」


 そういう訳で、三人で部室棟の一画を訪れる。まだ星陵祭は始まったばかりだと言うのに、そこには既に数人の女子が列を成していた。と、列に並んでいる女子のうちの一人――たぶん上級生――が亮輔の接近に気付く。そして皇、あたし、亮輔の順に視線を動かしてから、小さく舌打ちをしたのが聞こえた。嫌な感じだ。


「何かあんまり歓迎されてないみたいだけど」

「まぁまぁ、持たざる者のひがみってだけだから、気にしなくていいよ」


 皇は笑顔だが、あたしはかんさわったので、あまりそちらに視線を向けないようにする。あたしは占いの類はしてもらった経験がないので、どのくらいの時間がかかるのかわからない。試しに測ってみると、客一人当たり大体五分ほど。それでも客が捌ける速度よりも、列に人が並ぶ速度の方が速く、辺りはたちまち大渋滞となった。そうこうしているうちに順番が回って来たようで、あたし達は部屋の中に呼ばれる。


「おやおや。両手に花でお越しとは、いささか焼けますね」


 開口一番にそう言ったのは、制服の上に黒いローブをまとった女生徒。そして目の前にはイスが二つ。どうしたものだろう。これでは三人で座ることが出来ない。そんなことを考えていると、目の前の女生徒は脇に控えていた他の女生徒に話しかけ、もう一つのイスを用意してくれた。


「一応お伺いしますけど、何を占いましょう?」


 メニューには健康だの金運という項目が見て取れるが、大半の女子は絶対にこれを選ぶはず。


「「恋愛で!」」


 図らずも皇とタイミングが被ってしまったが、それはこの際どうでもいいだろう。オカ研の女生徒は、このやり取りで大よその事情を察したらしく、先を進めてくれた。


「わかりました。それではお三方のお名前を教えてください」


 それぞれが名乗り終えると、オカ研の女生徒は目の前の水晶玉らしきものに両手をかざし始める。随分綺麗な玉だが、本物だろうか。女生徒はそのうち、何やら呪文のような言葉を口にし始める。暗幕によって作られた暗闇の中、小さな明かりだけが周囲を照らしている光景も含め、いかにもそれっぽく仕上がっているではないか。これは内容の方も期待出来るかも知れない。あたしはいい結果が出るよう、心の中で必死に祈った。


「出ました。が、落ち着いて聞いてください」


 何やら物々しい雰囲気で前置きをする女生徒。何かよくない結果だったのだろうかと心配になる。


「まずは朝霧亮輔さん。あなたには女難の相が出ています。見たところお二人の女性と懇意こんいにされているようですが、これから先、もっと多くの女性に振り回されることになるでしょう」

「……はい?」


 もっと多くの女性。その言葉が妙に耳についた。ただでさえ皇は強力なライバルなのに、これ以上増えたら困る。


「なるほど。やっぱり彼女が介入してくる余地があるということか」


 皇は訳知り顔で受け入れているものの、あたしからすれば大問題。あたしは亮輔に詰め寄った。


「おい亮輔。まだ他に女がいるのか? そうなのか?」

「知らないよ。そもそも学校での様子は凪だって知ってるだろ?」


 今にして思えば、スーパーでのバイト仲間の女性も怪しい感じだった気がする。もちろんスーパーのバイトを辞めた今となっては無関係なのだろうが、いつどこで亮輔に目を付ける女子がいないとも限らないので、注意が必要だ。


「続いて玖珂崎凪さん」

「は、はい!」


 それでも、自分の名前を呼ばれれば、話を聞かざるを得ない。あたしは亮輔から手を離すと姿勢を正し、結果を聞く準備を整える。


「あなたには意中の男性がいると思うのですが、相手にはそれが上手く伝わっていないと出ています。もっと素直になってはいかがでしょう?」

「は、え? それここで言っちゃうの?」

「はい。そういうお店ですので」


 これには流石に驚いた。まさかこんな形で私の恋心が暴露されることになるなど、思っても見なかったからだ。


「それから皇琴音さん」

「はいはい」

「あなたからはとても強いオーラを感じます。その力は多くの人間に影響を及ぼし、運命を捻じ曲げるでしょう。だから決してその力を悪用しないでください」

「それって恋愛占いの結果じゃなくない?」

「そうですね。こちらはあくまで余談です。こと恋愛に関しては、あなたの右に出る者はいないでしょう。道を間違えなければ、意中の彼との未来は明るいですよ」

「なるほど。占いらしい、実に曖昧な答えだね」

「あくまで占いですからね。未来予知とは違います」


 一方の皇の方は、結果を聞いて満足気だ。もちろん、あたしは聞き逃さなかった。女生徒は皇の方が上手く行くと言い切ったのである。もちろん条件付であったものの、その結果はあたしを消沈させるには充分だった。


「最後になりますが、改めて朝霧亮輔さん」

「え? また俺?」

「はい。重要なことなのでよく憶えておいてください」


 だから、あたしはこの先の部分をあまりよく聞いていなかったのだ。聞いてさえいれば、ここが一番重要だったことにすぐに気付いただろう。しかし、この時のあたしには、そこまでの余裕がなかったのである。


「例えどれだけの女性と知り合ったとしても、最後に誰を選ぶかはあなた次第です。その決断が他の誰かを傷つけるものだったとしても、あなたは選ばなくてはならない。まぁ、そういったことが可能な海外に移住するという手もありますが、それでは決断力に欠けるとも捉えられかねないので注意が必要です。今はまだわからないことだらけでしょうが、まずはあなた自身の気持ちを大切に育ててあげてください。私からは以上です」

「は、はぁ」


 そういう訳で、あたし達の番は終了。正味五分ほどのことだった。


 オカ研の部室を出た後も、あたしの脳裏には先ほどの皇に対する占いの結果が渦巻いており、その後の行動に関してはろくに憶えていない。気付いた時には両親と合流していて、皇と亮輔の両親の出会いを邪魔することが出来なかったのだ。

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