第四十四話 文化祭当日/琴音サイド

 事前に確認した星陵祭の日程は、土日の二日間。次年度の入学志望者にも関わるかも知れない行事なので、学校側としてもかなり力を入れている様子だ。そんな中で、私達の公演はそれぞれ一回ずつ。最初こそ、教室での公演にして上演回数を増やすべきだという案も挙がったものの、そこは最初の発案者である冴島さえじまさんの意見が採用されて、今に至る。亮輔君は出番が減ったことに安堵すると同時に、より観客が多く集まるかも知れない環境に戦々恐々せんせんきょうきょうとしている様子だった。


 準備期間の最後の二日間で、何とか組みあがった舞台装置も交えて体育館での練習をこなし、ついに迎えた星陵祭一日目。昨晩は結構夜遅くまで学校に残って亮輔君の演技レベルを上げるためにみんなが盛り上がっていたので、今日は幾分寝不足だ。そのせいか、みんなどこか普段よりもテンションが高い。もちろんお祭りだからというのもあるのだろうが、これはどちらかと言うと徹夜明けのテンションというやつだろう。普段はあまり積極的でないクラスメイト達も、今日は随分と前のめりな感じだ。かく言う亮輔君もその一人。もちろん緊張はしているのだろうが、それよりもやる気がまさっているようだった。


 ともあれ、今日の公演は午後からなので、朝の点呼が終われば、公演準備の時間が来るまでは自由時間。解散の声がかかると同時に亮輔君に飛びつくと、反対側には玖珂崎さんの姿が。自分の気持ちを理解した今、尚更彼女に遅れを取る訳には行かないので、私は一層強く亮輔君の腕を抱きしめる。しかし負けまいとする姿勢は向こうも同じ。仕方がないので、そのまま構内を練り歩く。ちなみに、まだ星陵祭開始の放送が流れていないので、どのクラスも準備中だ。


「で? 亮輔君のご両親はいつ頃到着するの?」

「……来ること自体は把握してるんだ」

「もちろん。大事なことだからね」


 亮輔君との今後について細かい予定を立てた私は、彼の両親も同時に攻略するべく、その動向を注視した。各種の伝手を辿って彼の両親の予定を調べ上げた結果、今日、明日と東京に滞在することがわかっている。流石にリアルタイムで変動する交通事情までは把握出来ていないものの、恐らく玖珂崎家の保有する車に便乗して来るのだろう。


「亮輔んとこの両親なら、うちの親が車で一緒に来るって言ってたから、渋滞とかがなければそろそろ着くんじゃないか?」


 情報によれば、亮輔君の実家にあるのは、農作業に使う軽トラが一台のみ。汚れやへこみが多いので、遠出する時は大概玖珂崎家と一緒に行動しているとのことだ。


「……亮輔くんのご両親に会ったら、新車を一台進呈しておこうかな」

「いきなりそんなことされても萎縮するだけだからやめてあげて」


 高校を卒業する頃には亮輔君も免許を取れる訳だし、今の内に投資しておくのは悪くない。私は脳内で亮輔君に似合う車を思い浮かべる。あまり派手なのは亮輔君が気後れしそうだから除外して、それでいて将来性も踏まえた設計とデザインを考え、候補を絞って行った。


 そんなこんなしているうちに、校内放送で星陵祭開催のむねが伝えられ、各クラスが一斉に出店でみせを開始する。各クラスとも、りすぐりの呼子よびこを用意して来ているのだろう。確か、アンケートで一番人気にんきだった出し物をしたクラスには、豪華景品が授与されるのだったか。景品そのものにあまり興味はないが、一番人気というワードには惹かれるものがある。皇家に生まれた以上は、どんな環境、どんな相手であれ、一番を取ってこそ。たった二回の公演で一番を取るのは楽ではないだろうが、私としてはむしろやる気が沸いてくるというもの。早くも上演の時が楽しみになって来る。


「やっぱり景品がかかってるとみんな張り切るんだね。何が景品なのかわからないって言うのに」

「そこはまぁ、もちろん景品は欲しいだろうけど。それよりも星陵祭自体を盛り上げたいって気持ちが強いんじゃないかな」


 そういう亮輔君は、早くどこかのクラスの出店に入りたそうにソワソワしていた。もちろん、彼が食べ物系の模擬店を中心に事前にチェックを入れていたことは把握済み。こうして一般の学校の文化祭というものに参加するのは初めてだが、亮輔君と一緒なら、人混みだって悪くない。逆隣に玖珂崎さんがいるのが少々邪魔だが、それを口にしたところでケンカになるだけ。せっかくのお祭りだ。どうせなら最初から最後まで笑顔で過ごしたいものである。


「正統派から色物までいろいろあるけど、どこから行く?」


 パンフレットを眺めながら玖珂崎さんが言った。確かに、出店の種類は様々。どこから回るかは重要だ。


「私としてはオカ研が気になるんだけどな~」


 私とて事前にチェックしていた出店がある。それがオカ研ことオカルト研究会が開いている占いの店だ。話を聞く限り、相当の凄腕がいるらしく、毎年多くの行列が出来るのだとか。どうせ行くなら、行列が少ないうちがいい。


「占いか~。俺はあんまり興味ないけど……」


 亮輔くんはあまり乗り気でない様子だが、玖珂崎さんは思い通り食いついて来た。


「皇と気が合うなんて珍しいな! あたしもオカ研が気になってたんだ!」


 ついさきほどまでは、玖珂崎さんも食べ物系に心を奪われていた様子だが、私の意図を察したのだろう。多少不自然ではあったものの、こちらに方向転換して来る。


「それじゃあ行く? オカ研」

「「行く!」」


 そういう訳で、亮輔君を引き連れ、部室棟の一画までやって来た。まだ星陵祭は始まったばかりだが、そこには既に数人の女子が列を成している。列に並ぼうとすると、そのうちの一人――リボンの色からして上級生――が、亮輔君と目があった様子だ。その女生徒は、私、玖珂崎さん、それから亮輔君の順に視線を向け、小さく舌打ちをした。男連れだったことが気に食わないようである。


「何かあんまり歓迎されてないみたいだけど」

「まぁまぁ、持たざる者のひがみってだけだから、気にしなくていいよ」


 若干気まずそうにしている亮輔君に笑顔でフォローを入れ、そのまま列の最後尾に並んだ。もちろん後ろに並ぶのも女子ばかり。たった一人混じっている男子である亮輔君を見て幾分引け腰になっている女生徒もいたが、それは向こうの事情であって、私達には関係ない。黙って待つことしばし。ようやく私達の番がやって来る。


「おやおや。両手に花でお越しとは、いささか焼けますね」


 そう言って私達を出迎えたのは、制服の上から黒いローブを身にまとった女生徒。目の前にはイスが二つしかなかったので、その女生徒は別の女生徒を呼び出し、追加のイスを用意してくれた。


「一応お伺いしますけど、何を占いましょう?」


 そんなことはもちろん決まっている。


「「恋愛で!」」


 図らずも玖珂崎さんとタイミングが被ってしまった。しかし、そのおかげで、オカ研の女生徒はこちらの状況を察してくれたらしい。


「わかりました。それではお三方のお名前を教えてください」


 それぞれが名乗り終えると、オカ研の女生徒は目の前の水晶玉らしきものに両手をかざし始めた。恐らくイミテーションだろうが、そこはどうでもいいことだ。安っぽい内装もこれはこれで味がある。こういうのは雰囲気を楽しむものだと聞いているので、私はワクワクしながら結果が出るのを待った。いかにもそれらしい詠唱を聞くこと一○数秒。オカ研の女生徒は手を止めて、私達の方に向き直る。


「出ました。が、落ち着いて聞いてください」


 何やら物々しい雰囲気で前置きをする女生徒。亮輔君はその雰囲気に飲まれたのか、ゴクリと喉を鳴らした。


「まずは朝霧亮輔さん。あなたには女難の相が出ています。見たところお二人の女性と懇意こんいにされているようですが、これから先、もっと多くの女性に振り回されることになるでしょう」

「……はい?」


 亮輔君は混乱している様子だが、私はその一言を聞き逃さない。もっと多くの女性ということは、少なくとも玖珂崎さん以外の数名が亮輔君を狙ってくるということだ。その中には間違いなく、彼女が入っているはず。亮輔君ほどの逸材を、彼女が見落とすはずはない。


「なるほど。やっぱり彼女が介入してくる余地があるということか」


 となると、今後に向けて対策を練っておくべきか。流石に彼女が相手では、皇家の威光を持ってしてもやりこめることが出来ないのだから、注意が必要だ。


「おい亮輔。まだ他に女がいるのか? そうなのか?」

「知らないよ。そもそも学校での様子は凪だって知ってるだろ?」


 玖珂崎さんが亮輔君に詰め寄っているが、それくらいはさせておいても問題ないだろう。


「続いて玖珂崎凪さん」

「は、はい!」


 早速名前を呼ばれ、玖珂崎さんはサッと姿勢を戻し、女生徒に向き直った。


「あなたには意中の男性がいると思うのですが、相手にはそれが上手く伝わっていないと出ています。もっと素直になってはいかがでしょう?」

「は、え? それここで言っちゃうの?」

「はい。そういうお店ですので」


 今更のことなのに、玖珂崎さんは顔を真っ赤にしている。それをの当りにした亮輔君の反応を窺ったが、どうにも形容しがたい表情をしていて、今一どう思ったのかがわからない。


「それから皇琴音さん」

「はいはい」

「あなたからはとても強いオーラを感じます。その力は多くの人間に影響を及ぼし、運命を捻じ曲げるでしょう。だから決してその力を悪用しないでください」

「それって恋愛占いの結果じゃなくない?」

「そうですね。こちらはあくまで余談です。こと恋愛に関しては、あなたの右に出る者はいないでしょう。道を間違えなければ、意中の彼との未来は明るいですよ」

「なるほど。占いらしい、実に曖昧な答えだね」

「あくまで占いですからね。未来予知とは違います」


 所詮は占い。と思ってはいても、意中の彼との未来が明るいなどと言われれば、気もよくなると言うもの。私は「うんうん」と頷きながら、その言葉を噛み締めた。


「最後になりますが、改めて朝霧亮輔さん」

「え? また俺?」

「はい。重要なことなのでよく憶えておいてください」


 オカ研の女生徒はたっぷりとを作り、含みを持たせてから言う。


「例えどれだけの女性と知り合ったとしても、最後に誰を選ぶかはあなた次第です。その決断が他の誰かを傷つけるものだったとしても、あなたは選ばなくてはならない。まぁ、そういったことが可能な海外に移住するという手もありますが、それでは決断力に欠けるとも捉えられかねないので注意が必要です。今はまだわからないことだらけでしょうが、まずはあなた自身の気持ちを大切に育ててあげてください。私からは以上です」

「は、はぁ」


 今の亮輔君に、その言葉が意味するところを正しく理解できるかどうかはわからない。それでも、その言葉を受けた彼は、どこか晴れやかな顔をしていた。


 かかった時間は正味五分ほどだったが、それなりに有意義な時間だったと思う。それぞれ思うところがあるようなので、話を掘り下げるような真似はしなかったが、少なくとも私は、これから迎える公演の本番に向けて気合充分となっていた。

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