第四十三話 文化祭当日/亮輔サイド
星陵祭の日程は土日を使った二日間。俺達のクラスは舞台公演なので、体育館の舞台を使うことになっている。よって公演自体はそれぞれ一回ずつ。教室を使った小規模な公演であれば一日に何度も
そんなこんなで迎えた星陵祭初日。俺の演技に納得が行かない面々の意向で昨晩も遅くまで通し稽古をしていたので、クラス全員が少し妙なテンションでこの日を迎える。普段よりも更にハイテンションな陽キャ達と、お祭り気分に当てられたのか普段よりもテンションの高い陰キャ達。かく言う俺は後者に分類されるだろうか。連日の猛練習により若干の疲れを感じているものの、それを負って余りある高揚感に包まれている。この調子ならば勢いで二回の公演を乗り切れるのではないか。そんな風に考えていた。
ともあれ、公演の準備が始まるまでは自由時間だ。朝の点呼の後、一時解散の号令がかかるや否や俺の手を掴んだ皇さんと凪に挟まれ、校内を練り歩くことに。まだ各クラスとも開店準備中なので、みんな忙しそうにしていた。
「で? 亮輔君のご両親はいつ頃到着するの?」
「……来ること自体は把握してるんだ」
「もちろん。大事なことだからね」
いい加減慣れて来たが、親とはSNSでやり取りをしただけのはずなのに当たり前のように把握していると言うのだから、恐ろしいものだ。とは言え、流石にリアルタイムで変動する当日の交通事情までは把握出来ていないようである。
「亮輔んとこの両親なら、うちの親が車で一緒に来るって言ってたから、渋滞とかがなければそろそろ着くんじゃないか?」
そう。うちは遠出をする際には大抵玖珂崎家のお世話になることが多い。と言うのも、父が所有しているのが農業用の泥まみれの軽トラだけで、お出かけ用に使うのにめっぽう向かないからだ。
「……亮輔くんのご両親に会ったら、新車を一台進呈しておこうかな」
「いきなりそんなことされても萎縮するだけだからやめてあげて」
皇グループから贈られる車なんて言ったら、とんでもない高級車であることが予想される。そんなものがうちに来たって、そもそも私生活で使うのなら軽トラで充分なのだから、出番はそうそうない。宝の持ち腐れもいいところである。
そんなこんなしている内に、星陵祭開始を告げる校内放送が流れ、各クラスとも一斉に模擬店を開店し始めた。どのクラスとも
「やっぱり景品がかかってるとみんな張り切るんだね。何が景品なのかわからないって言うのに」
「そこはまぁ、もちろん景品は欲しいだろうけど。それよりも星陵祭自体を盛り上げたいって気持ちが強いんじゃないかな」
陰キャの俺だって、祭の時期となれば露店を楽しみにするくらいには祭好きである。今だって、各クラスの模擬店が楽しみでしょうがない。俺の場合は食べ物系の模擬店を中心に、事前にチェックを入れている。幸い、皇さんの執事になったおかげで軍資金は充分。貰った給料を無計画に使うつもりはさらさらないが、こんな時に多少の贅沢をするくらいは許されるだろう。
「正統派から色物までいろいろあるけど、どこから行く?」
凪の言う通り、文化祭の定番と言った店から、何をする店なのか名前からは想像もつかないところまで様々。二日間という日程を考えれば、全制覇することも可能だろうが。
「私としてはオカ研が気になるんだけどな~」
それを聞いた凪の目が一瞬鋭くなる。オカ研――オカルト研究会が出店しているのは占いの店だ。毎年恒例のことらしく、的中率が高いことで女子の間では有名のようである。
「占いか~。俺はあんまり興味ないけど……」
占いに興味を持つなんて、皇財閥のご令嬢も女子には変わりないと言う訳か。などと考えていると、突然凪が大声を出した。
「皇と気が合うなんて珍しいな! あたしもオカ研が気になってたんだ!」
いささか不自然ではあるが、凪が立派な女子であることはここ最近の言動で嫌と言うほど思い知らされている。連れの二人が興味を持っているのなら、俺としては行くのもやぶさかではない。
「それじゃあ行く? オカ研」
「「行く!」」
そういう訳でやって来た、部室棟の一画。まだ星陵祭は始まったばかりだと言うのに、そこには既に女子の列が出来ていた。と、その中の一人と目が合う。すると、その女子――たぶん上級生――は、皇さん、凪、俺と視線を動かしてから、小さく舌打ちをした。
「何かあんまり歓迎されてないみたいだけど」
「まぁまぁ、持たざる者の
笑顔でそれを流す皇さんと、無言の凪、そして若干居心地の悪い俺の三人は、列の最後尾に並ぶ。所要時間は客一人あたり五分と言ったところか。後から後から女子ばかりが並んで来る列で待機することしばし。ようやく俺達の番が来る。
「おやおや。両手に花でお越しとは、いささか焼けますね」
そう言って俺達を出迎えたのは、制服の上から黒いローブを身にまとった女生徒。目の前にはイスが二つしか配置されてなかったので、その女生徒は裏方役なのであろう別の女生徒を呼び出し、もう一つイスを用意してくれた。
「一応お伺いしますけど、何を占いましょう?」
俺は特に占って欲しいことはないので、二人の様子を窺う。すると、二人はタイミングを計ったかのように、同時に声を上げた。
「「恋愛で!」」
その一声で、オカ研の女生徒は諸々の事情を察したらしい。若干場違い感を憶えた俺は、小さくため息をつく。
「わかりました。それではお三方のお名前を教えてください」
それぞれが名乗り終えると、オカ研の女生徒は目の前の水晶玉らしきものに両手をかざし始めた。暗幕で日光を遮断した室内と、いかにもオカルトっぽい小物類、そしてライトアップの効果で、妖しげな雰囲気を醸し出している空間。何やら呪文のようなものを唱え始めた女生徒を尻目に、皇さんと凪の方を盗み見る。皇さんの方は実に楽しげだが、凪の方は何やら必死な様相だ。たかが素人の占いなんだから、そんなに必死にならないでもと思わないでもないが、ここでそれを口にするほど、俺は失礼な人間ではない。とりあえず謎の詠唱を聞き続けること一○数秒。手を止めて俺達の方に向き直った女生徒を見て、結果が出たのかと気持ちを切り替えた。
「出ました。が、落ち着いて聞いてください」
何やら物々しい雰囲気で前置きをする女生徒。その雰囲気に呑まれ、思わず俺もつばを飲んでしまう。
「まずは朝霧亮輔さん。あなたには女難の相が出ています。見たところお二人の女性と
「……はい?」
ただでさえ皇さんと凪に振り回されているというのに、今後増えるとはどういうことか。
「なるほど。やっぱり彼女が介入してくる余地があるということか」
皇さんは何やら一人で納得している。
「おい亮輔。まだ他に女がいるのか? そうなのか?」
「知らないよ。そもそも学校での様子は凪だって知ってるだろ?」
凪が俺に詰め寄ってくるが、少なくとも俺に興味を抱いて絡んでくる女子は、今のところ皇さんと凪の二人だけだ。スーパーのバイトを辞めて以降、俺の人間関係は専ら学校のみなので、新たに女性と知り合う機会が、そもそもほとんどない。それは凪もよくわかっているはず。
「続いて玖珂崎凪さん」
「は、はい!」
名前を呼ばれたことで、凪の意識がオカ研の女生徒の方に持っていかれた。
「あなたには意中の男性がいると思うのですが、相手にはそれが上手く伝わっていないと出ています。もっと素直になってはいかがでしょう?」
「は、え? それここで言っちゃうの?」
「はい。そういうお店ですので」
顔を真っ赤にして俯く凪。そうか。凪には片想いの相手がいるのか。ここ最近の凪の女子らしさは、そこに起因していたらしい。不思議に思っていたことの要因がわかりちょっと安心した反面、何故だか心の内がモヤモヤする感覚もあった。
「それから皇琴音さん」
「はいはい」
「あなたからはとても強いオーラを感じます。その力は多くの人間に影響を及ぼし、運命を捻じ曲げるでしょう。だから決してその力を悪用しないでください」
「それって恋愛占いの結果じゃなくない?」
「そうですね。こちらはあくまで余談です。こと恋愛に関しては、あなたの右に出る者はいないでしょう。道を間違えなければ、意中の彼との未来は明るいですよ」
「なるほど。占いらしい、実に曖昧な答えだね」
「あくまで占いですからね。未来予知とは違います」
一方の皇さんはその答えに満足したようだ。皇さんの意中の彼と言うことは、将来の皇財閥の跡取り候補か。それはまたドえらいポジションである。一体どんな人物ならば、その地位につけるのだろう。
「最後になりますが、改めて朝霧亮輔さん」
「え? また俺?」
「はい。重要なことなのでよく憶えておいてください」
たっぷりと
「例えどれだけの女性と知り合ったとしても、最後に誰を選ぶかはあなた次第です。その決断が他の誰かを傷つけるものだったとしても、あなたは選ばなくてはならない。まぁ、そういったことが可能な海外に移住するという手もありますが、それでは決断力に欠けるとも捉えられかねないので注意が必要です。今はまだわからないことだらけでしょうが、まずはあなた自身の気持ちを大切に育ててあげてください。私からは以上です」
「は、はぁ」
占いと言うのはこういうものなのか。思ったよりもまともと言うか、何だか人生のあり方を説かれたような気持ちになった。
かかった時間は正味五分ほど。案内役の女生徒によって手早く退出させられた俺達は、それぞれ思うところがあったからか、しばらく口が聞けずにいた。
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