第三十六話 ジュリエットの座を賭けて/凪サイド

 皇から向けられる視線に負けじと対抗する。相変わらず眼力のあるやつだ。あたしは日頃から部活で鍛えられているから何とかなるが、並の人間では見られただけで屈してしまうのではないだろうか。


「そうね~。やっぱりここはオーディションをするのが一番でしょ。審査員はクラスのみんな。今このクラスは偶数数人だから、誰か一人審査員から抜けてもらう必要があるけど……」


 皇はオーディションによる勝負を持ちかけてくる。ここで安易にジャンケンなどと言い出さない辺り、あたしの性格をよくわかっているではないか。現状、クラス票のほとんどは皇が握っている訳だが、それはそれでやりがいがあるというもの。相手は強ければ強い方ほど、やる気が出るのだ。


「オーディションか。やったことないけど、まぁいいぜ。その方が叩きのめし甲斐がある」


 あたしは皇からの挑戦に乗ってやる。と、そう言えば審査員の人数がどうこう言っていたが。


「それじゃあ審査員から抜けるのは亮輔にしよう。その方が後々禍根が残らないだろうし」


 言い出したのは輝崎だ。亮輔を審査員から外すという提案は幾分残念ではあるものの、亮輔からの一票はあたし達の中では特別な一票である。それを外すというのなら道理に適っていると言えよう。


「う~ん。まぁ、亮輔君がいないのはちょっと残念だけど、ぶっちゃけ亮輔君が審査員やるなら、審査員は一人でいいし。うん。私は異論ないよ」

「そうだな。これに関しては皇の言う通りだ。あたしも異論なし」


 亮輔の方を見ると、自分が審査員になかったことで安心したのか、ホッと胸を撫で下ろしていた。


「オーディション自体は俺が仕切らせてもらうよ。今日中にはオーディションに使うシーンを抜粋して台本にして渡すから、それぞれ準備に入ってくれ。オーディションは……そうだな。あんまり時間がないから一週間後にしよう。それまでは他の配役や裏方の人員を決めておくってことで」


 あたしが対抗馬として現れたことに驚いたのか、クラス全体がそれに関する会話で盛り上がり始める。何人かは、早くもあたしの応援に回ってくれそうな雰囲気だ。


「最初は皇さん一択いったくだと思ってたけど、対立候補が玖珂崎さんってことなら、普段とのギャップも含めてワンチャンありそうだな」

「そうか~? それだとジュリエットの方が身長高くなっちまうぜ?」

「そこは朝霧に厚底の靴でも履かせておけば済むんじゃね?」


 確かに、亮輔よりもあたしの方が背が高いというのは、舞台という観点で見れば見栄えがあまりよろしくない。普段から気にしている身長差がこんなところにまで影響してくるのかと、あたしは少しがっくりする。


「いっそ皇さんジュリエットの玖珂崎さんロミオで行っちゃえばよくない? あの二人なら全然ありでしょ」

「でもそれだと朝霧くんをロミオにって言う皇さんの意向に沿わないよ?」

「そこはさ、ほら。やっぱり朝霧君に説得してもらって」


 数名の女子達は何や他違う方向で盛り上がっているが、そんなのあたしも皇も納得するはずがない。何せロミオ役が亮輔であることが最も重要なのだから。


 と、そこでホームルーム終了の鐘が鳴った。塚本は慌ててクラスメイト達に声をかける。


「続きの配役決めは次回にして、ジュリエット役のオーディションに関しては輝崎君が主導で進めるということで! 以上、今日の話し合いは終了です!」


 それを聞いて、クラスメイト達は各々のグループへと散って行った。相変わらず、亮輔は一人。普段ならば真っ先に絡みに行くところだが、今はそれどころではない。皇は今もこっちを見ているし、あたしの方から目を逸らすのは躊躇ためらわれる。しかしながら、いつまでもこうしてにらみ合っていてもらちが明かない。『ロミオとジュリエット』についても調べておきたいところだし、あたしはポケットに入っているスマホに手をやる。ほぼ同時に皇も同じ行動をしてので、考えていることは同じなのだろう。次に瞬間にはお互いに視線を外し、スマホを取り出していた。


 はっきり言って、あたしはこの手の創作物に関して無知だ。流石に『ロミオとジュリエット』というタイトル自体は知っているが、どういう名前の人物がいて、どういう物語が展開されるのかは全く知らない。「ああ、ロミオ。どうしてあなたはロミオなの?」と言うセリフも知ってはいるものの、それが物語のどの辺りでのセリフなのかもわからないのだ。台本が届いてからでは、皇に先を越される。あたしは思いつく限りの情報を元に、スマホを使って『ロミオとジュリエット』に関する情報を集めた。


「モンタギュー家? 何か変な名前だな」


 キャピュレット家にしても、どうも言いにくい。恐らく架空の家名なのだろうが、どうしてこんなに言いまわしづらい名前にしてしまったのだろう。


「ええっと? ロミオが十七歳で、ジュリエットが……十三歳!?」


 何かイメージしていた感じと違い過ぎる。もっと大人な恋愛をイメージしていたのだが、実際は高校生と中学生の恋愛ストーリーのようなもの。いくら時代が違うとは言え、いくらなんでも両者とも若過ぎやしないか。


 ネットで調べられるだけ調べられるだけ調べてみたところ、どうやらロミオとジュリエットの家はお互いに仲が悪く、それ故に起こる悲恋なのだということがわかる。他にも、マキューシオだのロレンスだのという登場人物がいるのはわかったが、それに関しては割りとどうでもいい。重要なのは、あたしがこのジュリエットという役に立候補したということ。皇を差し置いてジュリエット役を演じるには、皇よりもジュリエットとして相応しいと、クラスメイト達に認めさせなければならない訳だ。そのためには、ジュリエットという人物をもっと知る必要がある。私一人では限界があるので、また詩音先輩を頼ることにしよう。


 調べて行くうちにあるシーンに関する情報が目に止まった。それは例の「ああ、ロミオ。どうしてあなたはロミオなの?」とジュリエットが呟くシーン。この後に続く言葉があることを、あたしはこの時初めて知った。


「っていうか、思ったよりも序盤でのセリフなんだな」


 勝手に、もっとクライマックス間近な場面かと思っていたのだが。どうやらそうではないらしい。しかも、ロミオとジュリエットは、密かにではあるが結婚までしているというではないか。二人とも、ものすごい行動力である。あたしには到底真似まね出来そうもない。


 放課後になり、輝崎から台本を渡された。パラパラとめくってみて、中身を確認。どうやら「ああ、ロミオ」から始まるシーンを抜粋したもののようだ。


「いいね~。いかにもオーディションっていう感じ」

「流石にあたしもこのシーンなら知ってるぞ」


 こうして、皇との真剣勝負の時が始まる。期間は一週間。泣いても笑っても、一週間後には直接対決だ。あたしは詩音先輩に連絡を取り、ことの次第をまるっと先輩に伝え、対策を練ってもらう。まず先輩が提案してきたのは、台本を読むのと同時に、『ロミオとジュリエット』を題材にした映画などを見てみてはどうか、ということだ。なるほど、確かに。既に過去に例があるのだから、それを参考にするというのはいいアイデアである。あたし達はレンタルビデオショップに駆け込み、それらしい作品をごっそり借りて、あたしの部屋で上映会を開いた。それぞれの作品によって多少解釈が違ったり、中には設定そのものが大きく変更されていたりしているのもあって、今一どれを参考にすればいいのか迷う。それでも、十三歳のジュリエットをあたしよりも年上であろう女優の人が演じていたりするのだから、それはそれでよくある話なのだと納得した。台本上ではジュリエットは十三歳という設定のままらしいので、演技は多少幼い感じにした方がいいのかも知れない。


 出来る限り詩音先輩に協力してもらいつつ、あたしはジュリエットの演技を突き詰めて行く。言葉使いも気を付けたし、立ち居振る舞いにも気を使った。練習の間は亮輔とはほとんど会えなかったが、これも全ては皇に勝つため。貴族のお嬢様になりきるためには、削れるものは全て削らなければ、そこには辿り着けない。そんな気がした。


 皇がどうしているかは全く窺えなかったが、皇だって手加減は一切しないだろうし、あたしはあたしで全力を尽くすのみ。それこそ寝る間も惜しんで練習に励み、ようやくあたしなりのジュリエットが完成する。オーディション当日の朝一で詩音先輩に目の下にファンデーションとやらを塗りたくられたのはともかくとして、準備は万端。後はあたしのジュリエットがクラスのみんなに受け入れてもらえることを祈るばかり。


「亮輔の隣に立つのはあたしだ」


 私は気合を入れ直して、その時が来るのを待つ。見たところ皇の方はいつも通りに見えるが、元々底の知れない相手だ。気にしていても仕方がない。


 そして迎える運命のホームルーム。輝崎の一声で、ついにその時を迎えたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る