第三十四話 ジュリエットの座を賭けて/亮輔サイド
にらみ合う皇さんと凪。両者ジュリエット役を譲るまいと言う気概は見て取れるが、果たしてどう決着をつけるのだろうか。
「そうね~。やっぱりここはオーディションをするのが一番でしょ。審査員はクラスのみんな。今このクラスは偶数数人だから、誰か一人審査員から抜けてもらう必要があるけど……」
一応まともな方法ではあるが、元々皇さんをジュリエットにと支持する人数の多いクラスだ。最初の時点で凪に不利な勝負である。しかし、そこは体育会系思考の凪だ。下手にジャンケンなどの簡素な勝負で決めるより、実力で勝敗を決するスタイルの方を好む。間違いなく、凪は皇さんの提案に乗るだろう。
「オーディションか。やったことないけど、まぁいいぜ。その方が叩きのめし甲斐がある」
案の定、凪は勝負を受ける気満々だ。さて、そうなると、誰が審査員から抜けるかだが。
「それじゃあ審査員から抜けるのは亮輔にしよう。その方が後々禍根が残らないだろうし」
言い出したのは隼人だ。俺としてはどちらかに一票を入れるという重圧がない分楽でいいが、果たして両者はそれで納得するだろうか。
「う~ん。まぁ、亮輔君がいないのはちょっと残念だけど、ぶっちゃけ亮輔君が審査員やるなら、審査員は一人でいいし。うん。私は異論ないよ」
「そうだな。これに関しては皇の言う通りだ。あたしも異論なし」
俺一人が審査員などと言う恐ろしい状況にならずに済んで本当によかった。
「オーディション自体は俺が仕切らせてもらうよ。今日中にはオーディションに使うシーンを抜粋して台本にして渡すから、それぞれ準備に入ってくれ。オーディションは……そうだな。あんまり時間がないから一週間後にしよう。それまでは他の配役や裏方の人員を決めておくってことで」
隼人が仕切りの位置に入ることで、クラス内もオーディション込みの予定に思考をすんなりとシフトしたようだ。元々お祭り騒ぎが大好きなのであろう陽キャ達は、早くも盛り上がりを見せている。
「最初は皇さん
「そうか~? それだとジュリエットの方が身長高くなっちまうぜ?」
「そこは朝霧に厚底の靴でも履かせておけば済むんじゃね?」
確かに凪の方が身長が高いというのは事実だが、俺の扱いが雑過ぎはしないだろうか。俺だってあと数年もすれば、凪の身長を抜くことも出来るだろうに。全く、今回の文化祭に間に合わないのが口惜しい。
「いっそ皇さんジュリエットの玖珂崎さんロミオで行っちゃえばよくない? あの二人なら全然ありでしょ」
「でもそれだと朝霧くんをロミオにって言う皇さんの意向に沿わないよ?」
「そこはさ、ほら。やっぱり朝霧君に説得してもらって」
女子は女子で某歌劇団的な思考になりつつある。こんなことで本当にオーディションは成立するのだろうか。
と、そこでホームルーム終了の鐘が鳴る。塚本さんは慌ててクラスメイト達に声をかけた。
「続きの配役決めは次回にして、ジュリエット役のオーディションに関しては輝崎君が主導で進めるということで! 以上、今日の話し合いは終了です!」
それを聞いたクラスメイト達はそれぞれ席を立ち、各々のグループに散って行く。もちろんどのグループに属しているとも言えない俺は、自分の席でスマホを取り出すことくらいしか出来ない。
「せっかくだから『ロミオとジュリエット』について調べてみるか」
ブラウザを立ち上げ、検索項目に『ロミオとジュリエット』と入力する。真っ先に表示された有名な情報まとめサイトをタップしてみたところ、先程まで黒板に書かれていた役名や、物語の概要が出てきた。読み進めていて驚いたのはジュリエットの年齢だ。
「一三歳!? 若いって言うか幼い部類だろ!?」
『ロミオとジュリエット』という演目自体は、舞台やら映画やらで度々取り上げられている訳だが、そのどれもを大人が演じているイメージが強いので、もっと年齢が上なのだと思っていた。「もうすぐ一四歳になる」というのが公式の設定らしいので、現代に照らし合わせれば中学生。ロミオの年齢が一七歳らしいので、高校二年生くらいの男子が中学二年生くらいの女子に一目惚れをしたと言うことになる。
また、ロミオの設定も大概だ。名門であるモンタギュー家に生まれたロミオは、最初、実家と仲の悪いキャピュレット家に連なるロザラインという女性への片想いに苦しんでいた。友人達に連れられ偲び込んだキャピュレット家のパーティーでジュリエットと出会い、お互いに一目惚れ。修道僧ロレンスの元で密かに結婚。直後に起きた街頭での争いで親友であるマキューシオを失ったロミオは、親友の
「え、俺、この役やるの?」
強引に決められてしまったこととは言え、やるからにはきちんとやろうと思ったものの、これはなかなかハードルが高そうだ。まずはもっとロミオに関して調べてみるのがいいだろう。
「そうだよ。お前がロミオ。そんで二人の女子がジュリエットの座を狙って争ってる」
そう言って肩を叩いて来たのは、他でもない隼人だ。その表情はどこか楽しげで、俺からすれば更に気が重たくなる。
「審査員からは外してやったんだ。どっちがジュリエットになっても、ちゃんと劇中では愛を囁いてやるんだぞ?」
確かに審査員をやらないで済むと言うのは大きいが、そもそもが主役など張れる気がしない俺だ。隼人の言葉にもぐったりと首を落すしかない。
「そうは言うけどさ~。今ちょろっと調べてみたけど、ロミオとジュリエットって結婚するんだろ? 何かイメージ湧かないって言うか」
物語の舞台となっている一四世紀のイタリアがどうだったかは知らないが、今は令和の時代である。晩婚化が進み、少子化にも拍車がかかっている現代。一○代の内に結婚のことを考える人間の方が少ないだろう。
「そこは台本通りにやればいいって。所詮は学生が作る舞台なんだから、プロみたいなクオリティーは要求されないよ。予算の関係で舞台装置もそう大したものは用意出来ないしな」
文化祭というその場限りの舞台である。そこに潤沢な予算など見込める訳もない。例えば演劇部ならその限りではないのかも知れないが、少なくとも俺達がやるのはクラス劇。予算も少なければ人員も少ないというのが事実。その中でいかにいいものを作るかというのが、目下最大の課題と言える。
「まぁ、俺は俺でがんばるとして、だ。あっちの二人のことはどうすればいいんだ?」
にらみ合いはひとまず終わったらしく、今はお互い静かに闘志を燃やしている様子だ。この後隼人がオーディション用の台本を用意することになっているから、それに備えてイメージを膨らませているのだろう。見ると、それぞれスマホをいじって、何やら調べ物をしているようだ。
「オーディションが終わるまでは、そのことには触れないで、いつも通り振舞ってればいいんじゃね? 下手に肩入れしようとすると、不公平になるだろうからな」
勝負と銘打っているからには、俺は公平な立場でいるべきである。問題は勝負が終わった後、負けた方にどう接するかになる可能性が高い。俺は俺でその時の対処法と、心の準備を進めておくのがいいだろう。
放課後になり、隼人から二人にオーディション用の台本が手渡される。こうして皇さんと凪の勝負は始まった。台本の内容はオーディション当日のお楽しみということで俺には教えてもらえず。食事など最低限の接触以外は、二人とも自室に引きこもるようになった。練習相手も、俺以外のクラスメイトに頼んでいるらしい。俺は審査員じゃないんだから関係ないのではと思うこともあったが、真剣そうな二人の様子を見ていると、わざわざ邪魔をするのも悪いという気分になり。結局、一週間後に控えたオーディションの当日まで、俺達はほぼ別々に過ごしていたのだった。
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