第三十三話 ロミオとジュリエット/凪サイド
せっかく勇気を振り絞った告白作戦が不発に終わり、気まずさで亮輔とまともに顔が合わせられなくなってから時は過ぎ、十月も終わり。とりあえず皇はこの状況を静観しているようなので助かるが、亮輔の動向が気になるところだ。亮輔がチラチラとこちらを気にしているような幻覚まで見え始めたので、あたしはそろそろやばいのかも知れない。亮輔に勉強を見てもらえなかったので、中間テストの成績も酷いものだった。辛うじて赤点は回避したものの、堂々と
そして今は星陵祭でのクラスの出し物を決めるホームルームの真っ最中。あたしとしてはクラスでの出し物は簡単なものにして、当日は楽をしたいという思いがあるが、ノリのいい人間が多いこのクラスのことである。きっと面倒な出し物に決まるに違いない。そんな風に思っていると、案の定クラス劇に票が集まり、我がクラスの出し物は『ロミオとジュリエット』に決まった。しかも体育館の舞台を使った大掛かりなもののようで、あたしは少々げんなりする。
適当に裏方でもやるかと算段を立てて我関せずを決め込み、ことの成り行きを見守っていると、実行委員の塚本が声を上げた。
「じゃあ、ジュリエット役は満場一致で
『ロミオとジュリエット』に関してはタイトルを知っている程度のあたしだが、タイトルにもなっているくらいだからジュリエットがヒロインなのは間違いない。皇は性格はともかく、あの見た目だから
あたしには関係のないことだ。そんな風に考えていた。皇があの一言を言うまでは。
「それじゃあ次にロミオ役だけど――」
「あ、ちょっといいかな」
塚本の言葉を遮って、皇が発言する。
「ロミオ役は亮輔君がいいな~」
「え?」
その言葉は、あたしの耳には一層はっきりと聞こえた。
「ん?」
当の本人は何が起こったのかわからないと言った様子だが、皇の言葉をクラスメイト達が聞き逃すはずはない。クラス中の視線が亮輔に集まる。
「え~、ロミオ役は
「そうそう。隼人君の方がかっこいいし」
「……俺はどっちでもいいけど、肝心の
輝崎がイケメンなのは認めるが、あいつの方がかっこいいと言う言葉は訂正して欲しい。少なくとも、あたしにとっての一番は亮輔であり、それ以外の男子は眼中にないのだ。
当の輝崎は皇の様子を窺っている。人気者の輝崎だが、流石に皇相手には気を使うようだ。しかし、ここはロミオ役を持って言って欲しいところである。『ロミオとジュリエット』のストーリーの詳細は知らないが、ロミオとジュリエットの恋愛ものなのは間違いない。とするのなら、仮に亮輔がロミオで皇がジュリエットに決まった場合、劇中のこととは言え、両者が愛の言葉を交わすこととなる。それは何だかどうしても我慢できなかった。
「亮輔君がロミオ役じゃないなら、私はジュリエット役を降りるよ」
皇がそんなことを言い始めたから、クラス内が騒然となる。当然私も気が気ではない。少なくとも皇の本気が伝わってきたからだ。
「ちょっと皇さん。流石にそれは無理があるって」
言い出したのは亮輔だった。元々大勢の人の前に立つのが苦手な亮輔のことである。いきなり主役を振られて混乱しているに違いない。
「どうして?」
皇はそれもお構いなし。首をかしげながら亮輔に問う。
「だって『ロミオとジュリエット』のロミオって言ったら花形だよ? 俺は『ロミオとジュリエット』のこと詳しくないし、演技の経験とかもないし、そんな大役振られても困るって」
「それを言ったら、私だって『ロミオとジュリエット』のことに詳しいとは言えないし、演技の経験だってないよ? まぁ、ピアノのコンクールとかには出たことあるけど」
ピアノのコンサートとかいかにもお嬢様と言う感じだ。うちもそれなりの名家であはあるが、どちらかというと放任主義と言うか、あたしの自由意志で決めさせられてきたので、お嬢様的な習い事はしたことがない。
「仮に何か役をやるとしてもさ、もっとこう……地味なキャラと言うか、出番の少ないやつとかで――」
「それじゃあ意味ないの。私は亮輔君のロミオを相手にジュリエットをやりたいんだもん」
皇が一度言い出したら聞かないやつだということは、今までの付き合いで嫌と言うほど思い知らされている。それに一々付き合ってやる亮輔も亮輔だが、その付き合いのよさが亮輔の魅力でもあるのだ。
と、ここで輝崎が声を上げる。
「それじゃあ、みんな。ここは皇姫の案を受け入れるとして、残りの役はどうする?」
流石はクラスの中心人物である輝崎と言ったところか。「隼人君がそう言うなら……」とか「皇さんには逆らえないしな~」と言う、消極的ながら賛同の声が挙がり始めた。
「ちょっと待った! 俺の意見は?」
珍しく亮輔が声を張っているが、やはり主役は荷が重いということだろう。上手くロミオ役を外れてくれると助かるのだが。
「他でもない皇姫の推薦だ。これを無碍に出来るほど、俺達の立場は高くない。もしどうしてもって言うなら、お前が皇姫を説得することになるけど?」
皇を説得するなど、誰にとってもハードルが高い。そんなことはわかりきっている。それがわかっているからか、皇は余裕綽々なしたり顔で亮輔に投げキッスをして見せた。むかつく。
「……わかったよ。で? 残りの役だっけ? どうやって決めるのさ」
「う~む。皇姫、何か要望はある?」
「亮輔君がロミオなら、後はどうでもいいよ」
ロミオ役が亮輔に決まった時点で皇は興味をなくしたようだ。完全に
しかし私にとってはそんなことはどうでもいい話だ。何せ主人公とヒロインが亮輔と皇に決まってしまったのである。これは由々しき事態だ。暢気に裏方などと言っている場合ではない。
「ちょっと待った!」
次の瞬間には、あたしは席を立ち上がり、待ったをかけていた。
「どうかしたの? 玖珂崎さん」
塚本も驚いた様子だが、これだけは言っておかなければなるまい。本当はそんなつもりは全くなかったが、ことここに至り、他に打てる手立てはないだろう。
「亮輔がロミオをやるなら、あたしもジュリエットをやりたい!」
これが皇との直接対決になることはわかっている。それでもここは引いてはいけない場面であると本能が告げていた。ここで手を伸ばさなければ、今後あたしの出番は訪れない。そんな気がしてならなかったのだ。
「へ~っ。亮輔君がロミオになった瞬間にやる気じゃない。あなたはジュリエットって柄じゃないと思うけど?」
「学校の文化祭でクラス劇としてやるくらいなんだから、そんなのはどうでもいいだろ?」
確かに皇ほどの花はないかも知れないが、あたしだって容姿は整っている方だと自負している。問題は亮輔よりもあたしの方が身長が高いことだが、それもクラス劇と言うゆるい
「まぁそうだけど。でも出来るの? あなたに演技なんて」
「そう言うそっちも演技は経験ないんだろ? なら条件としては同じじゃないのか?」
「それはどうかな。私は日頃から人前に立つことを前提に、
それはその通り。周囲の人間があたしをどう見ていようと、あたしはあたし。それがあたしのスタイルだ。それでも気をつけていることだってある。両親からも口を酸っぱくして言われていた。
「お前の言うことは
「そう? その割には、この間のテストでは赤点ギリギリだったみたいだけど?」
「何でお前があたしの点数知ってるんだよ!」
皇はやっぱり恐ろしい女だ。今回の中間テストの結果は亮輔にだって見せていないと言うのに、どうして皇が知っているのか。
あたしがそんなことを考えていると、輝崎が声を上げる。
「相手が皇姫とは言え、クラスの一員である以上、機会は平等に与えられるべきだよな? そうだろ? 皇姫?」
「……まぁ? 親の七光りで役を決められたとか言われても癪だし、私と勝負するって言うなら乗るけど?」
「そっちがその気なら、仕掛けさせてもらうとするぜ」
始まりは偶然だったかも知れないが、皇と直接対決の場を設けることが出来た。これはあたしにとっても大きな一歩なのではないだろうか。ここで勝利を掴むことで、今後の人間関係においてもイニシアティブを取ることが出来るかも知れない。少なくとも、この時のあたしは負けるつもりなど毛頭なかった。
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