第二十七話 想いはラブソングに乗せて/凪サイド
見られている。そう感じるまでに大して時間はかからなかった。
周囲から無遠慮に向けられる視線。その多くを占めているのは、やはり皇に向けられる視線だった。確かに皇は美人だし、スタイルもいいし、いいとこのお嬢様だ。芸能人と言われたら信じてしまいそうなほどの見栄えなのだから、少しずるいとも感じる。
一方。あたしに向けられているのは、主に女性からの視線だ。昔からそうだが、あたしはどうやら女性受けする顔らしい。中学生の頃に後輩女子から告白された時は大層驚いたものだ。そう言えば母親も妙に女性受けがよかったので、その血を引いているのだと思えば、なるほどと納得せざるを得ない。
それにしても、問題なのは亮輔に向けられる視線だ。具体的にこうと説明するのは難しいが、それが好意的な視線でないことは明白だった。何がそんなに気に入らないのか。文句があるのなら口に出して言えばいい。そうすれば、堂々と言い負かすことが出来ると言うのに。
と、ここでふと気付く。休日の昼間だと言うのに妙に歩きやすいと思ったら、どうやら周囲の人達がこぞって道を開けてくれていたらしい。どういうことかと思い改めて周囲を見回すと、皇の存在感に当てられているのだということがわかった。
無駄に美人なところもこういう部分では役に立つのかと、感心してみてはみたものの、やはりこのビジュアルは脅威でもある。何かの弾みで亮輔が見惚れてしまうなんてことがないとも言い切れない。今のところ何かを仕掛けてくる様子はないが、気を配っておいて損はないだろう。
亮輔と皇、双方の視線に気を配りつつ、歩くことしばし。集合場所に到着すると、もう一人の同行者である輝崎が、すでにそこにいた。
「おう、早かったな」
スマホを取り出して時計を確認すると、待ち合わせの時間までまだ少し余裕がある。イケメンが考えていることなどわからないが、思いのほか几帳面な奴なのだと、考えを改めることにした。
「皇さんのおかげでね。人混みも何のそのだったよ」
悔しいが、これに関しては事実なので口を挟む余地がない。
「流石は皇姫だな。私服もばっちり決まってるし、恐れ多い感じがひしひしと伝わってくるぜ」
流れるように皇の服装を褒める輝崎。こういうところは、亮輔も見習ってもいいかも知れない。
「やだな~輝崎君。褒めても何もでないよ?」
「皇姫から何かを貰おうなんてとんでもない。誘いに乗ってくれただけで感謝感激だよ」
身振り手振りが大げさなのはちょっと鬱陶しくもあるが、この程度はみんな少なからずやっていることだし、多少は目をつぶるべきか。
「それに、玖珂崎さんもいい感じじゃん? 普段とは違ってはっちゃけてる感じ? そういうのもありだよね~」
「そ、そうか?」
褒められること自体は悪い気はしない。しかし、出来れば亮輔から言われたかったものだ。そう思い、チラチラと亮輔の方を見る。
「亮輔は……いつも通りだな」
「悪かったな。いつも通りで」
「悪くはない。悪くはないんだけど……普通?」
「言われなくてもわかってるよ」
亮輔の服装と言えば、確かにいつもの恰好だ。亮輔はあまり服にお金をかけるタイプではないので、これがスタンダードな訳だが。
「そう言う隼人もいつも通りだよな」
一方の輝崎はと言うと、まるでファッション雑誌からそのまま出てきたかのような服装をしている。以前から亮輔に着せたい服装を考えるのに本屋で男子用のファッション雑誌を見ていたから知っているのだが、この服はそれなりに値段が張るやつだ。輝崎の懐事情には詳しくないが、この服装一式を揃えるのに、それなりに努力したのであろうことは窺うことが出来た。
「まぁ、俺の場合は多少見栄張ってる部分もあるけどな」
「そうかな~。輝崎君の場合はもっと服にお金かけてもいいと思うけど」
そう言い出したのは皇だ。確かに、輝崎の見た目ならば可能かもしれないが。
「マジかよ~。流石の俺もこれ以上普段着につぎ込む資金はないって~」
「もしよかったら割りのいい仕事紹介しようか? もちろん合法の範囲内で」
非合法の仕事など考えたくもない。皇が言うと洒落にならないので、口は出さないでおこう。
「う~ん。せっかくだけどパスかな。部活もあるし、今のバイトも結構気に入ってるしね」
部活もやっていると言うことは、バイトは休日の日だけになる。今の服を買うのだけでも、かなりきつかっただろう。亮輔の数少ない友人だというのは前から知っていたが、思ったよりも骨のあるやつのようだ。
「そっか~。輝崎君なら結構稼げると思ったんだけどな~」
「就職を考える段階になったら相談させてもらおうかな」
そんなこんなで目的のカラオケ屋の前までやって来る。あたしも友人達とよく利用する有名なチェーン店だ。今回は輝崎が代表ということらしく、真っ直ぐにカウンターへと向かっていた。
「とりあえず、フリータイム飲み放題でいいよな?」
「それっていくらくらいかかるんだ?」
そう言えば、亮輔はカラオケ初体験か。そう言うことなら料金体制を知らなくても無理はない。
「このくらい」
あたしにとっては最早見慣れた料金表。それを指差されて亮輔はホッと胸を撫で下ろしている。
「じゃあ、それで。二人ともいいよな?」
「私は構わないよ」
「あたしも~」
そういう訳で、揃って指定されて部屋へと向かった。四人で入って五、六人用の部屋に通されたのだから、どうやら部屋に余裕があったようだ。しかし重要なのはそこではない。問題はどの席に座るか。見ると、イスの数は二つ。部屋の左右にそれぞれ設けられている。
あたしは素早く亮輔の隣に陣を取った。だが、それは皇も同じで、亮輔を両サイドから挟む形になってしまっている。
「何で二人ともこっちに座るのさ!?」
「何でって、亮輔君は私の執事でしょ? だったら隣にいてくれないとだよね?」
「あ、あたしは亮輔の幼馴染だから、隣にいるのが当たり前なんだ!」
我ながら厳しい理屈だが、無理も通せば道理は引っ込むと言うものだ。
「まぁまぁ、いいじゃないか亮輔。二人がその方がいいって言ってるんだから」
「でもさ~」
「いいんだよ。大人しくそこに座っとけ」
輝崎のアシストもあって、亮輔はしぶしぶながらその場に腰を下ろす。
「誰から歌う?」
マイクの音量調整をしながら、輝崎が声をかけてきた。
歌う歌はもう全部決めてある。ラブソングばかりというラインナップは恥ずかしい限りだが、これも全ては詩音先輩と一緒に立てた計画の成就のためだ。誰も立ち上がらないのを確認しつつ、スッと腰を上げる。
「それじゃあ、あたしから……」
あたしは手早く端末を操作し、目的の曲を本体へと送信した。
画面が待機状態から切り替わり、始まるイントロ。胸がざわつく。これから歌うのは恋の歌だ。最初は何となく「好きな歌詞だ」とくらいにしか認識していなかったが、今ならわかる。この曲はあたしの状況そのものを歌っているのに近かったのだ。
歌いだしから音を外したらどうしよう。そんな考えも杞憂に終わり、あたしは伸びやかに歌詞を紡いで行く。
視線の先にはもちろん亮輔。画面を見る必要はない。あたしはこの曲をアカペラで歌えるほどに歌いこんできたから、今更歌詞を確認する必要がないのだ。
亮輔があたしの視線に気付く。本当は恥かしくてすぐにでも目を逸らしてしまいたかったが、ここで目を逸らしてしまっては、これまで準備してきた全てが無駄になってしまうのだ。あたしはより一層、歌詞に自分の想いを重ねて、歌い続ける。
たぶんあたしの顔は、今真っ赤になっているだろう。亮輔もそれに気付いているはず。それでもあたしは亮輔から目を逸らさない。皇の反応も気にかかるが、今大事なのは、あたしの想いを亮輔に伝えることだ。
そして迎える曲のラスト。あたしは亮輔に向かって手を伸ばし、全身全霊をかけて、その一言を口にする。
「大好きだよ」
結局は歌の歌詞に過ぎない。しかし、どうやらその効果は絶大だったようだ。
薄暗くてもわかる。亮輔の顔は今真っ赤に染まっていた。これまで一度も女として見られたことはなかったが、その初めてが今、この瞬間にやって来たのだ。
やってやった。皇に先んじて、あたしの想いの丈を亮輔にぶつけてやったのだ。後は亮輔がどう返してくるかだが――。
あたしはその瞬間が来るのを、今か今かと期待した。
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