第二十六話 想いはラブソングに乗せて/琴音サイド

 周囲の視線を独り占めして歩く道すがら。私は玖珂崎さんの動向に注意を払いつつ、人間観察をしていた。別に人間観察が趣味という訳ではないのだが、私とていつかは、皇家の人間として人の上に立つこととなる身。観察眼を磨くのには、こういった人混みは丁度いいのだ。とは言え、私が興味を引かれる人間などほとんどいない。目に入る人のうちの大半が私を遠巻きに眺めるだけの凡人であり、有力な人材に育つ人間とは思えなかった。みな多少の得意分野はあるだろうが、皇グループ傘下に引き込むほどかと言われれば、そうでもない。


 そこへ来て、亮輔君の何と輝かしいことか。本人に言っても信じないだろうが、彼ほどの輝きには、そうお目にかかれるものではない。あの夜、私に手を差し伸べてくれた勇気。私を皇家の人間だと知ってなお、変わらずに接してくれる度量。多少優柔不断の気はあるが、こうと決めたら貫き通す我の強い一面もある。彼が考える高校デビューは失敗に終わったかも知れないが、それももう過去の話。何せ私に見初められて、こうして私と一緒にいるのだ。これを人生の成功と呼ばずして何と呼ぶ。


 それに亮輔君だって、もう少しものの見方を変えれば、すぐに人気者になれる素質があるのだ。後は本人がそれを生かせるかどうか。私が手を貸せばすぐにでもそれは達成できるだろうが、それでは面白くない。才能は自ら開花させてこそ輝くのである。


 さて、そんなことを考えている最中も、私の存在感に気圧されて開かれていく道。今までは煩わしいだけだったこの現象だったが、亮輔君との外出という観点で見れば、実に素晴しいものではないか。この人混みにあって、私達は誰に邪魔されることもなく、すんなりと目的地に到着する。すると、もう一人の同行者である輝崎君が、待ち合わせ時間に大分余裕があるというのに、既にそこにいた。


「おう、早かったな」


 今回、亮輔君との休日外出のお膳立てをしてくれた功労者。軽く調べた範囲では、見た目の割にこれまでに異性と交際経験がないようである。それが彼の趣味によるものなのかどうかは判断がつかないが、少なくとも、亮輔君との仲は好調だ。亮輔君に目をつける辺り、彼もなかなかどうしていい目を持っている。


「皇さんのおかげでね。人混みも何のそのだったよ」


 私の能力が亮輔君のためになったというのなら、それは好ましいことだ。少し嬉しくなる。


「流石は皇姫だな。私服もばっちり決まってるし、恐れ多い感じがひしひしと伝わってくるぜ」


 亮輔君の言葉に答えつつ、こうして私の方にも気を使う様を見ると、流石はクラスの人気者と言ったところか。今の亮輔君にはない能力だ。


「やだな~輝崎君。褒めても何もでないよ?」

「皇姫から何かを貰おうなんてとんでもない。誘いに乗ってくれただけで感謝感激だよ」


 身振り手振りが多少大げさなのも、世界基準で見ればよくあること。別段気に触ると言うこともない。


「それに、玖珂崎さんもいい感じじゃん? 普段とは違ってはっちゃけてる感じ? そういうのもありだよね~」

「そ、そうか?」


 すかさず玖珂崎さんも褒める輝崎君。確かに、普段の彼女からすると、今日の服装は大分大胆だ。普段からクラス中のことに気を配っているからこそ出来る輝崎君の対応術。亮輔君が養うべき能力の一つである。


「亮輔は……いつも通りだな」

「悪かったな。いつも通りで」

「悪くはない。悪くはないんだけど……普通?」

「言われなくてもわかってるよ」


 亮輔君が着ているのは、いわゆるファストファッション系の店で売っているものばかり。彼の懐事情を知っていればそれも仕方ないと思えるが、確かに見た目の感想は「普通」以外の何者でもない。いつかは亮輔君にもまともな恰好をして欲しいものだ。そうすれば、今よりももっとかっこよく見えるに違いないのだから。


「そう言う隼人もいつも通りだよな」


 一方、輝崎君が身につけているのは、高級とは言わないまでも、それなりに名の知れたブランドの服ばかり。小物にまで気を使っている辺りは、なかなかに好感が持てると言うもの。亮輔君が着るには似合わないものばかりだが、こればかりは個人差があるから仕方がないだろう。


「まぁ、俺の場合は多少見栄張ってる部分もあるけどな」

「そうかな~。輝崎君の場合はもっと服にお金かけてもいいと思うけど」


 私は一つ提案をしてみる。彼の見た目ならば、もっと値の張る服でも充分着こなせるはずだ。


「マジかよ~。流石の俺もこれ以上普段着につぎ込む資金はないって~」

「もしよかったら割りのいい仕事紹介しようか? もちろん合法の範囲内で」


 私は頭の中でいくつかの仕事を思い浮かべる。彼の見た目を生かすならば、やはりファッションモデル辺りか。それに触発されて、亮輔君もファッションに目覚めてくれれば、私としては万々歳である。


「う~ん。せっかくだけどパスかな。部活もあるし、今のバイトも結構気に入ってるしね」


 輝崎君のバイトと言うと、コスプレカフェのキッチンだったか。彼にして見れば、趣味と実益を兼ねたいい職場だろう。


「そっか~。輝崎君なら結構稼げると思ったんだけどな~」

「就職を考える段階になったら相談させてもらおうかな」


 彼は何かと役に立ちそうだし、卒業後もこのまま人間関係をキープしておくのはありかも知れない。そんなことを考えながら歩いていると、目的地であるカラオケ屋に辿り着いた。都会を中心に大規模展開しているチェーン店。練習はしてきたつもりだが、果たして上手く歌うことが出来るだろうか。


「とりあえず、フリータイム飲み放題でいいよな?」

「それっていくらくらいかかるんだ?」


 この手のチェーン店の相場は大体決まっている。


「このくらい」


 輝崎君が指差した先。壁にかけられた料金表を見れば、なるほど納得の金額だった。


「じゃあ、それで。二人ともいいよな?」

「私は構わないよ」

「あたしも~」


 と言う訳で指定された部屋までやって来る。初めて入るので詳しくは知らないが、やや薄暗いのは仕様なのだろうか。五、六人が入れそうな空間は、中央にテーブル、左右にイスが設けられている形状だった。


 私は間髪入れずに亮輔君の隣の席をキープする。しかし、それは玖珂崎さんも同じ考えだったようで、一方に三人。向かい側に一人と言う、何ともバランスの悪い状況になってしまった。


「何で二人ともこっちに座るのさ!?」

「何でって、亮輔君は私の執事でしょ? だったら隣にいてくれないとだよね?」

「あ、あたしは亮輔の幼馴染だから、隣にいるのが当たり前なんだ!」


 私はともかく、玖珂崎さんがここまで張り合ってくるというのは実に怪しい。前々から思ってはいたが、この執着の仕方は、ただの幼馴染のそれではないだろう。


「まぁまぁ、いいじゃないか亮輔。二人がその方がいいって言ってるんだから」

「でもさ~」

「いいんだよ。大人しくそこに座っとけ」


 訳知り顔の輝崎君は、亮輔君をなだめて、その場に座らせる。輝崎君が何を考えているのかはわからないが、これで亮輔君も観念するだろう。


「誰から歌う?」


 輝崎君がマイクを準備しながら言った。どうやら亮輔君はトップバッターに名乗り出る気はないようだ。そうなると、残りの三人のうちの誰かがやる訳になるが、どうしたものか。


 などと考えていると、玖珂崎さんがスッと立ち上がる。


「それじゃあ、あたしから……」


 手馴れた様子で端末を操作する玖珂崎さん。彼女は何度もここのカラオケに来たことがあるのだろう。と、ここで嫌な予感がした。具体的に何が、と言う訳ではない。ただ漠然と、このままではよくないという感覚が押し寄せてくる。


 流れ始めるイントロ。ここで気が付いた。「やられた」そう思った時には、時既に遅し。彼女が選んだのは有名なラブソング。それも淡い恋心を秘めた女性が、最後に意中の彼に告白すると言う歌詞の歌だ。これはまずいことになった。


 玖珂崎さんはこの歌に乗せて、亮輔君に告白するつもりだ。それが証拠に、玖珂崎さんは画面に映された歌詞を一切見ず、ジッと亮輔君を見据えている。顔を上気させ歌う姿は、女の私から見ても魅力的だ。まさかこんなことになるとは思っていなかった。


 何故。私はこんなに焦っているのだろうか。亮輔君はあくまで執事――使用人だ。使用人が所帯を持っていることなんて当たり前にあるし、むしろ雇う側としてはそれくらいの生活を保障すべきだと思っている。なのに何故、私はこれまで玖珂崎さんと張り合ってきたのだろう。改めて考えてみれば、わからないことだらけだ。こんな気持ちになるのなんて、生まれて初めてだった。


 そして、曲のラストが訪れる。玖珂崎さんは亮輔君へと手を伸ばし、最後の歌詞を口にした。


「大好きだよ」


 これはあくまで歌詞だ。彼女は歌詞通りに歌ったに過ぎない。しかしだ。その意図は明白。明らかに亮輔君に対して愛の告白をおこなったのがわかる。


 見ると、亮輔君の方も、その一言に飲まれてしまっていた。彼の顔は真っ赤に染まり、心臓は大きく高鳴っていることだろう。


 どうすればこの状況を打破できる。私は思考をフル回転させた。

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